ジョグ、死す
海賊が略奪する際に、最も用心すべきもの……。
それは、全て事が成ったと思った際に行われる逆襲である。
獲物として定めた輸送船などに乗っている者も、同じ人間。
海賊が跳梁する昨今、当然ながら、最低限の武装は行う。
代表的なところでは――拳銃。
他ならぬジョグの父も、略奪が全て終わって引き上げようという間際に、相手船員の隠し持っていた拳銃で撃たれ、この世を去ったのであった。
集団として、どれだけ心を折られようとも、中には逆襲の機会を伺う人間が潜んでいるという好例である。
カミュ・ロマーノフ――あのクソ女を密かに狙っていた廃艦の副砲も、まさしくそれだ。
操っているのは、状況が読めない間抜けか、どこまででも戦い抜く覚悟のバカか、あるいは、戦友をこの戦いで失った誰かであろう。
そこは、どうでもいい。
確かな事実は、艦艇クラスのビームがカスタムリッターを狙っており……。
念の為、様子を見に来たこのカラドボルグならば、射線へ割り込めるということだった。
『――なっ!?
ジョグ君!?』
驚くクソ女には構わず、カラドボルグの背で叶うようにして相手機を覆う。
衝撃が背後から轟いたのは、その時だ。
「――ぐうううっ!?」
例えるなら、全身をシールドで覆っているような……。
通常のPLとは比較にならない堅牢さを誇るカラドボルグであるが、それでも限界というものはある。
しかも、ここまでの戦いで散々に被弾してきたため、背部装甲はついにビームの突破を許し、内部機構で弾けた荷電粒子が本体に致命的なダメージを与えたのが直感できた。
「……クソッタレ。
ジャンク品を寄せ集めみたいな基地のくせして、砲台の整備だけはキッチリやってやがる」
弱くしてある重力コントロールシステムでは殺せない衝撃に振り回され、頭を何度もコンソールに打ち付けた結果だろう……額からの出血が、視界をにじませる。
コックピット内に響き渡るのは――アラート。
この機体はもう、保たないのだ。
「ぐっ……」
それでもカメラアイを巡らせると、ミストルティンが問題の副砲をビームライフルで破壊する姿が映った。
どうやら、これでもう、安心だ。
『そんな! 嫌!』
操作していないが、なんらかの故障で接触回線が起動したか……。
サブモニターに通信ウィンドウが開き、クソ女の顔が映し出される。
彼女は、泣いていた。
整った顔をクシャリと歪ませ、泣き叫んでいたのだ。
――悪くねえかもな。
――こういう、アガリ方も。
その顔を見て、どういうわけか、満足感に包まれてしまう。
残された手下たちは……まあ、イイ感じに扱ってくれるだろう。そういう契約だ。
自分はやれるだけのことをやって、最期に、この女を守ることもできた。
なかなか、上出来な人生じゃねえか。
そう思い、通信ウィンドウに見入る。
人生で最期に聞くだろう言葉……。
それは一体、どのような……?
『わ゙だじの゙ガラ゙ド゙ボ゙ル゙グ゙が゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙!゙』
――あ、これ、死んでも死にきれねえやつだ。
「――うおおっ!」
そうと気付いた瞬間、朦朧としつつあった意識が覚醒する。
宇宙服に備わった首元のスイッチを押すと、メット・グラスが頭を覆った。
――プシュリ。
……と、空気が抜ける音と共にコックピット・ハッチが開いたのは、その時である。
おそらく、故障による誤作動だろう。
だが、ジョグにはそれが、死んでいる場合じゃないぞという愛機の呼びかけに思えた。
「――でいやっ!」
交差させた腕で頭を守りながら、飛び出す。
すると、さすがに空気を読んだクソ女のリッターが、右手で受け止めてくれる。
そのまま、リッターが爆散しようとするカラドボルグから距離を取った。
「へっ……。
最期まで、ハデなもんじゃねえか」
安全圏からその爆発を見て、つぶやく。
最初、爆発を起こしたのは機体の中枢――徹底的にチューンされたプラネット・リアクターだ。
それに連鎖して、両肩の超大型ブースターも爆散していき……。
並のPLが三機ほど同時に爆散したかのような、ひどく派手な大爆発が巻き起こった。
「あばよ……相棒」
残骸一つ、残すことはなし。
スカベンジャーズの在り方を体現したかのような散り際を見せた愛機に、敬礼する。
『嘘゙だ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙!゙ ゙も゙っ゙ど色゙々゙ど遊゙び゙だがっ゙だの゙に゙!゙』
メット・グラス内に響くクソ女のわめき声が、色々と台無しだった。
--
銀河へ飛び出し、人工の大地で暮らすようになっても……いや、だからこそか?
蓄えた水に潤いを求めてしまうのは、人という種族もまた、大本は母なる海から発生した生物であるからだろう。
ゆえに、サイバーパンクジャパンな空気が支配するこのチューキョーにも、プールというものの需要は一定数存在し……。
特に、ホテル・ニューエドが備えるナイトプールは、規模も雰囲気も抜群のそれであった。
まあ、ナイトプールといっても、このコロニーは一日中夜なんだけどな!
ケバケバしいネオンライトが踊るチューキョーの中で、間接照明によって照らし出された厳かかつ、ハイソな水の楽園……。
そこに集っているのは、しかし、水着姿となったむくつけき男たちであった。
「「「カンパーイ」」」
用意されたウェルカムドリンクなんぞには目もくれず、ジョッキのビールを傾けるのは、スカベンジャーズの構成員たちである。
「まさか、おれらみたいなはみ出し者が、こんな高級なホテルのプールで打ち上げなんてするとはなあ!」
「まったく、新キャプテン様々だぜいっ!」
「ああ、古い方のキャプテンについていったままじゃ、下手したらカトーの下について、お縄になっていたかもしれねえ!」
「そこへいくと、カトーの呼びかけに応じた連中は、運がなかったなあ」
「なあに、負ける確率もあるってのが、賭けってもんよ!
まあ、おれらの場合は、カトーから声かけられる前に、カミュちゃん様が配下にしてくれたんだけどな!」
「やっぱ、運がよかったなあ!」
「違いねえ!
それに、どうせつくならカトーみたいな爺さんじゃなく、かわいい女の子の方がいいしよ!」
などと騒ぐ、元海賊の皆さん。
そこへギラリとした目を向けたのが、同じく水着姿のむくつけき男たちだ。
ただし、こちらは立場上、それなりの式典などにも参加することがあるため、鍛え抜いた中にもいくばくかの気品が宿っている。
また、肉体の仕上げ方も、より実戦的なものであると見て取れた。
彼らの正体は……。
「気に食わんな。
聞いていれば、まるで自分たちこそが、カミュお嬢様一番の家臣であるかのようではないか?」
「そうだ。
カミュお嬢様は、我々黒騎士団の……ひいては、ロマーノフ大公領の姫君なのだぞ!」
「我らを差し置いて、直臣ヅラをしようなどとは、百年早いわ!」
……此度の戦いにおける功労者、黒騎士たちである。
当然ながら、お父様を始めとする彼らも、この打ち上げに参加しているわけだが……。
何かに火のついた黒騎士団と元海賊たちが、間近で睨み合う。
このような時、男たちというのは、いかにして決着をつけるのか……。
色々とやり方はあるが、この場合は……。
「だったら、勝負しやがれ!
あそこのバーにあるテキーラで、どっちが先に潰れるか勝負だ!」
「いいだろう。
明日、ゲロを吐きながら悔い改めることだな!」
……どうやら、飲み勝負にしたらしい。
「……バカばっか」
シースルー型の白ビキニ姿となり、プールサイドでドリンクを飲んでいた俺は、冷めた目となりながらそうつぶやいたのである。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088275249500
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088275285588
そして、お読み頂きありがとうございます。
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