三つ目の選択肢

『いいですか?

 カミュ殿がリッターに乗るのは、あくまで、いざという時にお嬢様方だけでも逃げ切れるようにという配慮です。

 間違っても、戦闘に参加しようとは考えないで下さい』


 ハッチを閉めたリッターのコックピットに、アレルからの通信が響き渡る。


『いいですか?

 絶対に、絶対にですよ?』


 メチャクチャ念を押してくるな、こいつ。

 通信ウィンドウ越しに見るパイロットスーツ姿のアレルは、真剣そのものな顔だ。


「お嬢様……。

 本当にお願いしますよ」


 宇宙服へ着替え、引き出したサブシートに座ったエリナまでが、そう言って俺の顔を覗き込んでくる。

 やだなあ、俺。信用ないんだから。


「分かっていますよ。

 ろくに訓練もしていない状態で宇宙に出て、溺れたりするのはごめんですから」


 多分銀河一高額なパイロットスーツに着替えた俺は、そう言って肩をすくめた。

 こういう時に思い出すのは、三年待ったテロリスト集団との戦いを描いたロボットアニメだ。

 ちょうど、あのエピソードで攻めてきたのも、戦後に宇宙海賊として食いつないできた連中だったな。


 ……あの主人公、超高額な試作機ぶっ壊した挙げ句、その後はジャンク屋のところで世話になってて、よくあんな軽い処分で済んだよな。

 そして、攻めてきた海賊部隊を率いていた女の人って、多分作中で一番不憫な人だよね。

 要するに、ただカタギへ戻りたかっただけなんだもの。


 閑話休題。

 準備不足で宇宙に出ることの危険性は、あのアニメが教えてくれていた。

 俺が、二の轍を踏む必要はないだろう。


「わたしはここから、アレル様の本気を見学させて頂きますよ。

 ユーリ君、船外カメラとのリンクはよろしくお願いしますね」


『はい!』


 俺が呼びかけると、別の通信ウィンドウに顔を出したユーリが元気よく答える。


『本気か……。

 さて、本気を出す必要があるのか、どうか……。

 では、通信を切りますよ』


 アレルの方は、そう言って通信ウィンドウを閉じてしまった。

 さて、ゲームのスチルではなく、実際にすぐそばで発生する戦闘か……。

 果たして、どのようなものか。


 消費されるのが、ゲームのキャラクターではなく、ナマの命であることは、よく分かっている。

 それでも俺は、胸の高鳴りを抑えることができずにいた。




--




「格納庫を開いたか……。

 どうやら、大人しく貢ぎ物を差し出す気になったようだな」


 ヴァイキンのメインモニターに映し出された光景を見て、海賊パイロットの一人がそうつぶやく。

 今回、獲物として定めた輸送船は、船体の大半を占めているコンテナめいた格納庫のハッチを開きつつある。

 後は、物資のいくらかを頂戴してしまえば、商売は完了だった。


『ちょいとマシンガンを当ててやれば、後は言いなりなんだから、楽な商売だぜ』


 仲間の一人が言ったように……。

 輸送船の上部装甲には、ヴァイキンの左腕部へマニュピレーター代わりに装着しているマシンガンの銃痕が、無残に刻まれている。

 とはいえ、そもそも宇宙を行く船舶というものは、極めて頑強な構造をしているものだ。

 実態としては車をこすり付けた程度のダメージであり、航行に支障はない。

 また、ビーム全盛の時代にあえて実体弾を使用しているのは、生産や調達が容易である以外に、こういった際、必要以上のダメージを獲物へ与えないようにするためという配慮があるのであった。


 まさに――ビジネス。

 彼ら『スカベンジャーズ』にとって、略奪行為は商行為以外の何物でもないのである。


 無駄なダメージを与えずに怯えさせ、最小手順で積み荷を差し出させ、頂いたなら、長居することなくさっさと撤収する……。

 何度となく繰り返してきた行為であり、半ばルーティン化されたそれは、今回も滞りなく完了するものと思えた。

 開いたパワーゲートの先から、ビームライフルの銃口が突き出してくるまでは……。


『え?』


 仲間の一人が、そう言った時にはもう遅い。

 灼熱の重金属粒子は、ビームの名に相応しい熱光線となって銃口から撃ち放たれ……。

 意表を突かれた僚機の頭部に直撃し、これを融解させて貫通すると、虚空の彼方へと飛び去っていったのである。


『――ビーム兵器!?』


『――正規軍のPLが乗ってやがるのか!?』


 仲間たちの驚く声へ、答えるように……。

 完全に開き切ったパワーゲートの中から、純白のPLが姿を現す。


「なんだこいつはっ!?」


 海賊パイロットが、驚きの声を発してしまったのも無理はない。

 それは、自分たちの知識には全く存在しない機体であったのだ。


 美しい曲線を描く装甲は、中世の騎士鎧をそのままPLに落とし込んだかのようであり……。

 一流のアスリートを思わせるスマートなシルエットからは、ヴァイキンなど及びもつかない洗練された設計美というものが感じられた。


 武装は、右手のビームライフルと、バックパックに収納された展開式の粒子振動ブレードが二本。

 左肩には、機体の全面を覆うことすら可能な大型のシールドを装着しており、しかもこれは、スマート・ウェポン・ユニットであるらしく、ハードポイントから外され、自立浮遊を開始している。


 確かに、知識にはない機体だ。

 だからこそ、間違いない。

 これは……。

 この機体は……。


「――カスタム機かよっ!!?」


 パーソナル・ラバー……すなわち、個人的な恋人という正式名称に相応しく、PLという機械は、登場するパイロットに合わせて様々なチューニングやカスタマイズが可能であった。

 とりわけ、一部のエースパイロットや貴族家の領主は、基礎設計の段階から、自身に合わせたそれとして発注するものであり……。

 なんの変哲もない輸送機から姿を現したのは、どう考えても、そういった……徹底したカスタマイズを施されたスーパー・マシンだったのである。


『うおおっ!』


 仲間の一人が、主武装である左腕マシンガンを発射した。

 ビーム兵器に比べれば、明らかに威力で劣る実弾兵器であるが、それでも、直撃すれば十分なダメージを見込むことができる。

 だが……。


『大した傷も付かねえ!?』


『どんだけ頑丈な盾だよ!?』


 仲間たちが言っているように、自立浮遊して機体本体を守った盾は、マシンガンの銃弾を全く寄せ付けなかったのであった。

 そして、頑強であるということは、そのまま武器として転じることも十分に可能であるということ……。


 恐るべき俊敏さで回転した敵機が、そのままシールドに回し蹴りを放つ。


『――わっ!?』


 蹴りにより、回転運動を加えられつつ射出されたシールドは、そのまま仲間のヴァイキンに突き刺ささる。

 ジャンクパーツを寄せ集めたなりに、それなりの堅牢さを誇るヴァイキンであったが、ああなってしまえば、もはや戦闘行動は不可能。


 つまり、現状は、味方の内――二機が撃墜。

 無力で無抵抗な獲物を恫喝していたはずが、あっという間に半数近くを戦闘不能へ追い込まれてしまったのだ。

 白いPLのメインカメラが、殺気を放つように赤く輝く……。




--




「か……!

 カッコよすぎます……!」


 ユーリから送られてきた船外カメラの映像に見入りながら、俺は興奮してそう叫んでいた。



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093085575291171


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