カミュVSジョグ
――スポーツ!
およそあらゆるレクリエーションの中で、代表的なのはやはりこれであろう。
体を動かすことによる心身両面への良質な効果は、二十一世紀地球の時点で、枚挙にいとまがないほどだった。
当然、これを重視するのは、この世界も同じ……。
従って、ここチューキョーのようなデジタルテクノロジーが支配するコロニー内においても、いや、だからこそか?
高層ビルの空間を有効に活用する形での総合ジムというものが、存在するのだ。
ジョグによる挑戦を受け、俺たちが移動したのは、そんなジムの一つである。
「不思議なものですね。
行政は完全に占拠され、機能麻痺を起こしているというのに、各種の商業施設はこうやって滞りなく営業しているのですから」
レンタルのバスケットウェアに着替え、ビル内のバスケットコートに立った俺は、指先に乗せたボールをクルクルと回しながら、そんな感想を漏らした。
「――ハッ!
お貴族様がどれだけ内輪揉めしようが、庶民には知ったこっちゃねえってこったろうよ。
それとも、アレか?
どうでもいい話題振って、こっちの気でも逸らそうって作戦かあ?」
赤いバスケットウェアに着替え、ついでにポマードでリーゼントヘアを取り戻したジョグが、柔軟体操しながら凶悪な笑みを浮かべてくる。
うーん、こんな格好してると、なんだかすごくリバウンドが上手そうに見えてくるな。もしそうだったとして、ワンオンワンだから、あんま意味ないけど。
「ちょっとした感想ですよ。
少なくとも、チューキョーに生きる人たちにとっては、上が誰にすげ変わろうが、大したことはないということですね。
強いて言うなら、さっさと決着つけて、うっとうしい通信妨害を解除してほしいというところでしょうか」
「ま、そういうこったろうよ。
そんなしょうもねえお貴族様たちの揉め事に、手を貸せってんだ。
力ってやつを示してもらわねえとな。
つっても、相手は女だ。
腕っぷしじゃオレにはかなわねえだろうから、スポーツ勝負で納得してやるよ」
「PL戦で完敗しておいて、威勢がいいこと。
大体、女の子相手にスポーツ勝負を挑むとか、恥ずかしくないんですか?」
「完敗してねえし! あそこから逆転するところだったし!
それに、腕っぷしは比べられねえ、スポーツじゃ恥になるっつったら、どうやって決着を付けるんだよ!?」
「とりあえず、口喧嘩ならわたしが完封勝ちできそうですね。
はいはい、わかりました。
それじゃ、さっさと始めましょう」
――トン! トン!
……と、ボールを床につきながら、俺は勝負の開始を宣言する。
審判役を務めるのは、エリナ。
ギャラリー兼見届け役は、いまだ囚人服姿のスカベンジャーズ構成員たちだ。
ケンジたちは、こんなアホな勝負に付き合ってる場合じゃないと、秘密工場の方へ移動してしまっていた。
「カシラァッ!
目にもの見せてやって下さい!」
「スカベンジャーズの力を、見せつけるチャンスでさあ!」
「こんなかわいいお嬢ちゃんなんざ、0点に抑えちまいましょう!」
やいのやいのと、声援を送る海賊たち。
おやおや、わたしの味方は誰もいませんか。
まあ、応援があろうがなかろうが、実力にはまったく影響しませんが。
――ピピーッ!
まだセーラー服を着たままのエリナが、ホイッスルを吹き鳴らした。
--
「10-0!
お嬢様の勝利です」
「あはは! 楽勝です!」
フェイントというフェイントに引っかかり、一本もシュートできなかったジョグがひざまずくのを尻目に、俺は笑顔で宣言していた。
「ま、まだだあ……!
オレはフットサルの方が得意なんだ!
そっちで勝負しやがれ!」
「もう……しょうがないなあ」
俺は腰に手を当てながら、やれやれとうなずいたのである。
--
「20-0!
お嬢様の勝利です!」
「おやおやあ?
フットサルの方が得意なんじゃありませんでしたかあ?」
やはりフェイントというフェイントに片っ端から引っかかり、せっかくボールを所持しても、直進しか能がないせいでアッサリそれを奪われてはシュートされまくったジョグが突っ伏す中、俺はリフティングなんぞしながら余裕の笑みを浮かべた。
「ま、まだだあ……!
こうなったら、女だからといって容赦はしねえ!
――ジュードーだ!
ジュードーで俺と勝負しろ!」
「まったく、仕方がないですねえ……」
俺はボールを額に乗っけつつ、仕方なしに勝負の仕切り直しを認めてやったのである。
--
「一本! それまで!」
「なんでだあああああっ!」
「あんな見え見えの大外刈り、喰らうわけがないでしょう?
逆に、カウンターで背負い投げしてやるだけの話です。
……にしても、こんな綺麗に背負い投げが決まることなんて滅多にないんですが、本当にイノシシですねえ。
そちらの勢いがすごすぎて、ろくに力も入れてないのにスポンと投げられちゃいました」
投げられたまま畳の上に寝っ転がり、ジタバタと手足を振り回しながら悔しがるジョグへ、べーっと舌を突き出しながら宣言してやった。
「ちくしょう! ふざけやがって!
お前、どっかいいところのお嬢様なんだろう!?
バスケにしろサッカーにしろジュードーにしろ、なんでこんなにつええんだよ!」
「その質問には、あたしがお答えしましょう」
ここまで審判役を務めてきたエリナが、変装用の伊達眼鏡をカチャリと鳴らす。
「そもそも、お嬢様はロマーノフ大公家の息女として、完璧な教育を施されています。
それは、スポーツにおいても、同じ……。
屋敷へ招へいした超一流の講師陣や現役のプロ選手に、お嬢様はマンツーマンでトレーニングを受けているのです。
海賊の頭領だかなんだか知りませんが、我流の子供に後れを取ることはありません」
鼻高々に解説するエリナだ。
余談だが、俺と一歳違いの彼女も同等の教育を受けているため、ジョグなんぞよりも遥かに手強い相手であった。
まあ、さすがにユーリちゃんみたく、銃撃戦で大人を圧倒したりすることはできないが……。
俺もエリナも、見た目通りの華奢な女の子ではないということである。
「さあ、これでわからせは済みましたかあ?
あなたより強くて、しかも――カワイイ!
こんな女の子に率いられるなら、むっさい海賊稼業も華やかなものになると、そう思いませんかあ?
ねえ、皆さん?」
そこで俺が顔を向けたのは、ギャラリーとなっている海賊団構成員たちであった。
彼らの反応は、実に――素直。
「正々堂々とした勝負で勝ったんだ!
新たなカシラとして、俺は認めるぜ!」
「ああ、仲間たちにも勝負のことはキッチリ伝えまさあ!」
「というか、古い方のカシラはなんぼなんでも見苦しすぎまさあ!」
「つーか、ロマーノフ大公家って、あのロマーノフ大公家ですか?
鉄の男が治めている」
やや呆れた視線をジタバタするジョグに向けながらの言葉に、俺は力強くうなずく。
「間違いなく、そのロマーノフ大公家です。
ああ、家の力を伝え忘れてましたね。
わたしの下に入るということは、大公家の家臣になれるということです」
「だったら、ますます文句なしでさあ!」
「ああ、念願のカタギになれるぜ!」
まあ、やっぱり最後の決め手となるのは、そこだろう。
特に証拠となるものは見せてないが、俺の出自を疑うことなく盛り上がってくれている。
そんな彼らは尻目にし、倒れたままのジョグを見下ろした。
「さて、帝国制国家で貴族やっておいて、こういうこというのもなんですが……。
トップとは、民意によって決まるもの。
この通り、構成員さんたちはあなたではなくわたしを選んでくれました。
しかも、あなた自身が提示してきた勝負に、わたしはことごとく勝利してます。
こうなった以上、やるべきことは分かりますよねえ?
パ・シ・リ・君?」
「くう……ちっくしょおおおおおっ!」
--
……と、いうわけで。
いまだ通信ジャミングは続いているため、カラドボルグに乗ったジョグが宇宙一速いパシリとなって旗艦ハーレーへと急行。
実のところ、ハーレーを中心とするスカベンジャーズ本家艦隊は、キャプテンの安否を心配してチューキョー付近にまでやって来ており……。
想定以上のスピーディーさで、俺は彼らを配下にできたのである。
「さあ、旧キャプテンさん……。
しっかりと、ブリッジ内の床磨きをお願いしますねえ?」
「クソッタレがあああああっ!」
古い方のキャプテンの叫びが、ブリッジ内へと響き渡った。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087329215048
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087329242973
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087329286983
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087329333644
そして、お読み頂きありがとうございます。
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