銀河皇帝カルス・ロンバルド

「もっとデカいブースターくっ付けてよお。

 それで、前のスピードを超えるくらいの機体にしねえかあ?」


「でも、それだと小回りがまったくききませんよ?

 例のコガラスって名付けられてた試作機との戦いでも、なんなら艦隊のリッター隊と戦う時にも、そこが問題となってましたし」


「確かに、いちいち被弾することを前提にするのは、あまりよろしくないですね。

 前のカラドボルグだと、宇宙戦以外は不得手でしたし……。

 せっかく、あれだけのスピードを自在に操れるセンスがあるんだから、もっとそれを活かせる機体にすべきです」


 プールの中からプールサイドの二人とそんな会話をしていると、不意にジョグが押し黙る。

 デコに絆創膏を貼り付けた少年は、そのままじっ……と俺のことを見やった。


「? どうしました?」


「いや……別に」


 問いかけると、そっぽを向く。

 俺を庇って被弾した際、随分と頭を打ち付けたみたいだが、打ち所がよくなかったんだろうか?

 一応、お医者様の見立てでは、軽く切っただけとのことだが……。


「よぉーよぉー。

 楽しそうにやってるじゃないか、天才キッズたち」


 声がかけられたのは、そんな風にやり取りしていた時のことである。


「あなたは……?」


 タブレット端末を手にしたユーリ君が、やや訝しげな顔でその人物を見上げた。

 それも、そのはずだろう。

 ケンジの領主権限で貸し切りとなっているはずのナイトプールで、その人物は、一切見覚えがなかったのである。


 無論、参戦したチューキョー所属軍の軍人さんたちやスカベンジャーズの構成員など、全ての人間を把握しているわけではない。

 ただ……こう、オーラかな。

 そういった種類の人間とは、何か異なる雰囲気を漂わせている男性なのだ。


「俺か?

 俺はねえ……。

 こういうもんだ」


 そう言った男性が、チャキリとサングラスを外す。

 そうして露わとなった顔は、非常に整っていながら、どこか愛嬌のある人懐っこいものであった。

 こう、俳優で例えると、タロン・エガートンに似ているな。

 年齢は多分、三十の半ばくらいじゃないかと思うが、それよりも幾分か年若く感じさせる白人男性である。

 で、身分証明はこれで済むとばかりに晒された顔を見て、俺の脳裏に電流が走った。


 彼は、『パーソナル・ラバーズ』の作中に一切登場しない。

 しかして、その影響力は絶大であり、当然、わたしはその顔をよく知っている。

 いかんせん、箱入り育ちなので直接に会ったことはないが、互いの立場を考えれば、そう遠くない内に拝謁することとなったはずだ。


 そう……。

 彼こそは、この銀河で最も巨大な権力を持つ人物……。


「なんだあ?

 オッサン、有名人か何かかあ?」


 銀河一の大バカ野郎が、うんこ座りとなってメンチを切り始める。

 俺は大慌てでプールサイドに上がると、そのバカにゲンコツをくれた。


「があああああっ!?

 ち、血がっ!? 傷口が開いた!?」


 額を押さえるバカは放置して、ユーリ君の方を見る。

 こちらは、驚きすぎて呆気にとられている顔……。

 うん、さすがに知っているようだ。


「こ、これはこれは、カルス・ロンバルド陛下!

 銀河皇帝ともあろうお方が、どうしてこのような所に!?」


 水着姿なのでスカートなんぞないが、カーテシーの動作でお辞儀した。

 スーパー説明口調なのは、誰だか分かってないおバカに教えるためである。


「いや、苦しゅうない。苦しゅうない。

 ……というか、海賊少年は大丈夫か?

 もう少し、手加減してやってもよかったんじゃ?」


「彼は頑丈さだけが取り柄なので、大丈夫です!」


 少し引いた顔で聞いてくる陛下に、力強く答えた。

 隣では、サンベッドから起き上がったユーリ君が、なんとなく膝をつく姿勢となっており……。

 ジョグの方は必死で額の圧迫止血を試みているが、失礼を働けないので好都合だろう。


「そ、それで、どうしてこのような所に!?」


「いや、そこはほらさ?

 ここって、皇星からも結構近いし、いわばお膝元だろ?

 そこで反乱なんか起こされたら、そりゃ気になるさ。

 ああ、手段は秘密な?

 無能な皇帝様も、これで色々とやってるってことだ」


 そう言ったカルス帝が、ユーリ君に代わってサンベッドへと腰かける。

 それから、にこやかな顔で俺たちを見回した。


「それにしても、驚いたぜ。

 こんなちっちゃくてかわいい子供たちが、この反乱騒ぎで大活躍だ。

 一人は、撃墜王。

 一人は、参謀役で裏エース」


 カルス帝が、ユーリ君と俺の顔を順に見やる。

 それから、絶賛止血中のジョグに視線を移した。


「……そこの気の毒なボウズは、撃墜こそされたが敵陣をかき乱す大活躍で、しかも、配下の海賊たちはかなりの戦力を誇っている。

 ああ、今はお嬢ちゃんの手下になってるんだったか?

 それで、カミュちゃん? こいつらのこと、今後どう扱うつもりだ?」


「えっと……。

 ケンジ様に、カトーの後釜として推薦しようと思っています。

 チューキョー一帯の裏社会を取り仕切っていた人間がいなくなって、混乱が起こるでしょうから」


 俺の言葉に、カルス帝がうんうんとうなずく。


「まあ、ベターな選択だな。

 雇用が限られている以上、ロマーノフ領に連れてくってわけにもいかないだろう。

 ただし、そこはしょせん海賊だ。

 裏社会を仕切るっていうのは、少しばかり荷が重いな。

 しかも、トップはガキだし」


 カルス帝の言葉は、俺自身も気にしていた計画の穴である。

 とはいえ、彼が言う通り、これがベター。

 スカベンジャーズに報いつつ、チューキョーの混乱を抑えられる手なのは間違いない。


「と、いうわけでだ。

 今日はこのカルス皇帝陛下が、とってもナイスなプランを用意してきた」


 そんな俺の心情を汲み取ったか、カルス帝がパンと手を叩く。


「プラン……と、いいますと?」


「素晴らしい案だぞ。

 銀河中を旅行し放題。おやつだって食べ放題。おまけに、PLだって乗り放題だ」


「なんですって!? それは本当ですか!?」


 ――PLに乗り放題。


 その言葉がクリティカルヒットした俺は、ぐいと身を乗り出す。

 何しろ、今回はカトーへの怒りがあったとはいえ、色々とやらかしまくったからな。

 お父様のことだから、下手すると今後は一生PLに触れさせないとか言い出す可能性があった。

 そこへきてのこの提案なので、まさしく渡りに船だったのである。

 しかも、言い出しっぺは他ならぬカルス皇帝陛下だ。

 いかにお父様といえど、その決定にはそうそう否と言えぬ。


 ドキドキ、ワクワク。

 期待に胸躍らせながら、続く言葉を待ちわびた。

 ……銀河中を旅行云々は少々気になったが、まあ、些末な問題だろう。


「おお、本当だとも。

 それで、具体的に何をやるのかという話だがな……」


 カルス帝が、イタズラっぽい笑みを浮かべる。

 俺はおろか、緊張の汗を浮かべるユーリ君も、ようやく血が止まってきたらしいジョグも、次なる言葉を聞き逃すまいとした。


 果たして、カルス帝の提案……。

 それは、まったくもって予想だにしないものだったのである。


「カミュちゃんよ。

 お前さんには、アイドルになってもらう」


「わたしが、アイドル?」


 俺の脳裏で、SOSが聞こえた。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088462328594



 そして、お読み頂きありがとうございます。

 と、いうわけで、次回からIDOL編に入ります。

 文字数的にもお話的にもキリがいいんで、夜くらいにキャラクター表も入れておこうと思います。


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