クリッシュのスパイ大作戦

 カトーの乱で、たやすく可変試作機が持ち出されたことから分かる通り……。

 起動可能状態のPLを持ち出すというのは、実のところ、素人が考える以上にたやすい。

 これは、機動兵器の性質上、有事においては即座のスクランブル発進が求められるからである。


 物理的な起動キーを用意したり、あるいは、パイロットの生態データを登録して、余人が動かせないようにすることなど、いくらでもできた。

 だが、その結果、いざ起動キーやパイロットが失われてしまった時、巨大なカカシと化してしまうようでは、話にならないのである。


 また、基本的にPLというのは基地内の格納庫へ収められているものであり、当然ながら、警備は厳重だ。

 それが盗み出される心配をする状況というのは、要するに部外者が基地内へ入り込み放題ということなわけで、心配の矛先は別に向けるべきであった。


 つまり、だ。

 ラノーグ公爵家が誇る白騎士の一人、イライアス少尉のミニアド3番機が簡単に起動し、基地内から発進できてしまったのには、そういった背景があったのである。

 3番機の勝手な出撃を受け……。

 首都ラノーグからほど近い位置にある軍事基地は、混乱に包まれていた。


 ただでさえ、皇帝直属の調査団が基地内に踏み入ってきており、対応に追われているのだ。

 そこへきて、よりにもよって、最精鋭たる白騎士の一人が暴走したとあっては、ラノーグ公爵軍の面目丸つぶれである。

 よって、基地を預かる司令官――ドン・ニール大将は、肩を怒らせながら司令部へと歩みを進めていたのであった。


 ――まったく。


 ――応接室で憲兵殿の相手をしている間に、このようなことが起きようとは。


 ――一体、何がどうなっているのだ。


 ニールとて大将にまで上り詰めた男であり、他の状況ならば――仮に所属不明PLによる大規模な強襲があったとしても――このように、感情を露わにすることはないだろう。

 だが、今回ばかりは、話が別だ。


 手塩にかけ育て上げた白騎士が、血税の塊たるPLを無断で持ち出す……。

 こんなことは、そう――あってはならないことであった。

 そして、人間という生き物は、大前提としている事柄が崩れた時にこそ、最大の怒りを覚えるのである。


 ――とにかく、イライアス少尉を連れ戻さねばならん。


 ――他の白騎士を出撃させ、取り押さえさせる。


 ――場合によっては、撃墜も視野に入れなければ。


 応接室から司令部へ続くこの通路に、他の人影はない。

 応接室があるブロックは、基地内の高級士官たちが利用するための娯楽施設などを集中させており、皇帝直属の調査団が抜き打ち調査を行っているような現状で、用事がある者などいないからだ。

 それはつまり、ニール大将を護衛する者も、その姿を目撃する者も、この場には存在しないということ……。


「どーも、どーも」


 突然……。

 なんの気配も感じさせず、曲がり角から姿を現した少女の姿に、ニールは瞠目した。

 このような軍事基地においては、あまりに不釣り合いな年齢の少女である。

 特殊なヘアカラーでも使っているのか、腰の辺りまで伸ばした髪は、光の加減で様々に色合いを変えており……。

 モデルも務まりそうなほど整った顔には、メガネをかけていた。


「なあ……!?」


 初老の将軍が素早く懐に手を回したのは、少女の格好が理由である。

 全身を包み込んでいるのは、体のラインがピチリと出るボディスーツであり……。

 腰にはタクティカルポーチが装着され、胸部はやはりタクティカルベストで覆われていた。


 ――潜入工作員。


 その五文字を、即座に思い浮かべるにふさわしい格好なのである。

 ゆえに、生粋の軍人であるニールがすぐさま拳銃を抜き放とうとしたのは、当然の反応であるといえるだろう。

 だが……。


「遅いよー」


 のんびりとした口調に似つかわしくない獰猛な笑みを少女が浮かべた。

 瞬間……。

 バレリーナのようなしなやかさで少女が身を翻して跳躍し、回転しながらの回し蹴りを放つ。

 その一撃の、なんと鋭く流麗なことか……。

 しかも、さほど体重がなさそうな少女の放った蹴りでありながら、驚くほどの重さでニールの喉元を抉ってくるのだ。


「ぎゅう……!」


 まるで、潰されたカエルのような……。

 大将という地位を思えば、あまりに情けない悲鳴と共にドン・ニールは意識を失った。




--




「ヒラクっちも、やることが生温いなー。

 どうせやるなら、一機二機を飛ばすんじゃなくて、軍を丸ごと掌握しなくっちゃ」


 基地の司令官――ドン・ニールとかいう大将だ――を資料室に引きずり込みながら、ボディスーツ姿のクリッシュは独り言を漏らす。

 そこには、あらかじめ運び込んでおいた大きなリュックサックが存在しており……。

 クリッシュは、素早くそこから目的のツールを取り出した。


 この、ツール……。

 一見するならば、大人の胴体ほどはありそうな大きさのボックスである。

 上部に備わったスイッチを押すと、一部が開閉してカメラを突き出し……。

 そのまま、赤い光線で床に転がった司令官の体をスキャンし始めた。

 その所要時間、わずか――数秒。

 ただそれだけで、司令官の肉体的なデータは、本人も与り知らぬ疾患に至るまで読み取られる。


「ほいっとー」


 続けてスイッチを押すと、ボックスに変化が起こった。

 箱型が次々とじゃばら状のパーツに別れ、変形していき……。

 司令官の体型をそのままトレースしたアーマー・スーツへと変貌したのである。

 しかも、装着者の顔が収まる部分には、特殊樹脂でプリントされた司令官の顔そっくりなマスクが存在していた。

 のみならず、スーツの五指もまた特殊樹脂で覆われ、司令官の指紋と肌触りを完全に再現しているのだ。


「へんしんー。

 なんてねー」


 タクティカルベストやポーチは投げ捨て、アーマーを装着する。

 クリッシュでは身長が足りないため、下駄を装着し、延長グローブをはめるような形となった。


「あーあー。

 んーんー。

 本日は晴天なりー」


 マスクをかぶって漏らす声は、もはやクリッシュのものではない。

 そこに倒れている司令官のものである。

 続いて、足や指先を動かしてみるが、アーマー・スーツは問題なくクリッシュの動きをトレースした。


「最後の仕上げにー。

 追い剥ぎー。

 ……うへえ、おじさんの臭いがする」


 悲しき加齢臭に顔をしかめながら司令官の衣服を剥ぎ取り、アーマー・スーツの上から装着する。

 これで――仕上がりだ。


「こういうのって楽しいよねー。

 スパイの大作戦って感じー。

 ……おっと、口調を変えないと」


 言いながら胸元を整えるクリッシュの姿は、もはや基地司令官そのもの……。

 もし、事情を知らぬ人間が入ってきたなら、立った状態で裸の己を見下ろすドン・ニールという光景を目にすることとなるだろう。


「ではゆこう。

 貞淑にな」


 言いながら資料室を後にし、司令部へ向かう。

 当然ながら潜入前に内部構造は把握しているため、その歩みに迷いはなく……。

 すれ違った士官などからすれば、堂々と己の基地を歩く最高司令官としか思えなかったことだろう。


「――遅くなった」


 そうやって入り込んだ司令部は、喧騒に包まれており……。

 無数のモニターへ映し出される情報を読み取りながら、スタッフたちが様々な意見を交わしている。


 ――パン! パン!


 軽く手を叩くことでそれらのやり取りを制し、自分に注目を集めた。

 その上で、クリッシュ――いや、ドン・ニール大将はこう命じたのである。


「遺憾ながら、アレル公爵は皇帝陛下を暗殺しようと目論んでいた。

 これは、調査団が得た確かな証拠に基づく情報だ。

 イライアス少尉が先行したのは、これを討ち取ることで我ら公爵軍の帝国に対する忠誠を示すためである。

 諸君、ただちに彼を支援し、応援を送りたまえ。

 我らはラノーグ公爵軍……。

 公爵家の兵にして、銀河帝国軍の一員である」


 何はともあれ、司令官による命が下ったのだ。

 優秀なスタッフたちは、それぞれ思うところがあれど、機械的に任務を遂行していった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091061112264


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