ヴァンガード

「スクリーンに映像を回せ」


 突如として響き渡った音声通信へ動じることなく、カトーがオペレーターヤクザへと命じる。


「ヨロコンデー!」


 オペレーターヤクザの操作により、ブリッジ前面を覆うメインスクリーンへと、通信相手の姿が映し出された。

 おそらく、PLのコックピット内にいるのだろう。

 通信相手の背後には、コックピットシートが見える。

 それにしても、恐ろしく目を引く人物だ。

 着ている装束は、漆黒のコートであり、これは、かなりの対弾性と防刃性を備えていることが、荒事へ慣れたカトーには見抜けた。

 これだけでも、かなり奇抜な恰好ではあるが……。

 やはり、なんといっても特徴的なのは、頭に被ったフルフェイスヘルムであろう。


 まるで、古代日本の荒武者が被っていた兜のような……。

 いかにも物々しく、見る者を威圧する迫力が備わった意匠である。

 ただ、大昔の人間が防具として使っていたそれと一線を画すのは、備わっている様々なデジタルデバイスとしての機能だ。


 ――視覚。


 ――聴覚。


 ――嗅覚。


 これら代表的な外部からの情報を、精密に分析し、装着者へ伝える役割が備わっているはずだと、カトーは考えていた。

 いや、おそらくはそれだけでなく、AIによる肉弾戦や銃撃戦時の補助機能すら存在するだろう。


 漆黒のコートとフルフェイスヘルム。

 あまりに特徴的かつ、奇抜な姿をした怪人物の名は――。


「――ヴァンガード=サン。

 これは、恥ずかしいところをお見せしましたな」


 通信相手――ヴァンガードに向かって、カトーが顔色を変えずに告げる。

 この態度は、気を許しているわけでもなく、かといって警戒しているわけでもない……微妙な距離感の表れであった。


『恥じる必要など、ありますまい。

 誰にもできなかった変革を、成し遂げようというのです。

 その過程において、不測の事態が起きるのは、当然かと。

 また、そのような局面でお助けするためにこそ、私は参じているのです』


 何しろ、顔面の全てがヘルムで隠された人物のため、表情を推し量る術はない。

 だが、ヘルム越しだと思えないほど明瞭な声音は若い男性のものであり、非常にさわやかであった。


『それより、サン付けはどうか、やめて頂けまいか?

 私は、ニンジャというわけでは、ありませんのでね』


「これは失礼した。

 では、ヴァンガード殿……ご助力を願ってもよろしいかな?」


『無論です。

 今も乗っているこの試作機……確か、コガラスと名付けられたのでしたかな?

 お借りしますが、よろしいか?』


「無論。

 お主以上に、その機体を使いこなせる者はおりますまい」


『ははは、これは買い被られてしまったようだ。

 では、その期待に恥じないよう、精一杯働かせて頂くとしましょう』


 気安いような、牽制し合うような微妙な会話……。

 それを終えたヴァンガードが、まとっている空気を明らかに変えた。


『では、コガラスはヴァンガードで出撃する。

 武装は、ビームマシンガンを』


「――ヨロコンデー!」


 ヴァンガードの要請に従ったオペレーターヤクザが、すぐさま希望の武装を手配した。

 それは、格納庫内のロボットアーム経由で、発進準備するPLへと渡されるのだ。


「――オタッシャデー!」


 やがて、発進準備が整ったのだろう。

 オペレーターヤクザの声と共に、例の試作機――コガラスが、電磁カタパルトで射出される。

 試作機であるため、当然ながら武装は、たった今渡されたビームマシンガンのみ。

 だが、人型に航空機の特質をも押し込めたあの機体には、過度な武装など不要であると思えた。


 仮面の男に操られた試作PLは、開放されているコロニー宇宙港から宇宙空間へ飛び出すと、いよいよその真価を発揮する。


 ――トランスフォーメーション。


 機体の各部が稼働、変形して位置を入れ替え……。

 マッシブな人型形態から、逆ガル翼を備えた戦闘機形態へと移行を果たしたのだ。


 変形により各スラスターが後部へ集中し、人型時とは比べ物にならない直進推進力を得た機体が、瞬間移動じみた速度で姿を消す。

 目指す先は、チューキョー外壁部のPL整備ドック……。

 文字通り、「あ」と発する間には現着することだろう。




--




『オラオラ!

 さっさと脱出しねえと、潰しちまうぞ!』


「――ジョグ君!

 冗談でも、そういうことを言うものではありません!」


 クサナギが安置されている別の整備ドック……。

 外部ハッチ越しにカラドボルグの剛腕で威嚇するジョグに対し、俺は通信のみならず、リッターの機体動作も加えて制止した。


『なんだよ、オイ。

 本当にやるわけねえじゃねえか』


 通信ウィンドウ内のジョグが、心外だというように顔をしかめる。

 いやまあ、もちろん、よっぽどの緊急事態じゃない限り、そういう残虐行為はしないと分かっちゃいるんだけどさ。

 でもよ。テメーの顔を見る度に、『パーソナル・ラバーズ』の個別ルート内で、カラドボルグのマニュピレーターに叩き潰され、フレッシュトマトと化したわたしの姿がフラッシュバックすんだよ。

 あの死に方だけは御免こうむりたいし、できれば、目の前で他人が同じ目に遭うところも見たくないね。


『ともかく、警告から三分が経ちました。

 予定通り、ブレードで外からハッチを破壊します。

 内部の人間は脱出していると思いますが、お嬢様はカメラを他に向けていて下さい』


「わかりました」


 ユーリちゃんの言葉に従い、素直に虚空の宇宙へと頭部メインカメラを向ける。


『なんだよ、オイ?

 オレの時とは、随分と反応がちげーじゃねえか?

 しかも、脅しだったオレと違って、こいつは実行しようとしてやがるのによ』


「予定通りの作戦行動です。

 それに、同性ですから」


『お嬢様……。

 いえ、もうなんでもいいです』


 あきらめ声と共に、ユーリちゃんに操られたミストルティンが、脅し目的のビームライフルを後ろ腰のハード・ポイントへとマウントした。

 代わって引き抜いたのは、背部に二本装備された展開式の粒子振動ブレードだ。


 脅しはビームライフルを向けることで行ったが、実際の侵入にまでそれは使わない。

 内部に向けてビームを撃ったら、奪取しなきゃいけない味方の機体がオシャカだからな。

 まあ、どの道、外部からハッチを破壊することに違いはないので、中にいる連中は退避するしかないのだ。


『では、いきます』


 俺がそれを見つけたのは、ユーリちゃんがまさにハッチを破壊しようとしている時であった。


「……スラスター光?」


 資源衛星へ取り付く二枚貝のような形状をしたチューキョー先端部……。

 宇宙港にあたるその部分から、小さな光が瞬いたのである。

 そして、その光点が大きさを増し、巨大なシルエットとなって肉薄してきたのは、ほんの一瞬後であった。


「――くっ!?」


 うなじを走るチリリとした微電流めいた感覚……。

 その感覚に突き動かされるまま、リッターの左半身を前に出し、被弾面積を最小限に抑える。


 ――ガガガガッ!?


「――キャアアアアアッ!?」


 リッターの全身を、振動と衝撃が襲った。


 ――撃たれた!?


 一瞬、知覚できた機影は、逆ガル翼の付いた戦闘機じみたもの……。

 その下腹部に保持されたビームマシンガンが、荷電粒子の弾丸を数発浴びせてきたのだ。

 盾とした左腕部を中心に、頑強なリッターの複合装甲が溶解し、破砕される。


 だが、敵の攻撃は、それだけに留まらなかった。

 敵機は一瞬にしてトランスフォーメーションを終え、あの工場で見た試作機の姿となり……。

 俺の眼前で静止すると、そこから恐るべき左蹴りを放ってきたのだ。


「――アアアアアッ!?」


 重力コントロールシステムで吸収しきれなかった振動が、コックピット内を襲う。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087086673154


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