スカベンジャーズ新キャプテン

 宇宙海賊スカベンジャーズにとって、カラドボルグが力の象徴であるとすれば……。

 旗艦ハーレーこそは、団そのものの象徴であり、また、ジョグにとっては、生まれ育った帰るべき家でもあった。

 そのブリッジは、他のいかなる艦船でも見られぬだろう個性的な代物である。


 ブリッジに詰める全ての人間が見上げられる巨大モニターや、艦船工学に基づいて整然と配置された計器類などは、一般的なそれと変わらない。

 しかしブリッジ要員が腰かけるシートや、ブリッジを彩る装飾の数々は、長年かけて収集してきたこだわりの逸品なのであった。


 まず、シートに関してだが……。

 これは、背もたれの長さが尋常ではない。

 子供の背丈ほどもある高さのそれは、しかも、深く倒れており、半ば寝そべるような姿勢での艦橋作業が可能となっている。

 お固い官軍の艦船では、まず採用されないだろう代物なのだ。


 装飾に関しても、通常のブリッジというものは、極端に無機物的かつ無味な代物であるか、あるいは、保有するお貴族様の趣味が反映された古代ヨーロッパの城めいたデザインをしているものであったが……。

 そのように芋臭いデザインなど、採用するスカベンジャーズではない。


 まず、目を引くのは、艦長席のさらに後ろ……海賊団を率いるヘッドが座る椅子の両側へ設けられた大型スピーカーである。

 潰れた映画館のものを流用したこれは、大音量でもって、ゴキゲンなBGMを流すことが可能な逸品であった。


 ミラーボールが吊り下げられた天井からは、常に七色のプリズム光が降り注いでおり……。

 無秩序に立てられた旗へ書かれているのは、『夜露死苦』『仏恥義理』等といった力強い文字だ。

 さらに、ブリッジ要員それぞれの席や計器は、自らの個性を主張するために、ステッカーやスプレーペイントで飾り付けが施されている。


 例えるならこれは、無機質にして漆黒の宇宙へ生み出された、カラフルな個性の坩堝るつぼ……。

 それこそが、宇宙海賊スカベンジャーズの心臓部と呼べる空間……旗艦ハーレーのブリッジなのであった。


 慣れない者ならば、目がチカチカとしてしまうかもしれない。

 また、絶えずスピーカーから流れる爆音ミュージックで、耳がやられてしまうことだろう。

 だが、ジョグにとっては、この空間こそがどこよりも――落ち着く。

 無限の大宇宙において、真に魂が還るべき場所とは、ここを置いて他にないのだ。


 そんな、スカベンジャーズの誇りと呼ぶべき空間であるが……。


「はい、ディスコライトは消してください。

 スピーカーも、もう少し音量を落としましょう。

 あまりにも、目と耳に悪いです」


 ヘッドが座る席から放たれた無情な宣言……。


 ――へい!


 しかし、海賊団の男たちは笑顔でこれに応じ、言われるまま普通のライトへ切り替え、スピーカーの音量もバックミュージックとしてイイ感じのところまで落としていく。


「それから、ゴミや油汚れが目立ちますね。

 ステッカーやペイントでの装飾は趣味の範疇だと思いますが、散らかっているのと汚いのは見過ごせません。

 いいですか?

 一に清掃、二に作業です。

 整理、整頓、清掃、清潔……。

 この四つを果たした先にこそ、良い仕事は生まれます。

 これからは、習慣として根付くよう、しっかりしつけていきますからね?

 わかりましたか?」


 ――ヘイ!


 ――アイ! アイ! マム!


 それぞれ、トッコーと呼ばれる特注の服を羽織り、カラフルな色に染め上げた頭髪を逆立て、刈り上げ、固めた男たち……。

 屈強なスカベンジャーズの構成員たちが、ノリノリでこれに返事する。


「いい返事です!

 そして、アイアイマム……これもまた、良い響きです!

 今日より、スカベンジャーズは生まれ変わります!

 カミュ・ロマーノフの名の下に、堂々たる官軍として、カトーのクソ野郎を叩き潰すのです!」


 ヘッドが座る席の前に立ち、堂々と宣言する少女――カミュの姿は、先までのセーラー服姿とはまた異なるものであった。

 頭には、ドクロが描かれた海賊帽を被り……。

 着用しているコートは、マントめいた丈の長さである。

 プリーツスカートは、コートの長さと対照的に丈が短いものであったが……。

 太ももにまで達するロングブーツが、代わって足元を固めていた。


 海賊といえば、あまりに――海賊。

 ただ、華奢な少女がこのような格好をしていると、何かのパーティーに合わせた仮装としか思えない。

 それが、艦長席よりも後方に位置するヘッドの特等席から、生意気にも指図を出す。

 これに対する屈強な海賊たちの反応は、劇的であった。


 ――イエアアアアアッ!


 それぞれ右腕を掲げながら、力強く応じたのである。


「何がイエアアアアだよ、スカポンタヌキ共……」


 つい先日まで、その席に座っていた人物……。

 ジョグ・レナンデーは、そうつぶやきながらも手にしたモップをひたすらに動かす。

 少年の赤髪は、ポマードによって固められ、誇りと闘志を表すリーゼントに戻っており……。

 囚人服から真紅のトッコー服に着替え、海賊の頭領にふさわしい装いを取り戻していた。


 ただ、その上から、そこら辺のダンボールに画用紙を貼って作った『敗北者』と書かれたサンドイッチマン看板をぶら下げており……。

 ぶつぶつと不満を漏らしながらモップがけする姿は、紛れもない下っ端のそれである。


「どうしてこうなった……」


 少女とそのメイドに指示され、大いに盛り上がりながら清掃作業する男たちの姿を尻目につぶやく。

 なぜ、こうなったかというと……。




--




「――戦力です。

 カトー一派を叩き潰すために、戦力が必要です。

 と、いうわけで、今すぐわたしのスカベンジャーズを招集しましょう! そうしましょう!」


 取り戻した整備ドックに存在する会議室……。

 その円卓をバンと手で叩き、俺はそう宣言した。


「いや、まあ、確かに戦力は必要だし、そのために海賊を脱走させたのだが……」


 愛犬がいれば、視力補助用のゴーグルなど不要ということだろう。

 グラサン姿に戻ったケンジが、傍らのヤスケを撫でながら視線をさまよわせる。


「あの、わたしの、というのはどういうことですか?」


 さわやかスマイルを浮かべつつも、困惑気味に問いかけてきたのはアレルだ。

 そんな年長者二人に対し、俺は力強く胸を張る。


「牢から出す際、キャプテンであるジョグ君には絶対服従を誓わせてあります!

 よって、その持ち物と手勢は当然、わたしのもの……。

 これから、スカベンジャーズは我が尖兵として銀河に名を轟かせることでしょう」


「――いや、納得できるかあ!」


 ――バン!


 ……と、先の俺に負けない勢いで円卓を叩いたのが、同席していたジョグだ。

 着ているのは囚人服、自慢の赤髪も整髪料がないので下ろしたままであったが、内から湧き上がる怒りに呼応して、今にも逆立ちそうな勢いである。


「なんですか?

 いまだチューキョー中枢部はカトーの手勢に占拠されたままで、こちらは取り戻す手段もないんですよ?

 四の五の言わずに戦力を結集し、カトーを打ち破る以外に手はありません」


「んーなこと言ってんじゃねえんだよ!

 絶対服従まで誓った覚えはねえ!

 つーか、スカベンジャーズ丸ごとテメーのもんだなんて、認められるわけねえじゃねえか!」


「では、どうするというのですか?」


 ジトリとした目で問いかける俺に、息を荒げたジョグが凶悪な眼差しを向けてきた。

 そして、こう言ったのだ。


「――勝負だ!

 スカベンジャーズを率いたいって言うんなら、俺に勝負して勝ちやがれ!」




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087272907983


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