奇襲は順調なり

 今日は、本当に慌ただしい一日だ。

 表の工場見学に始まり、チューキョーが秘匿していた秘密工場の見学。

 そこで強奪騒ぎと襲撃があった後は、下水道からセーフティハウスへと脱出。

 その後は、前世も今世も含めて人生で初めてセーラー服を着用し、刑務所での睡眠薬カレー配布……。

 ジョグとその手下たちを下僕にした後は、相手に対応する時間を与えないよう、速やかにここへ潜入し、PL三機の奪還を果たした。


 いやー、ハードだ。

 弱冠十二歳、銀河で一、二を争う箱入りお嬢様がするとは到底思えない体験である。

 当然ながら、体はクタクタ、足もパンパン。

 入念なストレッチに加え、マッサージをしてもらわなければ、筋肉痛は確実と思えた。


 でも、なんでだろう。

 このコックピットに入ると、そういう疲労全てが――吹き飛ぶ。

 ばかりか、無限の勇気が湧いてくるのだ。


「――やるよ! リッター!」


 外部操作でハンガーの拘束を解除し、機体に歩ませる。

 そのまま、壁に存在するウェポン・ラックから、リッター用の大型ビームライフルを取り出し、右腕部のハード・ポイントへと装着した。


 見れば、ユーリちゃんの操るミストルティンも、同じようにライフルとシールドを装着しており……。

 頭部の粒子振動ブレードを失ったままのカラドボルグは、気絶したニンジャをドッグ入り口まで手で運んでやっている。

 こうすれば、自動でドアが閉鎖されるため、瞬殺された彼らも宇宙へ放り出されずに済むのだ。


 さて……それぞれの武装も取り戻し、アフターケアも果たした以上、この整備ドックにもはや用はない。


『では、外部に進出します。

 その後は、外からクサナギが保管されているドックに突入しましょう』


 そう言ったユーリちゃんが、外部に続くハッチへビームを発射する。

 内側から荷電粒子ビームの直撃を受けた隔壁は、赤熱化して膨れ上がると、飴のように溶けていき……。


『――オラアッ!』


 もはや、出入り口としての用を成していないそれが、カラドボルグの剛腕で吹き飛ばされた。


 ――ビー!


 ――ビー! ビー! ビー!


 ドック内に響き渡るのは、非常事態を知らせるアラーム音。

 同時に、外部からここへ続く出入り口の全てが閉ざされ、あるいは緊急シャッターが下りていく。

 破壊されたハッチから真空の宇宙に向けて、ドック内部の空気が吐き出されていった。


「行きましょう!

 ケンジ様たちも、呼応してくれるはずです!」


 俺たちが操る三機のPLは、外部からの再侵入を果たすべく、宇宙空間へ飛び出す。




--




「どうやら、あのご令嬢たちは上手くやってくれたようだな」


 つぶやきながら真剣を引き抜くケンジの視線は、常のようにあちらこちらへとさまよっていない。

 視力補助用のゴーグルを装着した今は、視界の全てが健常者と同等かそれ以上にクリアとなっており、先祖から技を受け継いだサムライが、十全の力を発揮可能となっていた。

 それはつまり、カトー一派が私兵として使うヤクザたちなど、物の数ではないということ……。


「ザッケン――グワーッ!?」


「スッゾ――グワーッ!?」


 郊外からドックへ続く入り口を警備するヤクザたちが、ヤクザスラングも言い終わらぬ内に白刃の錆となっていく。

 拳銃やドスで武装したこやつらであるが、今のケンジにとっては、路傍の小石ほども妨げにならない。


 唯一、注意すべきは、時折敵に混ざっているニンジャたち……。

 さすがに、アレルとスカベンジャーズの囚人含む『生徒会』の大人数で押しかけていては、こやつらもうかうかとアイサツしてきたりはしない。

 問答無用でアンブッシュを仕掛けてくるが、これは、制服からヨーヨー、ハンマー、機関銃といった凶悪な武器を取り出すクノイチたちによって抑え込まれ、後退を余儀なくされていった。


「なあ、ケンジ。

 彼女たち、どこからあんな武装を取り出したんだ?」


「若いな、アレル。

 世の中には、気にするだけ負けという物事が、いくらでも存在するのだ」


 ごく普通に拳銃で武装し、地味な援護射撃をしながら問いかけてきたアレルへ、なんということもないかのように答える。

 実際、何をどうしているのかはケンジにも分からないため、答えようがないのだ。


「ともかく、せっかく子供たちが作ってくれた好機だ。

 これを逃さず、一気に押し入るぞ」


「まあ、そうだな……」


 いまいち納得していない風のアレルだが、正規の訓練によって培われた戦闘技術は、地味ながらも堅実……。

 彼の援護を受けながら、銀河を生きるサムライは敵の銃弾をかいくぐり、一人……また一人と、敵を斬り倒していく。

 最初に目指すべきは――PLの整備ドック。


 現代において戦場の主役は間違いなくかの兵器であり、歩兵が千人いようとも、一機のPLへ対抗することはできない。

 よって、カミュ嬢たちと呼応して一気にここを抑えることで、事態の打開を図るのだ。


 だが、それを考えるのは、敵とて同じ……。




--




「刑務所から宇宙海賊共が脱走した?

 加えて、ケンジが姿を現し、整備ドックへ奇襲を仕掛けているか……。

 ここでケンジめを始末すれば、反乱は完全に成功するのだが、なんとかならぬものか?」


 報告を受けたカトーが部下に問いかけるのは、制圧したタナカ伯爵家の邸宅ではない。

 宇宙港へ待機している自らのPL運用母艦――オーサカに備わったブリッジである。

 丁度彼は、手勢たちの鼓舞を行うべく、自身の城と呼ぶべきこの艦を訪れているところだったのだ。


 巨大なメインスクリーンを備えたブリッジ内には、多数の計器と、オペレーターヤクザたちが碁盤めいた整然さで配置されており……。

 ヤクザたちから告げられる報告が、非常事態に次ぐ非常事態のそれでありながら、カトーは、まるでこのことを予期していたかのようにおだやかな声で問いかけた。

 自らが座す艦長席の背後に飾られた『冷静沈着』の巨大掛け軸……。

 今は読める者も少ないその四文字を、体現しているのだ。

 おかげで、ブリッジに務めるオペレーターヤクザは、落ち着いて現状の報告をすることができる。


「現場の状況は、非常に悪いようです。

 どうやら、ケンジの手勢が整備ドック内に侵入し、保管されていたカスタムPLなどを奪った模様。

 そのまま外部へ脱出し、ビームで脅しをかけているので、ヤクザはもとより、ニンジャたちでも手に負えません。

 ドック内へ突入してきたケンジたちと行っている生身の戦闘ですが……」


 そこでオペレーターヤクザが、装着しているインカムへ手を当てた。

 どうやら、現場からの報告を精査しているようだったが……。

 やがて、彼は首を振りながら報告を続ける。


「……制服がどうの、カワイイがどうのと要領を得ない報告が多数混ざっており、正確な全貌は掴めません。

 ですが、総合的に考えると、ケンジはこちらが把握していない手練れを、相当数確保していたものと思われます」


「それを、ここで投入してきたか。

 若造め、やりおる。

 ヤクザやニンジャの情報網にもかからぬ手練れたちなど、どこに隠していたのやら……」


 報告を聞いたカトーの表情は、冷静そのもの……。

 これは、くるべきものがきただけであると、納得しているからであった。

 だから、決断も潔い。


「整備ドック内を警護していた者の内、脱出がかなう者は脱出し、そうでない者は投降するよう伝えよ。

 さすれば、無駄に殺生するケンジではないし、拘束のために進撃を遅らせられよう」


「――ヨロコンデー!

 ……PLに関しては、いかがなさいますか?

 そっくり奪い返されてしまっては、かなりの脅威となりますが?」


「本艦保有のリッターを出撃させ、ドック外部からの攻撃によって破壊せよ。

 こちらのものとならなかったのは惜しいが、敵の手に渡るよりはマシよ」


『どうやら、不測の事態のようですな?』


 ブリッジ内に音声通信が響いたのは、その時である。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087024282623


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