うごめく影
「それで……。
カトーのクソ野郎めは、どのようにして処刑する?」
「大公殿、落ち着いてください。
まだ殺すには早いですよ」
「いかにも……。
きゃつからは、引き出せるだけ情報を引き出さねばならん」
サングラスに水着姿のケンジが、そう言って自分に同意する。
超高級ホテルのナイトプールだが、彼の足元には、当然のように愛犬ヤスケが控えていた。
「では、情報だ。
すでに、いくらかは搾り取っているのだろう?」
手にしたカクテルグラスを割れんばかりの勢いで握り締めながら、銀河最大の貴族領領主が顔を歪める。
元より、迫力というものを人の形に押し込めたような御仁であったが……。
今は文字通りオーガと化しており、その怒りが、カミュ嬢の出撃を許した自分たちではなく、カトーに向けられているのを安堵するしかなかった。
「無論。
潔いのは、奴めの美徳と言えましょう。
聞かれたことは、洗いざらい話しています。
追跡調査による裏付けは、欠かせませんがな」
そう前置きして、ケンジがカトーの自供内容について語り始める。
「まず、今回の反乱だが……。
乱を起こした当人こそカトーであるが、お膳立てを整えた黒幕は別にいるようだ」
しかし、それは首謀者本人から聞き出したとは思えぬほど、荒唐無稽な内容であったのだ。
「黒幕、だと……?
じゃあ、何かい? カトーは、誰かにそそのかされて、こんな大それたことをしでかしたっていうのかい?」
「命惜しさに、でまかせを言っているのではないか?
大体、焚き付けた相手として、どのような人間を挙げているのだ?」
アレルの言葉に、ウォルガフが同意の意を示す。
「ヴァンガード……と、カトーには名乗っていたとか。
例の試作機を奪い、実戦でも乗りこなしていたスゴ腕のパイロットです」
「あのパイロットか……」
例の試作機と言われ、『薔薇の園』と名付けられていたらしい敵基地周辺での戦いを思い出した。
状況は、明らかにこちらへ味方していたはずだ。
足手まといとなる味方機の存在によって、あの可変機は、売りであるはずの機動力を完全に損なった状態で戦っていたのである。
にも関わらず、仕留められていない。
ばかりでなく、カミュとの決闘じみた戦いすら許してしまったのは、アレルにとって痛恨事であった。
無論、有象無象の雑魚たちがカミュに攻撃するのを、防がなければならなかったという理由はある。
だが、ここぞという場面で、必ずあの試作機は……例えばカミュ機を射線上に置くなど、アレルが攻撃できない状況を生み出していたのだ。
背中にも目がついているか、あるいは、未来でも予知しているか……。
さもなくば、こちらの心を読んでいるかのような挙動であり、気持ち悪さすら覚えたものであった。
そのことを踏まえて、告げる。
「……確かに、得体の知れないパイロットだ。
だが、伯爵家へ謀反を起こさせられるかというと、話は別だ」
「うむ。
敵前逃亡されたことを恨みに思ったカトーめが、責任転嫁を図ってるとしか思えぬな」
「それが、物証まで出てきてしまったのです」
ケンジの言葉に、ウォルガフと顔を見合わせた。
「物証とは?」
「連中が秘密裏に建造していたあの施設……カトーは、『薔薇の園』と名付けていたな。
あれに使われている重力コントロール装置が、明らかに現在の技術力を逸脱したものでした。
――データを」
斜め上を向いたケンジが呼びかけると、セーラー服から妖艶な水着姿に着替えたあの店の店長――キキョウが、そっとタブレット端末を差し出す。
受け取ったケンジは、そのまま画面をこちらに差し出した。
「このサイズと、効果範囲……。
これは、本当なのか?」
表示されたスペックに、驚きの声を漏らす。
――重力コントロール装置。
重力子の生成によってGを自在に操り、現在ではPLサイズの機械にも搭載されているこの装置だが、庇える範囲は意外と小さい。
例えば、PLの例でいくと、胸部機構のかなりを占めた装置でありながら、機体本体をカバーするのが、やっとという有り様だ。
で、あるから、たった今立っているこのスペースコロニーにせよ、宇宙船にせよ……。
およそあらゆる宇宙建造物において、この装置で人間が快適に暮らせる重力を維持しつつ、いかにしてスペースの確保をするかというのは、常に頭を悩ませる問題なのであった。
ゆえに、アレルは――当然ながらウォルガフも――現行の装置に関して、一般的なスペックはよく知っている。
それに照らし合わせるならば、これは……。
「冗談だろう、これは?
こんなものが実用化されていれば、銀河にブレイクスルーが起こっているぞ」
ウォルガフの言葉は、アレルの意見をも代弁したものであった。
「ですが、実際に内部を調査した人間が、装置の確保に成功しています。
実証実験も近々行いますが、技術者の見立てでは、まずもってスペック通りの性能を発揮すると」
「ううむ……」
盲目の伯爵が告げた言葉に、鉄の男と呼ばれる人物がうなる。
淡々としたケンジの言葉は、それがゆえ、真実の響きを伴っていたのだ。
「そんな装置を、実際に開発した会社なり技術者なりがいたとして……。
それを、カトーなんかに提供した理由はなんだ?
表舞台で発表して、堂々と巨大な利益を得ればいい」
「なら、話は簡単だ」
アレルの言葉を断ち切ったウォルガフが、ぐいとカクテルをあおった。
そのまま、グラスをカフェテーブルへと叩きつける。
「こいつを提供した組織……そう、組織だ。
その組織は、そういった分かりやすい利益に、なんぞ興味がないのだろうよ」
「付け加えるなら、ヴァンガードという男を遣わした――あるいは、その男が率いている組織にとって、この装置はさほど惜しい技術ではない。
何しろ、失敗の目もある反乱の首謀者へ提供し、実際に押収されているのだから、な」
「一体、どういう連中なんだ……。
いや、この帝国内で、何が起こっている……?」
年長者二人の出した結論に、戦慄を抱く。
手元にあるのはノンアルコールのカクテルだが、今ばかりは、酒の力とやらを借りてみたい気分だった。
「さて、な……。
このこと、陛下に報告せねばならないだろうが、いかにして伝えるか……」
「必要はない。
今、聞いた」
ウォルガフの声に答えたのは、アレルでもケンジでもない。
ただ、何気なく自分たちの横を通り過ぎた男性……。
ブーメラン水着にサングラスという装いをした彼の声は、しかし、ここにいる三人のド肝を抜くものだったのだ。
「へい……」
「ああ、お前たちの相手は、後でな。
今は、あのかわいらしい子猫ちゃんと話をしてみたい」
ウォルガフの言葉を制し……。
サングラス越しの視線が向いた先にいるのは――カミュ嬢。
今はプールに入り、ユーリ少年やジョグ少年と、何かを話しているようだった。
それにしても、この子煩悩な大公に向けて、実の娘をそのように見ていると宣言すれば、即座に叩き殺されてもおかしくはないものだが……。
「ぐ……ぬ……」
鉄の男は押し黙ったまま、何も言えずにいる。
それも、そのはずだろう。
この人物こそは……。
「じゃ、後でな」
彼はひらりと手を振って、カミュ嬢の下へと歩いて行ったのであった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088395745699
そして、お読み頂きありがとうございます。
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