謎の敵

「ふむ……。

 よもや、流出品か?」


 どのような意図だろうか?

 あるいは、作業用に使っていたPLを持ち出してきたか?

 股間部にワイヤーウインチを装備したリッターに対し、直撃を与えず蹴りで足止めしながら、ヴァンガードはそう漏らしていた。


 単純に、勘が良いだけとも捉えることができる。

 だが、確かに今の一瞬、攻撃する意思と手段を先読みされたと、そう感じられたのだ。


「まあ、いずれにせよ、諸君らの撃破が目的ではない」


 つぶやきながら目を向けたのは、全身を赤で塗装された大型のカスタムPLである。

 前身となっているのは、帝国圏において旧式とされている機体だろうか?

 だが、徹底した改造を施された結果、外見には面影がほとんど残っておらず……。

 また、両肩に装備された超大型のブースター・ポッドが、恐るべき加速力を発揮していた。


 その突進力に加え、ゴリラめいた両腕部のパワーを上乗せしたパンチは、驚異の一言。

 当たってしまえば、可変機の宿命として構造が脆いこのコガラスは、ひとたまりもあるまい。

 ……当たれば、だが。


「テレフォンパンチだな」


 五感を超えた感覚と優れた動体視力に加え、デバイスヘルムを装着したヴァンガードは敵機の剛腕を正確に見抜き、機体を後ろに逸らす。

 完璧な――スウェー。

 そして、ここから見舞うのは、拳ではなくビームマシンガンの接射だ。


 敵機の胴体に、荷電粒子の銃弾が連続で撃ち込まれる。

 手応えは確かだが――軽い。


「頑丈だな。

 この機体で落とすのは、難しそうだ」


 ほんのわずかに動きを止められながらも、パイロットの闘志は燃え尽きることなし。

 再び拳を振るってくる赤い機体から、素早く距離を取った。

 やや旋回気味にそれを行えば、直進推力に全てをかけた敵の機体は、振り回される形となる。


「センスはいいが、いかんせん大振りだな。

 それでは、格上に通じんよ。

 ――む」


 ヘルムの中で、わずかに表情を引き締めた。

 残る最後の敵機――ミストルティン。

 ラノーグ公爵家の当主専用だという白いPLが、粒子振動ブレードにシールドという古代の騎士めいた武装で向かってきたのだ。

 だが、真に脅威となるのは、機体の方ではない。


「こちらは、確実に流出品だな。

 やれやれ、今日は珍しいものとよく遭遇する」


 敵パイロットから発せられる思念波を正確に汲み取り、こちらの意思も混ぜ合わせて再送信し、互いに読み合いの様相を呈する。

 言うなれば、これは、互いに先の手札が開示されたポーカーだ。


 ブレードが振るわれるが、本命は左足での薙ぐような蹴り。

 それをコガラスの足裏で受け止めると、勢いを殺すことなく、今度は右足での下からすくうような回転蹴りが放たれた。


「足癖の悪いパイロットだ」


 苦笑しながら、コガラスのスラスターを噴かして後方に飛びのく。

 高機動戦闘を前提とした設計の本機は、戦闘機形態でなくとも良好な機動性を実現している。

 しかも、あの赤い機体とは異なり、直進推進力は戦闘機形態に託してあるため、より柔軟で小回りの効く対応が可能なのだ。


「それにしても、いい機体だ。

 こちら側の技術力というのも、侮れん」


 機体への感想を漏らしつつ、反撃としてビームマシンガンのトリガーを引く。

 それは、予期していたのだろう。

 ミストルティンが、左手のシールドでこれを防ぐ。

 だが、敵機の動きは防御だけに留まらなかった。


「シールドで押し込んできたか!」


 ビームマシンガンで撃たれながらも、シールドの頑丈さにモノをいわせ、そのまま突進してきたのである。

 近接戦闘用の武装を持ってきておらず、そもそも、可変機の宿命としてフレーム構造に脆さがあるコガラスだ。

 先ほどから続く接近戦を嫌って、さらに離れようとする……というのが、敵の読み。


「――と、見せかけて本命はそちらだ」


 そこを横から狙い撃とうと、シールドの影からミストルティンが顔を出す。

 だが、思念波の攻防に勝利し、敵の動きを先読みしていたヴァンガードは、先んじてビームマシンガンを斉射していた。

 一撃一撃の威力では劣るものの、連射力で勝る荷電粒子弾が、相手のビームライフルに直撃する。


「スマート・ウェポン・ユニットで視界を塞ぎ、死角からこちらに砲撃する。

 その思考は読めていたぞ」


 言いながら、コガラスをかがませた。

 背後から瞬間移動じみた速度で接近してのパンチは、ただそれだけで空振りする。


「当然、君の動きも読めている。

 さて……もう少し、相手をしてやりたいところだが」


 離脱しながら、ビームマシンガンで弾幕を形成した。

 ミストルティンはシールドで……。

 赤いPLは両腕を交差させることで、それぞれこれを防ぐ。


「あいにくと、私の目的はドッグ・ファイトではない。

 ……む」


 ここで、気付く。

 赤い機体の方は、重装甲に頼って強引にこちらへ接近する手もあったはずだ。

 そうしないのは、背後に整備ドックへ続くハッチがあるから……。


「ほう、私の攻撃目標を一つ守ったか。

 案外、機転が利くパイロットなのか?

 いや……」


 ちらりと目をやったのは、小破し蹴り飛ばされて以来、目立った動きを見せていないリッター……。

 申し訳程度に右腕部のビームライフルを構えているこいつからは、獲物を観察する猛禽めいた思念が感じられた。


「……あちらの指図かな?

 なかなか、視野の広いやつだ。

 流出品かどうかは保留だが、見どころはある」


 敵に対する評価を下しながら、ちらりと脇を見る。

 ヴァンガードの視界に映っているのは、敵機が守っているのとは別の整備ドックだ。


 その数、およそ――十。

 ドック一つにつき、最大で五機のPLが格納可能となっていた。

 その全てが稼働しているわけではないが、カトーが乱を起こすまでは平時の状態であったため、相当数のタナカ家所属PLがここへ収められている。

 それはつまり、外部から破壊すれば、労せず敵の戦力を削れるということ……。


「勝負はイーブン。

 試合には勝たせて頂こう」


 聞こえないと分かった上で敵PLたちに言い捨て、コガラスを方向転換させた。

 同時に――変形。

 敵からたちまち距離を取ったコガラスは、再び変形して人型を取り戻すと、整備ドックのハッチに向けて全力射撃を加えていく。


 無論、敵とて黙って見ているわけではない。

 赤い機体は、変形したコガラス以上の直進推進力で迫り……。

 ミストルティンは、健在な粒子振動ブレードを手に距離を詰めんとしてくる。


 ヴァンガードにとっては、妨害と呼べるほどの行動ではない。

 赤い機体は軽くあしらい、ミストルティンに対しては、時折ビームマシンガンでの牽制を加えて足止めした。

 そうしながらも、次々と整備ドックを破壊していけるのは、彼我の実力差を示している。


「破壊完了。

 まあ、上出来だろう」


 酷使した影響だろう。

 銃身が赤熱化し、使い物とならなくなったビームマシンガンを放り投げた。


『ヴァンガード殿、首尾はどうか?』


 戦艦オーサカのカトーから通信が入ったのは、丁度その時である。


「整備ドックはおおよそ破壊した。

 が、火器を失ったため、これ以上の戦闘継続は不可能だ」


『よくやってくれた。

 当初の予定を前倒しし、我が艦隊は、一度チューキョー付近の宙域から離脱する。

 お主も合流されよ』


「承知した」


 予想通りの言葉にうなずき、コガラスを変形させた。

 敵のPLたちは――仕掛けてこない。

 火器を失ったくらいで好機と思うほど、間抜けではないということだ。


「では、縁があればまた会おう」


 聞こえていないなりに、言葉だけ残し……。

 ヴァンガードは、コガラスの機首を宇宙港に向けたのである。




--




「まったく歯が立たなかった……」


 小破したリッターのコックピット内で、俺は一人つぶやいていた。

 出来たことといえば、ジョグに指図してクサナギがいる整備ドックを守らせたことだけ……。


 ――完敗。


 この二文字が、脳裏をよぎる。

 それにしても、だ。


「ジョグ君もユーリちゃんも、完璧に機体を操っていた。

 なのに、まるで赤子扱いだった。

 一体、何者……?」


 答える者など、当然いるはずもなく……。

 俺はただ、敗北感に打ちのめされるだけなのであった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087150313951


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