アッセンブル

「前方に機影……。

 あれは、グラムですね」


 空中白兵戦を繰り広げるカラドボルグとミニアドには目もくれず道路を疾走していると、前方からプラズマジェットの噴射によって飛翔してくるPLが目に入った。

 いかにも分厚そうな装甲で固められた緑のシルエットは、間違いない――グラムである。

 同時に、携帯端末へ着信。


『お嬢様。

 そのタクシーに乗られているのですよね?

 車両ごと拾い上げるので、そのまま停車してください』


 スピーカーホンに設定したので運転中のアレルもうなずぎ、減速する。

 そのまま停車すると、これはユーリ君の操縦技術によるところだろう……。

 通常のPLよりも重量があり、足底に履帯まで存在するグラムが、音もなく静かに道路へと降り立った。

 ……こういうところでも、技量の差を痛感するんだよなあ。


「ユーリ君、どうするつもりですか?」


『追手の相手はジョグ君に頼んで、まずはお嬢様とアレル様をハーレーに運びます』


「ハーレーの状況は?」


『……実は憲兵が押し込もうとしていたらしいんですが、カトーさんが指揮して逆に拘束していました』


 ユーリ君の声音は、複雑さを感じさせるものである。

 そりゃ、カトーの奴は、かつて敵対していた相手だもんなあ。

 俺としても個人的な恨みがあるので抹殺したいところだったが、裏の繋がりなどを皇帝陛下が重視した結果、表向き死んだことにして起用したという経緯があった。

 その采配は、思わぬところで役立ったらしい。


「さすが、かつてのならず者集団だ。

 お行儀のよい憲兵では、相手にならなかったということか」


 グラムの手により、ゆっくり丁寧に持ち上げられる車中で、アレルがおかしそうにつぶやく。


『……それで、どうしてアレル様がお嬢様を連れ出してるんですか?

 聞いた話だと、皇帝陛下を暗殺しようとした証拠が、次々と発見されているらしいですけど?』


 そんなアレルに対するユーリ君の口調は、ハッキリと刺々しいものだ。

 まあ、アレルが俺をデートに連れ出さなければ、主人であるこの俺が危険に晒されることもなかっただろうから、これは当然の反応だろう。


「デートだよ、ユーリ君。

 せっかくの機会だから、カミュ殿に華の都を案内していたのさ」


『な!? デ……』


 絶句するユーリ君である。


「それより、アレル様……。

 細かい説明をする暇はなかったのですが、ユーリ君が言った通り、アレル様が例のテロPL事件に関わっていたという証拠が、次々と見つかっているそうです。

 念のために確認しますが、濡れ衣ですよね?」


 なんかショックを受けてるユーリ君には構わず、端的に今の状況を説明した。

 アレルからすれば、現状は理由も分からず憲兵や自分の部下に追い回されている状態だったからな。

 これで、状況を飲み込めたはずだ。


「当たり前ですが、なんの心当たりもありませんよ。

 僕からすれば、証拠を掴んだというのは白昼夢でも見たんじゃないかと思いますね」


 俺の言葉に、運転席のアレルが肩をすくめてみせた。

 怒り出すことも、取り乱すこともない。

 その態度には、ただただ困惑と、置かれた状況へ対処するための冷静な思考が感じられる。


「なら、わたしの方も腹を決めます。

 IDOLはアレル様の潔白を信じ、保護することにしましょう」


『お嬢様、よろしいのですか?』


 ユーリ君が、携帯端末越しに問いかけてきた。

 この、状況……。

 ぶっちゃけてしまえば、アレルの身を差し出せば俺たちに火の粉がかかることはあるまい。

 だから、とりあえず自分たちの安全のみを考えるならば、見捨てるのが上策。

 しかし、ロマーノフ大公家令嬢という責任ある立場で考えれば……。

 また、皇帝直属の秩序維持機構指揮官として考えれば、答えは一つしかないのである。


「ラノーグ公爵家は、銀河中央部の食糧事情を支える農産拠点です。

 ここで、わけも分からぬままに指導者を失えば、その影響は銀河全域に及ぶことでしょう。

 敵――そう、この状況を生み出す敵がいることにします。

 敵の思うままに動くことを、このわたしは良しとしません」


 そうこうしている内に……。

 花々が咲き乱れる都を離れ、広大な離着陸場とターミナルによって構成された宇宙港が目に入った。

 停泊している宇宙船の多くは、民間の客船や輸送船であったが……。

 それらから大分距離を取った着陸スペースに、我らが母艦たるハーレーの攻撃的なシルエットと、ドーム球場然としたスタジアムシップ――ティーガーの姿を確認できる。

 その周囲でアサルトライフルを構え、警戒に当たっているのは三機のバイデントだ。

 俺の救出をジョグとユーリ君に任せ、銃後の守りを行っていたに違いない。


「カミュ殿、感謝しますよ」


「当然のことを、行うだけです。

 ――平和のために」


 アレルに答え、助手席のドアを開く。

 そして、ユーリ君の操縦技術を信じ、グラムのマニュピレーター上へと降り立った。


『お嬢様、何を?』


「司令官として、やらなければいけないことを、ね」


 機体の外部スピーカーで問いかけたユーリ君へ答えるべく、グラムの頭部を見上げてニッコリ笑う。

 それから、真面目な顔となり……。

 真下のIDOL保有艦に向け、叫んだのである。


「――アッセンブル!」




--




 ヒラクによる憲兵の操作が上手くいった結果だろう……。

 宇宙港ではIDOL母艦を掌握しようとする憲兵たちとIDOL隊員たちによる衝突が発生しており、今は、ちょっとした混乱状態に包まれていた。

 当然ながら、新規の受け入れも発進も完全に止められており、現在、惑星ネルサスに降り立とうとしていた船舶たちは、大気圏外で回遊中である。


 ただ、すでに受け入れ済みの船舶に関しては、搭乗者を機内に放置し続けるわけにもいかず……。

 空港の職員たちは混乱しながらも、ターミナルへの受け入れを開始したのであった。


 ざわつきながらも、入国審査を待つ人々の列……。

 人種も年齢も様々なその中に、ヴァンガードの姿もあったのである。


 ――ギリギリ、といったところか。


 ――まあ、計算通りということにしよう。


 銀髪をくしゃりと撫で上げ、サングラス越しに手元のメモを見た。

 紙切れに書かれたそれは、牛丼屋でパートしているおばちゃんたちから頼まれたみやげ物類のリストであり……。

 これらを確保することは、デブリに偽装する形でコンテナごと放置してきたオムニテック――OT――の輸送と並んで重要な任務といえるだろう。


 ――スケジュールはタイト。


 ――これは、戦いだな……。


 そう思いながらも、薄い笑みを浮かべる。

 ラノーグ公爵領を反乱状態におとしいれてヒラクが……ひいては、自分たちハイヒューマンが陰から支配する橋頭堡と化し、ついでにおばちゃんたちへのおみやげも確保し、できれば、カミュちゃまにちょっかいを仕掛けて反応を楽しむ。

 ハードなミッションだが、それをこなせるだけの実力が己にはあると自負していた。


「Sightseeing? (観光ですか?)」


「No……。 (いや……)」


 だから、入国審査官の言葉には、サングラスを外しながら薄い笑みで答えたのである。


「Combat。 (戦うために)」




--




 取り調べ室で三時間コースでした。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091111602591


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