覚醒

 違和感は、整備ドックを巡る攻防戦の時から存在した。

 敵試作機――ひいてはパイロットであるヴァンガードが見せた挙動は、まるで未来でも視えているか、あるいは、ユーリ君とジョグの思考が読めているかのようだったのである。

 で、あればこそ、乗機の性能も決して引けを取っておらず、パイロットとしての技量に優れた二人がたやすく手玉に取られたのだ。


 だが、それだけならば、単なる違和感だ。

 健在なビームライフルを撃ち込むことすらせず、ただじっと観察に徹する程度の、小さな小さな不自然さでしかない。

 だが、この戦場で――あるいは輸送船をスカベンジャーズに襲われた時が最初か――俺自身にも似たような感覚が備わりつつあるのを思えば、これはもう無視できるはずがなかった。


 そうなのである。

 最初は、ちょっと勘が冴えているだけかと思った。

 あるいは、ネット越しの通信対戦などで得られる感覚に似たものかと、自分を納得させようともしたものだ。

 だが、それらはしょせん、ごまかしであると心のどこかで気付いてもいたのである。


 俺は……相手の考えというか、意思のようなものを、感じ取れるようになっていた。

 確かに、作戦が大当たりだったというのはある。

 予想以上の手応えを与えてくれた、アーチリッターの性能もあるだろう。

 だが、それだけでは、未熟なパイロットが単独で一個中隊に相当する敵PLを撃墜できた理由にならない。

 敵の思考と意思を感知し、先読みしたからこそ、これだけの戦果に繋がったのであった。


 そこへ加えて、ヴァンガードの発言。


 ――感じ取るまでもない。


 奴は確かに、そう言った。

 そして、ポロリと漏らした発言というものは、真実のそれなのである。


 ――間違いない。


 ――こいつは、相手の思考が読める


 普通に考えれば、荒唐無稽な話だ。

 ピキーンときて、相手のことを正しく理解できる人間だって?

 それって、お前が大好きなロボットアニメの話だろう?

 ……と、一笑に付して終わるだろう。


 だが、俺の身に起きているのは、荒唐無稽なことばかりだ。

 何しろ、前世で遊んだ乙女ゲーの悪役令嬢に転生しているんだぜ?

 俺、カミュ・ロマーノフなんだぜ?

 なら、あらゆる不条理は条理になり得るのが、俺の立場から見た話であった。


 そして、ヴァンガードが心を読めると理解した瞬間、俺は自分の身に起こっていた変化も正しく認識し……。

 同時に、確信したのである。


 ――俺は。


 ――わたしは。


 ――それを防ぐことが、できる!


「つあーっ!」


 捨て身で敵を縫い止めたアーチリッターが、プラネット・リアクターを全開にした。




--




 一瞬の虚を突き……。

 コガラスの右脚へ矢を突き刺した敵リッターが、そこを起点に軽業めいた挙動でこちらへと蹴りを放ってくる。

 頭部を狙ったそれは、しかし、実のところ蹴りではなかった。

 こちらの頭部に絡みつかせた足を軸に、そのまま、回転するようにしてマウントを取ろうとしているのだ。


 ――こいつは。


 ――この敵は、なんだ!?


 ワンテンポ遅れた反応でそれに対処しながら、ヴァンガードは心中でそう漏らす。

 光回線は、繋がったまま……。

 通信ウィンドウに映し出されているのは、年端もいかぬ少女でしかない。

 だが、ヴァンガードにはそれが、ひどく禍々しいナニカに見えていた。


 ――間違いない。


 ――出自から『流出品』ということはないから、その子世代であろう。


 ――だが、この強力なガードはなんだ!?


 確かに、同じハイヒューマンであるならば、思念波をガードするということはあり得る。

 だが、この少女がしていることは、何か性質が異なるものであった。


 例えるならば――ジャミング。

 まるで、小さな娘の中に別の人間が同居し、思念波をかき乱しているかのようだ。

 ゆえに、思念波を感受しての先読み――ハイヒューマンとして当たり前の戦い方が、一切通用しなくなっているのである。


 これは、常人で例えるならば、視覚なり聴覚なりがいきなり機能しなくなるようなものだ。

 ヴァンガードといえど、これには動揺を覚える。

 それが、相手に付け入る隙を与えてしまった。


「くっ……」


 ――この機体では!


 コガラスはよくできた機体であるが、戦闘機形態への変形を実現するため、関節の可動域は通常のPLに劣る。

 対して、相手のリッターは弓矢を存分に扱うためだろう……人体のそれとそん色ないほどの関節可動域が備わっていた。


 それが、まとわりついて関節技を仕掛けようとしてくる……。

 圧倒的に――不利な状況。


「――舐めるなっ!」


 叫びながら、コガラスを操る。

 ハイヒューマンの能力が通用しないとはいえ、そもそも、ヴァンガードの技量は並ではない。

 身じろぎしてマウントを取られるのは阻止しつつ、痛烈なエルボーを敵の胸部に叩き込んだ。

 脆いコガラスの腕部でそのようなことをすれば、こちらにもダメージは大きい。

 だが、もはやそのようなことは埒外だ。


『まだまだっ!』


 怯むことなく、こちらの左腕部を敵リッターが右手で掴む。

 そこから放たれたのは、およそロボット戦で見られるはずがない攻撃……。


 ――ヘッドバットだ!


「――くうっ!?」


 センサー類が集中する頭部に甚大な損傷を受け、メインモニターの一部がブラックアウトする。

 このようなことすれば、相手機にも同様の被害があるはずだ。

 だが、この少女は――止まらない。


『そちらはしょせん試作機!

 わたしのリッターが上だ!』


 少女の咆哮を受け、敵リッターが背中の矢筒から何かを取り出す。

 あれは――グレネード矢。


「――ちいっ!」


 脅威から逃れようとするヴァンガードだが、敵リッターは壊れた左腕による駄々っ子のようなパンチで、それを阻止してきた。

 弓につがえることなく、グレネード矢が投げ放たれる……。

 それは、コガラスの背後で起爆し……。


「ぬうっ――おっ!」


 爆発の衝撃が、コガラスの背部を襲う。

 巻き添えになるのを恐れたのだろう。

 起爆されたのは、こちらから少々距離を置いた位置で、グレネード本来の有効範囲からは外れている。

 だが、これが与えた被害は――甚大だった。


「スラスターをやられたか!」


 機体背部に二基存在するメインスラスターの内、片方が機能停止。

 もう片方も、プラズマジェットの出力が低下してしまっていた。

 これは人型・戦闘機形態双方で機動力の核となる部位であり、こうなるともはや、コガラスという機体は戦闘力の過半を喪失してしまったといえるだろう。


「認めたくはない。

 認めたくはないが……」


 ふと、仮面の下で笑みを浮かべる。

 悔しさはある。

 だが、それ以上の感情が、戦士の胸中に去来していた。


「お嬢さん、今回は君の勝ちだ」


 ヴァンガードの操縦に従い……。

 コガラスが、体育座りのような姿勢で両の足裏を敵機に向ける。

 そこから放たれるのは――プラズマジェットの奔流。

 ダメージではなく、目くらましと足止めを狙っての行為だ。


『くっ……』


 これには、怖いもの知らずの少女も勢いを殺された。

 機会は――ここ!

 ややぎこちなさを感じさせながらもトランスフォーメーションを完了させたコガラスが、全速で『薔薇の園』から離脱する。

 ミストルティンの奮戦と、先のグレネード矢による爆発が、ヴァンガードの撤退する隙間をこじ開けてくれていたのだ。


「またお会いしよう!

 その時は、私も自分の機体を持ってくることにする!」


 通信ウィンドウに向けて、敬礼のポーズを取っておく。


『待て!

 負けを認めるなら、そのマスクとコートを置いていき――』


 少女の叫びを聞き終える前に……。

 繋がっていた光回線は途絶し、ヴァンガードは撤退を完了せしめたのであった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088163903296


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