ユーリの悔恨
大人たちが酒を飲んだり騒いだりしているしている中……。
「はあ……」
ユーリはといえば、せっかく水着へ着替えたというのにプールで泳ぐこともなく、さりとて、ドリンクや料理を楽しむこともなく、手にしたタブレット端末の表示へ溜め息をつきながら、サンベッドへと寝そべっていた。
タブレット画面にズラリと並べられた数字……。
それは、出撃した各PLのレコードデータである。
ブラックボックスとも呼ばれる記録装置には、実に多種多様なデータが記録されているが、ここに整理してあるのは、各機の撃墜数であった。
また、この表は、古代からその機能をほとんど変えていない表計算ソフトで、最も撃墜数の多い機体から順に並べてある。
文字列の最上段……。
つまり、この会戦で最もスコアを稼いだ撃墜王は誰か……。
「なんだあ?
グラムってのは、オメーの作ったあの砲撃用PLだろ?
PL撃墜数23。巡洋艦撃沈数4で、断トツのトップエースじゃねえか?
それがなんで、こんなところで溜め息ついてやがる?
エースってのは、輪の中心ではやし立てられたりするもんじゃねえか?」
後ろから端末を覗き込み、声をかけてきたのはこの場で数少ない同年代――ジョグ・レナンデーだ。
負傷した頭には絆創膏を貼っているが、それ以外に大きな怪我は存在せず、泳ぐ気満々の水着姿である。
撃墜――しかも、機体は爆散している――されてしまったことを考えれば、非常に幸運であったといえるだろう。
「全然、足りてません。
本来なら、ボクだけで敵艦隊を壊滅させるつもりでした。
最も火力のある機体に乗っていながら、結局、決め手となったのは旦那様率いる黒騎士団だった……」
忸怩たる想いと共に、心中を吐露する。
イメージでは、もっと上手く動くことができるはずだった。
しかし、実際の戦闘では敵のリッター隊に執念深く付きまとわれてしまい、大火力で薙ぎ払うような戦い方ができたのは、結局、初撃だけだったのである。
機動兵器であるPLが本気で散開し、各々回避運動を取ってしまえば、戦艦級の極大ビームも、流星のごとき拡散ビーム砲も、そうそう当たるものではないのであった。
当たり前だが、敵パイロットも死にたくなくて必死であり、彼らが操縦していたリッターは、今後二十年超える量産機は出ないかもしれないと言われるほどの傑作機なのである。
が、そんなことは言い訳だ。
「もっと上手く戦えていれば……。
敵を全滅させてしまっていれば、お嬢様が不意の砲撃に襲われることなんてなかった。
いや、それ以前に、あの試作機と戦わせることもなかった。
ボクがもっと大きな戦果を上げていれば、こちらを抑えにきたはずなのに……!」
あの試作機……。
と、いうより、ハイヒューマンとカミュを交戦させてしまったのは、痛恨の失敗というしかない。
前回の戦いで自分がハイヒューマンだとバレてしまっている以上、こちらを優先してくるだろうと甘く見積もった結果であった。
カミュが生き残っているのは、ハッキリいって、いくつもの幸運が作用した結果に過ぎない。
「そうは言うけどよぉ……」
幸運の一つである少年が、奇妙な形に固めた赤髪をポリポリとかく。
「ベストを尽くして、それで結果も出してるんだから、ひとまずは満足すりゃいいじゃねえか。
オレなんか、愛機をぶっ壊しちまったんだぞ?
それに比べりゃ、はるかにマシだろうがよ?」
「……正直、すごくうらやましい立場ですけどね」
「冗談だろ?
あの女、自分を庇った人間が死にそうな目に遭ってるっていうのに、乗ってる機体が壊れたことに泣いてやがったんだぞ?」
「いいなあ……」
「ええっ!?」
ドン引きするジョグに構わず、恍惚とつぶやく。
乗っている機体の喪失を、あの少女に心から悲しんでもらう……。
それは、この世における最大の幸福であり、もし、その栄誉にありつけるなら、うっかり巻き添えで爆散してしまっても本望だと思えた。
「ま、まあ、それでオメーがいいんならよお……うん。
それより、新しいカラドボルグのことなんだがよ」
頭を振ったジョグが、露骨に話題を切り替える。
「やっぱ、今までと全く同じってのは、難しいかあ?」
「そうですね。
ボクもちょっと触りましたが、あのリアクターチューンと艦艇用ブースターへの接続は、文字通り神業でした。
チューキョーの秘密工場で聞いた話と照らし合わせると、引退したスゴ腕の職人さんが手がけたんじゃないですかね?」
「だよなあ。
あれ依頼したの親父なんだけど、そんなこと言ってたぜ。
となると、やっぱ無理か」
「無理、とまではいいません。挑戦する価値もあります。
ただ、わざわざ旧型機を持ち出して徹底改造して、艦艇用のブースターまで仕入れるというのは、コスト的にも今後を踏まえてもあまり意味がないですね。
何より、撃たれるままに超加速で接近して殴りつけるというのは、海賊の略奪行為ならともかく、通常の戦闘では消耗が激しすぎます。
せっかく、ケンジ様から全面的なバックアップを得られるんですから、高機動型のコンセプトはそのままに、一新して考えるのがいいかと」
「そうなるよなあ。
つっても、今回みたいな戦いがそうそう起こるとは、思えねえんだけどよ」
「それは……」
腕組みしたジョグに、言い淀む。
ハイヒューマンが介入していた以上、あちら側が本格的な侵略を企んでいることは、もはや疑いようもない。
だが、それを話すことは、自らの秘密を話すことでもあり……。
その決意は、できずにいるユーリだった。
「なあに、話してるんですか?」
「わっ」
「うおっ」
プールから声がかかったのは、その時のことである。
首をかしげながら、自分たちを覗き込んでくる少女……。
それは、紛れもなくカミュ・ロマーノフであった。
だが、今の姿の、なんと扇情的なことだろうか……!
水に入った結果、ビキニのシースルー部分が濡れてピタリと肌に張り付いており……。
少女として成長しつつある体のラインが、ハッキリ強調されている。
そもそも、ビキニ姿という時点で下着も同然であり、面積の小さな白い布地が、ナイトプールの中であまりにも眩しかった。
「い、いや、その……」
「まあ、マジメな話だよ。
マジメな……」
なんとなくジョグと顔を見合わせ、そう誤魔化す。
だが、お互いそうしながらも、チラッチラとカミュの方を盗み見ているのはバレバレである。
「? まあ、いいですけど。
それにしても……」
刺激的な格好のお嬢様が、まじまじとこちらを見た。
「残念ながら、ユーリ君は男の子なんですねえ……」
「あー、それ。
オレもマジでビビッた」
「なんてこと言うんですか!?」
あまりといえばあまりの物言いに、慌てふためく。
自分はれっきとした男子であり、男性用水着姿で文句を言われる理由など、何一つなかった。
「そ、それよりお嬢様。
旦那様は放っておいていいのですか?
さっきまで、色々と話されていましたが……」
「あー……。
あれは、激しすぎる親子のスキンシップでしたね」
言われたカミュが、遠い目となる。
戦闘が終わってからウォルガフ・ロマーノフが愛娘に見せた反応はといえば、劇的なものであった。
実の娘が戦闘へ出ていたことに狼狽すると共に、小型犬を連れ回すかのようにベッタリとお姫様抱っこし続けたのである。
カミュの方も、多少は負い目があったのか、色々と自己弁護しつつなされるがままだったのだが……。
ようやく、解放されたのだろうか?
「今は、ケンジ様やアレル様と難しい話をしていますよ」
言いながら、少女が目を向けた先……。
そこでは、カフェテーブルを挟んだ貴族家当主たちが、なるほど、真剣な顔を向け合っていたのであった。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088332337108
そして、お読み頂きありがとうございます。
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