アレルとのデート ④
「アレル様……振り向かず雑談している体で聞いてください」
そろそろ食べ終わるジェラートを舐めながら歩いていたカミュ嬢が、急にそんなことを言い始める。
「どうしましたか?
もう一つ食べたいとか?」
言われたアレルがあえてのん気な言葉を口にしたのは、彼女の声音に硬質なものを感じたからだ。
いや、声だけではないか……。
ほんの一瞬前まではわざとらしいほどの笑顔だったというのに、今は緊迫した表情となっていた。
そして、彼女が続けた言葉は、予想通り火急の内容だったのである。
「四時の方向、尾行されています。
相手は、調査団の一人……。
皇帝陛下直属の憲兵です」
「間違いありませんか?」
「わたし、人の顔を覚えるのは得意ですから」
アレルの質問に、カミュ嬢はすまし顔で答えた。
そういえば、と、皇帝陛下主催のパーティーにおける彼女の様子を思い出す。
箱入りお嬢様だったはずだが、初対面の貴族家当主たちに対し、あらかじめ顔と名を知っている雰囲気で対応していたものである。
あれは実際に、顔と名をあらかじめ覚えておいたに違いない。
カトーの反乱で見せた指揮官めいた采配を思えば、そのくらいの聡明さは不思議でもなんでもなかった。
そんな彼女が、尾行者の正体を断言している……。
と、なれば、アレルにはもはや疑う理由などない。
それにしても、自分でも気付かなかった尾行に気付くとは……。
勘働きの良さに関しても、アレルの想像以上であるということだろう。
「とうとう、見つかったということでしょうか?
残念ながら、休日は終わりのようですね」
観念した気分で、そう言い放つ。
だが、アレルの認識はカミュからすれば、まだまだ甘いものだったらしく……。
ジェラートを食べ終えた彼女は、こう言ったのだ。
「残念ながら、連れ戻しに来たという雰囲気ではありません。
もっと直接的に……こちらを害そうという意識が感じられます」
「害する? まさか」
いぶかしむアレルの手を引きながら、カミュがズンズンと歩いていく。
その様子には、単なる勘だけではない……何か確信めいたものが感じられた。
「アレル様……。
信じて」
顔を見られないようにだろう……。
あくまで、視線は前方に向けたまま、カミュ嬢がささやく。
それで、アレルの腹は決まったのである。
「なら……僕に着いてきてください」
ジェラートの包み紙は公共のゴミ箱に捨て、今度は自分から手を引く。
地の利があるのはアレルであると察したか、カミュ嬢はそれに抵抗しなかった。
そうしてスペイン広場を離れ、花に包まれた街中に辿り着くと、なるほど、カミュ嬢の懸念が間違いでなかったと分かる。
いざという時のマニュアル運転に対応するため、街中へ設置されたカーブミラーを見れば……。
自分たちから巧妙に距離を取った黒服の姿が映し出されているのだ。
何も、スーツ姿が珍しいというわけではない。
しかし、花の都に似つかわしくない剣呑さは、明らかな異分子であると感じられた。
「なるほど……僕の方でも確認しました。
確かに、抜け出したのを連れ戻そうとしているだけなら、ものものし過ぎる雰囲気だ」
「一応、メガネやサングラスで変装していても、プロが本気で目星を付けてきたなら、役には立ちませんね」
「まあ、こんなのは気休めです。
最後に頼れるのは、別のものですよ」
「別のものって?」
問いかけるカミュ嬢には答えず……。
曲がり角へ差しかかったところで、不意に手を引いて路地裏へ駆け込んだ。
意を汲んだカミュ嬢が手を離し、そのまま、二人で裏路地を駆け出していく。
「逃げ足」
「三十六計よりも、こちらの方がマシですか。
よく分からないまま、追っ手に追われて路地裏を疾走。
花の都にふさわしい休日ですよ」
「それを言われると、面目がない。
このまま、走り続けられますか?」
「土地勘がないので、先導してくれるなら」
「大したものだ」
アレルの称賛は、心から行ったものである。
向こうに土地勘がなく、かつ、不意を打ったとはいえ、プロから逃走すべく走っているのだ。
わずか十二歳の子供が付いてこれるとも思えず、アレルとしては、適当な所で待ち伏せし、追っ手を返り討ちにしようと考えていた。
が、実際のところ、カミュ嬢は走りにくいワンピース姿でありながら平然と付いてきており、これには今日一番驚かされたのである。
「普通、カミュ殿の年齢でこうも走れば、息が続かないのですがね」
「実家にいた時から鍛え、IDOLを率いるようになってからは、さらに運動強度を増していますから。
このくらいなら、いくらでも走れますよ」
言いながら、カミュ嬢が携帯端末を取り出す。
ただ走るだけでなく、電話をする余裕まであるようだ。
「――エリナ、聞こえて?
うん……そう……こちらもです。
……なんですって?」
電話している相手は、お付きのメイドであるらしく……。
話を聞いたカミュ嬢が、ちらりとこちらに目をやる。
「ええ、一緒にいます。
が、そのような話は、到底信じられません。
とにかく、一度ハーレーに戻りましょう。
半舷休暇中の隊員たちにも、即座の召集命令をかけます。
では、後で」
通話を打ち切ったカミュ嬢が、走りながら携帯端末を操作した。
どうやら、ここラノーグで休暇中の隊員たちに対し、召集命令をかけているらしい。
おそらく、インストールが義務付けられたメッセージアプリから、強制的にアラートを発しているのだ。
「……まさか、これを使うことになるなんて」
ポケットに端末をしまったカミュ嬢が、走りながら嘆息する。
「行き先は、宇宙港で?」
「はい。
アレル様を保護しつつ、この惑星ネルサスからの離脱を計ります」
「僕の保護を? どういうことです?」
会話しながらカミュ嬢を先導し、路地裏の出口へ辿り着く。
そのまま道路を走るタクシーに合図し、AI制御された文字通りの自動車を呼び止めた。
「決済のために端末を使えば、位置を知られるのでは?」
「そういう時に備えて、裏技を用意してあるんですよ」
カミュに答えながら運転席へと乗り込み、己の携帯端末を操作する。
すると、ハンドルやペダルに施されていたロックが外れ、マニュアル操作モードに切り替わった。
タクシーの制御系統をハッキングしたのである。
「アレル様は、思っていたより不良なんですね」
「街中では滅多にやりませんが、公爵家当主なんていう重責を担っていると、時折、無性に車を飛ばしたくなるんです。
ただ、それをやると威厳がどうのと家臣がうるさくてね。
こうして、愛すべき民の車を拝借するわけだ。
そういう男は、お嫌いですか?」
「この状況では、そういった殿方の方が頼りになりますね」
「お褒めに預かり、恐悦至極」
助手席に乗り込んだカミュがシートベルトをしたところで、発車させた。
当然ながら、のんびりとした安全運転ではない。
AI制御された車の間を縫っての、爆走だ。
カミュ嬢が同行していると調査団に知られている以上、ハーレーが抑えられるのも時間の問題なのだ。
もし、調査団の手が交通局にまで及んでいれば、安全のために緊急停車する周囲の車から送られたデータで、すぐに居場所を知られるだろうが……。
限られた人員で、そこにまで配置している可能性は極めて低いと判断できた。
「自動車にも、重力コントロールシステムが欲しくなりますね……!」
「この慣性を感じるのも、ドライブの醍醐味ですよ」
「優雅なドライブデートですこと……!」
慣性に振り回されるカミュ嬢を乗せ……。
アレルが操るタクシーは、花の都を駆け抜けたのである。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090893956304
そして、お読み頂きありがとうございます。
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