カミュ・ロマーノフの静かでもない怒り

「見事にやられたな……。

 敵も思い切りのいいことをしたものだ」


 奪われた試作機に破壊された整備ドックの映像を見ながら、ケンジはそうつぶやいていた。

 見上げているのは、映画館じみた大きさの巨大モニター……。

 周囲へ碁盤の目がごとく配置されているのは、各種計器とオペレーター席である。


 戦艦のブリッジを彷彿とさせるこの部屋は、整備ドックを統括するオペレータールームであった。

 普段は、ここから各ドックに指示を出し、時には直接操作を加えているのである。


 その指示を出すべき整備ドックは、今や、ほぼ全てが壊滅状態であった。

 ハッチ越しに荷電粒子弾の直撃を受けた結果、内部に安置されていたリッターや海賊の非正規PLはことごとくが大破状態となっており、無残に破壊された内部機構を晒している。

 空間が限られたスペースコロニーの整備ドックであるため、内部は効率的かつ無駄なくPLを収容可能となっているのだが、ネオアキバでディスプレイされているフィギュアケースのごとき詰め込みぶりが、被害をより甚大なものとしていた。


「残っている戦力は、どのくらいだ?」


「正確な報告はまだだが、カトーは出港するにあたって、停泊中の艦船へ砲撃を加えて行ったらしい。

 無防備なところへ、横腹から刺されてはかなわん。

 我が旗艦アヅチを始め、タナカ家の艦隊は壊滅状態だ。

 内部に搭載していたPLごと、な」


 軽く肩をすくめながら、両手も上げておく。

 文字通り、お手上げの状態だ。


「領内に配備している艦隊は?」


「かんばしくないな。

 迂闊に動かせば、海賊共の跳梁を許す。

 そもそも、カトーが決起してから、様子見を行っている連中だ。

 動くとしても、それはどちらかの勝ちがほぼ決まった時だろう」


「お互い、つらいな。

 家中が掌握できていないと」


「まあ、な」


 視力補助用のゴーグルを着けているため、今は友人の表情もよく見える。

 浮かべた笑みの苦味は――深い。

 今、ケンジが迎えている状況は他人事ではないと、若年で公爵家を継いだ青年はわきまえているのだ。


「敵は、何を考えているんだ?

 いくらチューキョーの生産能力でも、ここまでの被害を受けてしまっては、再建は容易じゃない。

 伯爵家を乗っ取るにしても、旨味というものがないぞ」


「だが、乗っ取れなければ絵に描いた餅だ。

 その点、カトーはよく分かっている。

 まずは、イクサに勝つこと……。

 他のあれこれは、勝ってから考えればいい」


「勝つというのなら、どうしてこちらの機動戦力を破壊した後、わざわざチューキョーの宙域外へ離脱して行ったんだ?

 そのまま、勝負を決してしまえばいいだろうに」


「思うに、奴が行っているのは無法の下剋上ではなく、大義名分をかざしての蜂起だ。

 となれば、決着の付け方にも作法がある。

 堂々たるイクサの末に私を倒し、内外へ自分こそが新たな伯爵であると喧伝したいのではないか?

 おそらくは、しばらくすれば、決戦を挑む声明が出されるはずだ。

 銀河中にそうと知れる形で、な」


「さっさとケリを付けてしまえばいいものを……」


「だが、それゆえにこそ、勝機が生まれる。

 勝ち誇った相手の足元を、払ってやればいいのだ」


「――ワン!」


 ……と、この場に似つかわしくない鳴き声が響いたのは、そんな会話をしている時だ。

 おお……この声を、忘れるはずがない。


「――ヤスケ!」


 矢も盾もたまらず、振り向く。

 オペレータールームの入り口にいたのは、女学生のリードへ大人しく従うラブラドール・レトリバーだったのである。


 感動の――再会。


 盲導犬として訓練されたヤスケは、通常の飼い犬がそうであるように、激しい愛情表現をしたりはしない。

 だが、ブルンブルンと振られた尻尾が、彼が心細かったこと……。

 そして、再び無事に主と巡り会えた嬉しさを、如実に物語っていた。


「ホテルでイイ子にしていたそうです」


「そうかそうか……こい。

 よーしゃよしゃよしゃよしゃ」


 かがみ込み、胸へ飛び込んできた愛犬の頭といわず、あごも腹も背中も撫でまくる。


「大丈夫だろうか、こんなんで……」


 背後からアレルの呆れ声が響いたが、今はどうでもよかった。




--




 目に飛び込んできた景色は、凄惨という他にない。

 幸い、敵は事前に通信をしていたらしく、中で警備していたヤクザやニンジャが巻き添えとなり、ミンチよりひどいこととなったりはしていなかった。

 試作機の攻撃前に脱出していた彼らは、大人しく投降し、拘束されているわけだが……。

 代わってむごたらしい屍を晒しているのが、安置されていた整備待ちのPLたちなのである。


 セーフティシャッターが下り、気密が再度確保された空間に転がっているのは、大破した五機の――ヴァイキン。

 プラネット・リアクターが稼働していたわけではないため、ロボットシミュレーションゲームで撃破された敵機のように爆発はしていないが、それがゆえ、いっそう物悲しい様となっていた。


 ビームの直撃を受けた装甲は、無残に溶解し……。

 内部機構も部品同士が完全に溶けて混ざり合い、二度と役には立たなくなったことが、見ただけで分かる。


 元々、こいつらの大半は、ミストルティンによる攻撃で頭部などを破壊されていた。

 だが、それは慈悲深い……マシーンとして再度働ける程度の攻撃だったわけで……。

 このような姿となってしまった無念さが、沈黙するヴァイキンたちの死体から、伝わってくるようだ。


「わ、わたしの……。

 わたしのPLたちが……」


 ガックリと膝をつき、呆然とした声でつぶやく。


「あーあ……。

 こりゃ、完全にオシャカだな。

 こうなっちまうと、パーツ取りにも回せねえ」


 いまだ下ろしたままの赤髪とケツをかきながら、囚人服姿のジョグが溜め息を吐き出す。

 ただ、彼と彼の手下たちは、自分たちが扱っていた機体でありながら、この惨状にそれほどショックを受けていないようだった。


「まあ、これまで騙し騙しで使ってましたからね」


「ちげえねえ!

 いつ壊れてもおかしくなかったもんが、とうとう本当に壊れちまっただけの話だ!」


 やはりオレンジ色の囚人服を着ている海賊たちが、そう言ってカッカと笑う。

 なるほど、さすがにカラドボルグのような象徴的存在が壊れたのなら、話は別だろうが……。

 海賊にとって、あくまで一番大事なのは、自分たちの命。

 愛用してきたPLといえど道具に過ぎず、まして、元々ボロだったことを思えば、そこまで惜しむ気持ちは湧かないのかもしれない。


 だが、彼らにとってはそうでも、俺にとっては話が別だ。


「ほっほっほっほ……」


 立ち上がると同時に口から漏れ出たのは、前世でも今生でも漏らした覚えがない種類の笑い声である。

 そう、笑い声だ。

 俺は今、確かに笑っていた。

 ただ、声を漏らすたびに内側で燃え上がっていくのは、かつて経験したことがないほどの――怒り。


「はじめてですよ……。

 このわたしを、ここまでコケにしてくれたおバカさんは……」


「お嬢様……?」


 帰投して以来、何やらずっと一人で難しい顔をしていたユーリちゃんが、ふとこちらを見やる。

 だが、そんな彼女や周囲の人間を意に介さず、俺は高らかに宣言したのであった。


「ぜったいにゆるさんぞモワサ・カトー!!!!!

 じわじわとなぶり殺しにしてくれる!!!!!」




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087212579260


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