凶砲

「カミュ殿! 無事か!」


 敵の試作機が変形し、逃げ去ったのを見届けてから、アレルはアーチリッターに向けてそう呼びかけた。

 アーチリッターの損傷は――ひどい。

 左腕部は肘関節が完全に破壊されており、もはや使い物にならず……。

 人型機動兵器同士でのヘッドバットを慣行した結果、頭部に搭載されたセンサー類は、ほとんどが死んでいるようである。

 また、敵の打撃や脚部スラスターのプラズマジェットを受けた胸部装甲も、かなりの損傷と焼け跡が存在した。


 だが、そこはさすが傑作機。

 関節可動域を確保するために装甲面積が減らされているアーチリッターだが、コックピットブロック部は健在であることが、一見して分かる。


『問題ありません。

 あのヴァンガードというパイロットは、遺憾ながら逃がしてしまいましたが』


 アレルの推測を裏付けるように……。

 カミュからの音声通信が返されてきた。


『それより、どうやら勝敗は決したようですね』


「ええ。

 ここにいる諸君も諦めたようだ」


 カミュの声に答えながら、愛機ミストルティンのカメラアイを巡らせる。

 先程までは、自分たちを討ち取ろうと血気盛んに襲いかかってきたならず者たちの非正規PL……。

 だが、すでに彼らからは殺気が感じられておらず、搭乗者の失意を反映してか、いずれの機体もうなだれるようにして、左腕部のマシンガンを下ろしていた。


 彼らが戦闘意欲を失った理由は、三つ。


 一つは当然、アレルとミストルティンの戦闘能力である。

 これだけの数で襲っておきながら、アレルはシールドに多少の被弾を受けただけであった。

 しかも、その被弾にしても、スマート・ウェポン・ユニットとしての機能を発揮して、アーチリッターに向けられた銃撃を受け止めた結果なのだから、事実上、無傷でここまで戦い抜いたのである。

 反面、ならず者側は少なからぬ数がビームの直撃を受けて撃破されているのだから、安易に戦闘継続は選べまい。


 理由の二つ目は、ヴァンガードというらしいスゴ腕パイロットの逃亡だ。

 彼らにとって、あのパイロットと搭乗する試作可変機は、絶対的なエースであり、希望の星だったということだろう。

 それが自分たちを見捨てて逃げたのだから、士気もガタ落ちであった。

 もっとも、ヴァンガードからすれば、散々に自分の邪魔をしてくれた連中であり、見捨てるのも当然という認識かもしれないが……。


 理由の最後にして三つ目は、カトー率いる艦隊側から発せられる閃光と爆光……そして、オープン通信である。


『殺せ殺せ殺せー!』


『『『サツガイせよ! サツガイせよ!』』』


 ロマーノフ大公と黒騎士団は、こんなにノリが良い連中だったか?

 ともかく、増援として現れたティルフィングと九機のトリシャスにより、敵の本艦隊は散々に蹂躙されているのであった。


 たかが十機の増援といえど、侮れるものではない。

 通信の内容はアレだが、彼らは銀河最強といわれる精鋭PL部隊なのだ。

 しかも、それが直上を取って参戦しているので、これはチューキョー・スカベンジャーズ連合軍との挟撃が成立している。

 軍隊というものが挟み撃ちに弱いのは、時代を問わぬ真理であり……。

 結果、黒騎士団が放ったビームの閃光を受け、敵のPLや軍艦は爆光へと変じているのであった。


『お父様、がんばってくださいましたね。

 まさか、本当に間に合わせるとは……』


「巡洋艦を連結させ、使い捨てのブースターめいた使い方をする……。

 そんなことをすれば、ブースター側の艦は当然ながらしばらく使い物にならないのですが……。

 大領の領主だからこそできるお大尽ぶりですね」


 コックピット内で、軽く肩をすくめておく。

 この後……。

 あの大公と黒騎士たちに、カミュが前線で戦ったことをどう説明するかが、本会戦における最大の難所であるかもしれない。


『まあ、それは置いておいて……。

 勝ちましたかね?』


「そこは、ケンジ次第ですが……」


『それは、問題ない』


 味方側のチャンネルに、ケンジからの音声通信が入る。

 同時に送りつけられてくるのは、一枚の画像……。

 マニュピレーター内蔵のカメラを使って自撮りしたのだろうそれは、クサナギが敵旗艦のブリッジへ対艦刀を向けている姿だった。


『この通り、敵将の制圧に成功した。

 フッフ……このまま、叩き斬ってしまいたいところだが、な』


「それをやると、事後の調査で困るのは君だろう?

 そのまま、しっかり抑えつけておくといい。

 怒りに燃える大公や黒騎士たちがブリッジを潰してしまわないよう、注意しながらね」


『そうです!

 カトーを殺すのは、わたしの役目なんですから!』


「あー……。

 カミュ殿、そこは後で話し合おう」


 戦利品のヴァイキンを完全破壊された件に関し、いまだ怒りの炎を絶やさない少女の言葉に、苦笑いしながら答える。

 ウォルガフ・ロマーノフの気質は、その血と共にしっかり娘へと受け継がれているということだろう。


「ともかく、これで戦いは終わりだ。

 敵の各機へ告ぐ。

 すでに、諸君らの旗艦は制圧された。

 これ以上の抵抗は諦め、各々、武装解除されよ」




--




「終わった、か……」


 敵PLたちに対する降伏勧告はアレルに任せ、全体重をシートに預けながらつぶやいた。

 体に重くのしかかるのは、かつてないほどの疲労感だ。

 例えば、全力で水泳をした時のような……。

 全身を構成する細胞の一片に至るまでもが、蓄えていたエネルギーを放出しきったのだと感じられる。


 こうなると、しょせんは十二歳の小娘だ。

 眠気というものに抗えず、あれだけ研ぎ澄まされていた意識はひどく散漫で、鈍いものへと変わってしまう。


「ごめんね、リッター。

 また無理をさせちゃった」


 当然ながら、愛機からの答えはない。

 ただ、敵試作機への頭突きによって壊れたカメラアイが、半分死んだメインモニターにノイズ混じりの映像を流すだけだ。


「ユーリ君と職人さんたちに、謝らなきゃいけないな……」


 そう言いつつも、申し訳なさより誇らしさを感じてしまうのは、やはり、ヴァンガードというあの敵パイロットに勝利できたからだろう。

 奴は、強かった。

 が、俺はそれに勝った。


 様々な要因が重なってはいる。

 おかしな能力に目覚めるという、今後深く考えなければいけない出来事も存在した。

 だが、ひとまずはこの勝利に酔いしれようではないか。


 うなじの辺りに、チリリとした感覚が生じたのはその時だ。

 これは、間違いなく――攻撃の意思。

 このアーチリッターを、狙ってのものである。


「――どこっ!?」


 見回すが、ここでアダになったのが、頭部の損傷だ。

 メインモニターは半分以上がブラックアウトしており、残っている部分もノイズ混じり。

 他のセンサー系もろくに機能しておらず、これでは、殺気の発信源など見つけられようはずもない。


『カミュ殿? どうされた?』


「何かが、攻撃を――」


 そこで、ようやく気付く。

 ミストルティンの背後……。

 超巨大廃材アートと称すべき敵基地の一部が、稼働していた。

 廃棄された巡洋艦の一部を転用したと思えるそれが、いまだ備わっている副砲をこちらに向けつつあったのである。


 単なる飾りではなく、攻撃能力を残していた!?


「回避を――」


 操縦桿を動かそうとするも――間に合わない。

 それより先に、副砲から荷電粒子の光が放たれるのを、スローモーションめいた感覚で捉えていた。

 当たり前だが、回避運動というのは敵弾発射前に行わなければ、意味がないのだ。


 ――死。


 その事実のみが、俺の脳を支配する。


『――ボケッとしてんじゃねえ!』


 音声通信と共に……。

 ノイズ混じりのモニター映像に、赤い機体が映し出された。




--



 やめて! 『薔薇の園』の艦砲で、カラドボルグを焼き払われたら、普通に乗ってるジョグの命まで燃え尽きちゃう!

 お願い、死なないでジョグ!

 あんたが今ここで倒れたら、カミュちゃんのメスガキ顔はどこでやればいいの?

 大丈夫。新しいカラドボルグのデザインは、もう生成してあるんだから!


 次回「ジョグ死す」デュエルスタンバイ!



 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088216689071


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