ただいま

 警備や歩哨というものは、軍事行動の基本というべき任務であり……。

 単純にして単調だからこそ、練度というものが如実に表れるといえる。

 それは、カトー一派が占拠したこの整備ドック内を見れば、明らかであろう。


 ――まったく。


 ――ヤクザというものは、カカシに過ぎぬな。


 とあるクランに所属するニンジャ――パトロールは、脳内でそう毒づきながら、メンポごしに溜め息を吐いた。


 彼が配置されたこのドッグ内に格納されているPLは――三機。

 うち一機は多少の追加装備――このウインチは何に使うのだ? ――を施されたリッターでしかないが、残る二機が問題だった。

 一機は、音に聞くラノーグ公爵家の当主専用機――ミストルティン。

 もう一機は、これから傘下に加わるよう説得する海賊の船長が、先代から受け継いだカスタムPLである。


 いすれも、兵器というよりは……芸術品。

 しかして、愛でて終わる品には到底宿らない圧倒的な戦闘力を秘めていた。


 もし、これが奪われるようなことがあれば……。

 しかも、それを成すのが、機体性能をフルに発揮できる持ち主であったならば……。

 カトー一派にとっては、決して無視できない災厄となるであろう。

 だからこそ、相応の人数がここに割かれ、万が一に備えているわけだが……。


 ――事実上、警備として使えるのは我々ニンジャだけか。


 うじゃうじゃと数だけは投入されているヤクザたちの、なんと頼りないことか……。

 ただ視線をさまよわせながらうろつき、時に意味もなく「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」などとヤクザスラングで叫ぶだけだ。

 サングラス越しの目は開いていても、見えていないも同じ。

 耳は付いていても、聞こえていないも同じ。

 脳に至っては、備えているのか怪しいところである。


 仮に自分たちニンジャがいなかったとしたら、ダンボールを被って潜入するだけでも誤魔化せるかもしれない。


 ――自分たちだけが頼りだぞ。


 他に配置されている二名のニンジャと、それぞれうなずき合う。

 異変が起きたのは、その時だ。


 ――プロロロロロ……。


 ハンガーに固定されているPLの一機――リッターが備えた外部スピーカーから、突如として謎の電子音が流れた。


「ッンダコラー!」


「スッゾオラー!」


 動揺するヤクザたちだが、リッターの異変はそれに留まらない。

 なんと、ひとりでに上半身の固定を解除し、頭部の両側へ両手を持ち上げたのである。

 それから、再び謎の音声……。


『リ゛ッ゛タ゛ー゛』


 ……なんなのだ、これは?

 まったく意味の分からない事態に、仲間のニンジャたちと目線を交わす。

 ただ、一つだけ確かなこと。


「ザッケンナコラー!」


「ッンダコラー!」


「スッゾオラー!」


 それは、ヤクザスラングを連発するヤクザたちが、わらわらとリッターの前へ集結してしまったことだった。

 だとすれば、これは……。


 ――囮か!?


 仲間のニンジャたちと共に、素早く目線を走らせる。

 すると、そやつらは――いた。

 ごく少量のプラスチック爆弾でも使って、外したか。

 内側から取り外されたエアダクトの入り口から出てくるのは、セーラー服を着た女児が二人に、囚人服の男児が一人。


「イヤーッ!」


「イヤーッ!」


「イヤーッ!」


 仲間たちと共に、ニンジャ跳躍力で素早く子供たちの前に降り立つ。


「ドーモ、はじめまして。

 パトロールです」


「ドーモ、はじめまして。

 セキュリティーです」


「ドーモ、はじめまして。

 ゲノムです」


 それから、三人揃って礼儀正しいアイサツだ。

 ここまで、パトロールたちにはなんの落ち度もない。

 ニンジャとして、模範的な対応であるといえるだろう。

 ただ一つ、難点があるとするならば……。

 侵入者は、特にアイサツを重視してはいなかった。


 ――ダーン!


「グワーッ!?」


 ――ダーン!


「グワーッ!?」


 侵入者の一人……茶髪のややボーイッシュな眼鏡セーラー服少女が、オジギ直後で無防備だったセキュリティー=サンとゲノム=サンに銃弾を見舞う。

 ナムサン! 対弾性メンポで頭部を守っているニンジャであるが、鉛玉の直撃を受けた以上、昏倒は免れない。


「おのれ! 卑怯な!」


 叫びながら、シュリケンを懐から取り出す。

 シュリケン・ダートのスキルはニンジャにとって必須のそれであり、当然ながら、パトロールも血の滲むような鍛錬を積んでいる。

 従って、懐からシュリケンを取り出し、投てきするまでの時間は、訓練を積んでいないニュービーが手にした拳銃の引き金を引くまでとほぼ同等であった。


 しかも、パトロールが投げたシュリケンの数は、一枚きりではない。


 ――三枚だ。


 重ねて取り出したシュリケンが分裂するかのごとく三方向に分かれ、それぞれ、侵入者へと向かっていったのである。

 これこそ、パトロールのヒサツ・ワザ! サンマイシュリケンだ!


 だが、おお……この幼さでなんということだろうか……。

 子供としか思えない侵入者三人の中でも、最も年少だろう眼鏡セーラー服の少女は、パトロールのさらに上をいったのだ。


「――ナ、ナニィーッ!?」


 少女は、地を這うような超低空のスライディングで自身に襲い掛かるシュリケンをかわし……。

 ばかりか、すれ違いざまに後方へ拳銃を二連射することで、仲間に放たれたシュリケンすらも撃ち落とす。

 そして、スライディングしてきたということは、パトロールの足元まで接近を果たしたということ……。

 相打ち覚悟で渾身のヒサツ・ワザを放ってしまったパトロールは、これに――対応できない!


 ――ダーン!


「グワーッ!?」


 終わってみれば……。

 パトロールも仲間のニンジャたち同様、サンシタ同然に倒されてしまったのだった。




--




「さあ、急いでください!

 お嬢様は、しばらく物陰で伏せて!」


「お、おう……」


「わ、分かりました……」


 あっけに取られた俺やジョグのことは、意に介さず……。

 瞬く間に三人のニンジャを倒したユーリちゃんが、ミストルティンへと駆けていく。

 無論、ニンジャたちが名乗り、銃声も響かせたのだから、いかにこの整備ドックを警備するヤクザたちが無能であろうと、侵入者に気付かないはずもない。


「ザッケンナコラー!」


「スッゾオラー!」


 威圧的なヤクザスラングと共に拳銃を抜くが、そんなものを意に介するユーリちゃんではなかった。


 ――ダーン!


 ――ダダダーン!


「グワーッ!?」


「グワーッ!?」


「グワーッ!?」


「グワーッ!?」


「グワーッ!?」


 走りながらもマガジン交換し、ヤクザたちが撃つより早く拳銃弾を叩き込んでいったのである。

 それにしても、なんという射撃の精度だろうか。

 さっきの曲芸めいた手裏剣撃ち落としもそうだが、不安定な姿勢であるというのに、全く狙いが逸れることなく、正確無比にヤクザたちの拳銃を撃ち落としていた。

 ……詳しくないけど、拳銃って、当てるの難しいんじゃなかったっけ?


 いや、伏せてて見てなかったけど、秘密工場が襲撃された時も果敢に応戦したらしいし、この潜入作戦がケンジとアレルに認められたのも、ユーリちゃんがいたからなんだけどさ。

 メカの天才で、今の腕前がどうかは知らんがパイロットとしての才能もあって、生身でもクソ強いとか……。

 こう、他の攻略対象たちと比べても頭一つ抜けておかしいというか、世界のバグみたいなことになってんぞ。


 なんて考えながら隠れている間に、ユーリちゃんとジョグが、それぞれPLへ乗り込むことに成功したらしい。

 ミストルティンのモスキート音じみたプラネット・リアクター起動音と、カラドボルグの族車みたいにやかましい同起動音が、整備ドック内へ響き渡った。


 そこから先は、蹂躙だ。

 頭部バルカン砲みたいな装備はPLにないため、素手でもってヤクザが追い立てられていく。


「アイエエエエエッ!?」


「オタスケエエエエエッ!!?」


 こうなってしまうと、所詮はサンシタ、根性がない。

 ついでにというか幸いにもというか、空いている俺のリッターで立ち向かう機転と勇気もない。

 ヤクザたちは、ほうほうの体でドック内から脱出していったのである。


『お嬢様!』


『オラ、急ぎやがれ!』


 二人から外部スピーカーで急かされ、自分のリッターへと乗り込む。

 ああ、我が愛しのコックピット……。

 ここへ乗り込んで、言うべき言葉はただ一つだ。


「――ただいまっ!」


 俺の言葉へ応えるように……。

 緊急稼働したリッターが、いつもより少しだけかん高いリアクター音を響かせた。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086971958188

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086971996217


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