逆襲の一手
父親の参戦に、俺の意識が逸れた隙を狙ってか……。
敵の試作機が再度、えぐるように鋭い蹴りを放ってくる。
「――くうっ!?」
だが、俺はそれを受け止めることに成功していた。
アーチリッターの右肘と右膝を重ねることで、機体本体への痛打を避けたのだ。
恐怖はない。
「食らいつけてる……!
戦ってる……!」
その実感が、精神を高揚させていた。
すでに、先ほどから似たような攻めと受けが何度か繰り返されている。
それが成立しているのには、いくつか理由があった。
まず第一は、当然ながら――敵が得物を保持していないこと。
おそらく、変形機構に干渉するからだろう。
あるいは、そもそもが試作機だからか?
相手が持っていたのは破損したビームマシンガンのみで、その他に携行武器も内蔵武装も存在しないのである。
第二に、敵試作機は変形機構を成立させるために、通常のフレーム構造ではなく、肩部がバックパックと直接接続されるという特殊な設計となっていた。
これはつまり、ドツキ合いに用いれるだけの頑強さが、腕部に存在しないということ……。
ブレードはおろか、ダガーのような気の利いた武装もなく……。
格闘戦で用いれるのは、脚部のみ……。
将棋で例えるなら、飛車も角も金も銀も桂馬も香車も落としているようなもので、攻め手はひどく限定される。
それが、俺に対応することを許していた。
しかも、アレルが操るミストルティンは敵守備隊のヴァイキンを相手取りながらも、隙さえあれば敵試作機に痛打を与えようと、その機会をうかがっている。
そうなると、ビームライフルの射線に入らぬよう、周囲のヴァイキンたちを間に入れたり、射線に俺のアーチリッターも入るよう立ち回ったりと、工夫をせねばならない。
タイマンでありながら、タイマンにあらず。
敵はいくつものハンデを背負った上で、あちこちへと意識を割かなければならないのだ。
一方、俺の方はアレルが万全のサポートでヴァイキンを引き付けているため、実に気楽なものであった。
二重、三重に重なったハンデが、彼我の圧倒的な実力差を覆し、互角の攻防を成立させている……。
そう、互角だ。
ここまでやっても、尚、互角なのだ。
「けど強い……!
強すぎる……!」
交差させた腕で敵のキックを受け止めながら、俺は歯を食いしばっていた。
こいつ――攻め込む隙がない。
少しでも攻め入ろうとすれば、たちまちそこを突いて、コックピット部なり関節部なりに致命的な一撃となる蹴りを放ってくるつもりなのである。
それが察知できているのは、鋼鉄の機械越しに感じられる相手の意思があるからだ。
アレル相手に、散々鬼ごっこをやった経験が活きてきたんだろうな。
相手の意思というものを汲み取って、先読みする感覚というのが戦いの中でも育まれつつあった。
「試作機のパイロット!
わたしの声が聞こえていますか!?
聞こえているなら、答えなさい!」
普通に戦って分が悪いなら、別の手に切り替えるまで……。
口撃に活路を見い出すべく、飛ばした光回線で呼びかける。
『聞こえているとも……。
私に何か御用かな? お嬢さん』
意外にも……と、いうべきか。
相手はアッサリと呼びかけに応じたばかりか、通信ウィンドウまで開いてきた。
そこに現れた、顔……。
それは、ひどく異様なものである。
何しろ、顔を出しているというのに、顔が見えない。
相手は、戦国時代の武者が被る兜をフューチャライズしたようなフルフェイスヘルムを被っているのだ。
しかも、首から下はいかにもサイバーテックな輝きを放つ黒コートで覆われていた。
これは……これは……。
「なんですかそのマスクとコート!
超カッコイイ!」
『え? あ、うん。
ありがとう……。
えーと……。
それで、なんの用だろうか?』
「ハッ! そうでした!」
いかん! 相手に隙を生み出そうと通信したのに、こっちが隙だらけとなっていた。
慌ててアーチリッターに構えさせながら、俺は続く言葉を言い放つ!
「――投降しなさい!
お父様率いる黒騎士団の介入で、すでに戦局はこちらへ傾いています!
これ以上の抵抗は無意味だと、そう思いませんか?
今の内に投降して、そのイカしたマスクとコートをわたしに寄越すのです!」
『ええ……。
そ、そうくるとは思わなかったな。
さておき、だ。
そうか、君がロマーノフ大公のご息女か。
なるほど、面白い』
通信ウィンドウと仮面越しに向けられる視線は、どのような種類のものだろうか……。
確実に言えるのは――観察。
その上で、様々な思惑を乗せているのが感じ取れた。
あと、すごく困惑してるのも、とてもよく伝わってきた。
「何が面白いのかは知りませんが――」
『――全面的に』
「――全面的に面白いのかどうかは知りませんが、さっき言った通りです! 投降しなさい!
わかりますか? もう、戦う必要はないんです。
わたしたちは、分かり合えるんですよ?」
『分かり合える……』
俺の言葉に、謎のマスクマンが虚を突かれたようにそう漏らす。
『そうか……。
私たちは、分かり合え――』
「――かかりましたね! この甘ちゃんがあっ!」
両手に矢を握ったままのアーチリッターが、渾身の右ストレートを放つ。
が、これは……届かない!
敵試作機は素早く左脚を持ち上げ、人間でいう脛に当たる部分でこれを受け止めたのだ。
「――な、何ぃっ!?」
これには、驚愕するしかない。
バカな……どんな相手もカスっと仕留める我が必勝の策が、見破られたというのか!?
『ハッハッハ。
そういう小賢しいことを考えていることは、感じ取るまでもないとも。
他ならぬ君自身に降伏を呼びかける意思がない以上、戦い抜くしか道はないようだな』
「くっ……」
両手の矢を逆手に構えさせながら、アーチリッターをわずかに後退させる。
『せっかく、回線が繋がっているので、私も名乗っておこう。
と、いっても、コードネームでしかないが……。
ヴァンガードと名乗らせてもらっている。
以後……』
敵試作機が、わずかに姿勢を低くした。
――くる!
『よろしく!』
戦闘機形態への変形を売りとしている敵の機体だが、人型形態での機動力も良好であることは、これまでの戦いで散々証明されている。
繰り出されるのは、姿勢から見て――横薙ぎの回し蹴り。
わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。わたしはそれを回避する。
俺はそれを――回避しない!
――バキイッ!
破滅的な音と振動……そして、衝撃が機体の左腕から響いた。
見事なモーションで繰り出された敵試作機の回し蹴りが、無防備で受けたアーチリッターの左腕部を内部フレームごとへし折ったのだ。
「――おおおっ!」
重力コントロールシステムでも消去しきれない衝撃は無視し、吠える。
無事な右手に握った矢を、敵の右脚に突き立てた。
――ズンッ!
操縦桿越しに伝わるのは――確かな手応え!
突き刺した矢は、確実に相手機の内部フレームへ達していた。
『――なんだと!?』
今度、ヴァンガードが抱いたのは――真実の驚愕。
敵は、わたしが回避すると踏んでいたが……。
俺はそうせず、相打ちの体勢へと持ち込んだのである。
「感じ取ると言いましたね!」
通信ウィンドウが開かれたままの相手に対し、叫んだ。
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序盤でちょっと触れたし、ちょいちょい独白で伏線入れてますが、主人公は合体した勇者ロボみたく人格が統合されてる状態です。
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088110690256
そして、お読み頂きありがとうございます。
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