カーチェイス 前編

「いや、はや……まさか、こんなにも分かりやすい形で、証拠となる書類の数々を押収することになるとは……。

 何かこう、わざとらしさすら感じてしまいますな」


「事実は小説より奇なり。

 世間を騒がせた事件が、驚くほどあっけない結末を迎える例など、数限りがありません。

 今回の件も、その一つだったということでしょう」


 自分と共にさる企業の社長室を調査していた調査員の言葉に、ヒラク・グレアはすました顔で答えた。

 ここは、アレル・ラノーグが筆頭株主を務める製粉企業のビルであり……。

 イコールで、銀河最大シェアを誇る製粉企業のビルでもある。


 何しろ、銀河中央部の食糧事情を支えるラノーグ公爵領で、小麦の取り扱いを一手に担っているのだ。

 決して大げさな話ではなく、この企業が見せる動き次第で、銀河に大量の餓死者が出ることになった。

 もし、この企業が小麦の輸出を制限したのならば、環境の都合で農業が難しい惑星などは、食べるものを失うことになるのである。


 母なる地球を飛び出し、宇宙入植まで果たした人類の末裔が、食糧不足に苦しみ、飢え、死んでいく……。

 その、受け取りようによっては冗談とも思える出来事が、まさに発生する寸前のところまで進行していた。


「……陛下の抹殺がなったなら、直ちに小麦輸出を制限し、他の貴族家に対する取引材料とする。

 結局、陛下の暗殺はならず、ただ計画が立案されただけに留まったようですが……。

 実際のところ、上手くいくとも思えませんな。

 そのようなことをすれば、他の貴族家が連合を組んで、ここラノーグ公爵領へと攻め込んできそうなものだ」


「僕は戦争というものはシミュレーションゲームでしか知りませんが、どうでしょうね?

 確かに、食糧問題は由々しき事態ですが……。

 それで簡単に手を取り合えるようなら、政争というものも起こっていないでしょう。

 案外、成功する目は高い計画だったんじゃないかと思いますよ。

 そもそも、ラノーグ公爵領自体が強く、明確に凌駕できるのはロマーノフ大公家くらいのものですし」


「そのロマーノフ大公家も、陛下が倒れればよそに意識を向けざるを得ず、ラノーグに全力を向けることはできませんか。

 ふむ……なるほど、説得力がある」


 調査員が、ヒラクの言葉へ感心したような顔でうなずく。

 だが、ヒラクからすれば、彼の感心など心からどうでもいいものだった。

 この計画書は、Dペックスを通じてここの社長に命じ、ねつ造させたものだからである。


 リアリティなど、考慮する必要はない。

 ただ、アレルという少年からラノーグ公爵領を取り上げられれば、それで十分なのであった。

 あとは、幸運にもDペックスをインストールしている皇帝に働きかけ、ヒラクを貴族……それも、騎士爵のような末端ではなく、公爵として起用させる。

 あのボッツという元パイロットが街中でビームを使わなかったことから分かる通り、Dペックスは絶対にその人間が行わないことまでさせるのは不可能だが、パーティー会場での暗殺を阻止し、共にテロPLから避難したヒラクは、十分な好感を得ている自覚があった。


 そして、それが成れば、ヒラクにとっては大願を成就させることになり……。

 ハイヒューマンを名乗る連中との契約も、無事に履行されるのである。


「それで、アレル公爵はこれからどうなるのでしょうか?

 陛下の暗殺を目論んでいたとなると、生半可な処分では済まないでしょうが……」


 とぼけた風にしながら、計画の進捗を確認した。

 すると、調査員はこちらが望んでいる通りの情報をもたらしてくれたのである。


「実は、すでに陛下からアレル公爵の抹殺指示が出ているそうです。

 ただ、事前に計画がバレることを察知していたのか、秘密裏に逃走していたらしいですよ。

 それも、カミュ・ロマーノフと一緒に。

 我々としては、カミュ・ロマーノフと共謀関係にあるか、あるいは、人質にしているか……両方の可能性を考えて、アレル公爵の抹殺に動いています」


「これは、恐ろしい……。

 皇帝陛下直属の憲兵に追い回されるとは、気が気じゃないでしょうね」


 Dペックスをインストールしているわけでもないのに話してくれるたやすさに感謝しながら、肩をすくめてみせた。

 その、抹殺指示……。

 実際の所、どうなのかは分からない。

 だが、調査団を率いる人間がDペックスのユーザーであるのは、確認しており……。

 彼にはあらかじめ、皇帝からどのような指示が出たとしても、それを抹殺指令として誤認するよう暗示をかけてあるのである。


 それにしても、やはり、何事も予定通りにはいかないものだ。

 まさか、身に覚えが一切ない暗殺計画の露呈を予期していたとは到底思えないが、城を抜け出しているとは……。

 カミュ・ロマーノフを伴っているということは、逢引きでもしていたか?

 相手は子供だが、貴族というものの婚姻外交を考えれば、ない話でもないだろう。


 ――クリッシュも独自に動くだろうが、こちらでも確実を期しておくか。


「失礼。

 部下からの連絡が入りまして……」


「今をときめく企業の社長というのは、大変ですな。

 どうぞ、ごゆっくり……。

 調査へのご協力を、感謝します」


 調査員にうなずいて、社長室を退室する。

 同時に素早く携帯端末を取り出した。

 確か、ラノーグ公爵領が誇る白騎士団にも、Dペックスのユーザーはいたはずだ。

 与える指令は、そう……。

 自分たち白騎士団の皇帝に対する忠誠心を示すため、率先してアレルの抹殺に動くというのはどうだろうか?

 同時に、基地へと動員されている調査員の一人も動かし、アレルの抹殺指令が出ていることを漏れさせる。


 前述の通り、Dペックスには本人が強い忌避感を覚えることまで強制する力はないが……。

 仕えている主の命と帰属する組織の存続ならば、十分に天秤へかけられる事柄だと思えた。

 しかも、主といっても、相手は家を継いだばかりの小僧なのである。




--




「こういう時、アクション映画ならカーチェイスが挟まるんでしょうね……!」


 右へ左へと揺れる車内でシートベルトに押さえつけられながら、俺はそうこぼした。

 普段、PLを乗り回しているこの俺であるが、あちらは重力コントロール装置によってコックピット内が手厚く保護されており、どれほどアクロバットな挙動をしたところで、慣性を気にする必要がない。

 対して、こちらはマシンの動きがダイレクトに搭乗者へ伝わってきており、絶叫マシン顔負けのスリルを生み出している。

 追いかけてくる車がない以上、チェイスというわけではないが……。

 カースタント状態であることは、間違いない。


「それも賑やかでよさそうですね。

 ま、これでも運転には自信があります。

 何台来たところで、逃げ切ってみせますよ」


「そのようなことをおっしゃってると、鬼を呼び寄せますよ……!」


 また左への急ハンドルが切られ、大きく体を振られた。

 ひとまず、逃亡は順調……。

 このままいけば、問題なく宇宙港へと辿り着けるだろう。

 後は、残っていた隊員が上手くやってくれているのを祈るだけだ。


 と、そんなことを考えていた時のことである。

 またもや、チリリとうなじに走る感覚……。

 しかも、これは後方の――上空から発せられていた。

 同時に上空から響く、プラズマジェット特有の噴射音……。


「「――PL!?」」


 俺とアレルは、同時に叫んだのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090950338289


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