分岐した歴史

「お嬢様!

 本当に、暇があればここへ顔を出しますなあ!

 こんな油臭いところを、よくぞ気に入ってくれたもんでさあ」


「何を言うのです。

 ここに漂っているのは、機械の脈動を感じられる……世界で一番かぐわしい空気ですよ」


 メンテナンスアームに乗って、アーチリッターのコックピット内をいじっていた整備班長――いや、親方と呼ぶべきか――に聞かれ、俺は元気一杯に答える。

 世辞の類ではなく、心からそう思っての言葉だ。

 ……前世の時から思ってたけど、機械油の臭いって、こう、アガるよね。

 いや、決して良い香りではないし、なんなら健康に悪いかもなんだけど。

 嗅いだ瞬間、機械の存在を知覚できるあの臭いには、独特の魅力があると思うのであった。


「ハッハッハッハ!

 お嬢様がそう言ってくれるとは、仕事にも身が入るってもんさ!」


「スカベンジャーズから選抜した人たちとは、上手くやっていますか?」


「おうよ!」


 メンテナンスアームを見上げながらの質問に、親方は力強くうなずく。


「ちょいと我流の過ぎるところもあるが、なかなか、鍛え甲斐がある連中だ。

 そろそろ、本格的にしごこうかと思ってるところでさあ!」


 その瞬間……。

 明らかに、格納庫内の空気が一変する。

 最近、人の考えることがおぼろげに察知できたりする奇妙な感覚を得ている俺であるが、これは、そんな能力など発揮するまでもなかった。

 元スカベンジャーズ組の整備員たちは、一斉にこう考えたのだ。


 ――まだ、本格的にしごいてはいなかったの?


 ……と。

 この格納庫内で、彼らは厳しく指導されながら各種作業に当たっている。

 その厳格さたるや、さながら軍隊のごとし。

 一切の口答えは許されず、マシーンを整備するマシーンか、あるいは機械に奉仕する奴隷と化すことを強要されているのであった。


 ……まあ、軍隊みたいな厳しさなのには理由があって、そもそも元スカベンジャーズ組を指導する皆さんは、ロマーノフ大公家から出向した軍属である。

 実家で俺のリッターやアレルのミストルティンを整備していた特別チームが、お父様の命によってそのまま派遣されているのだ。


 彼らはスゴ腕かつ、文字通り百戦錬磨の強者つわものたちであり、元海賊のゴロツキたちといえど、面と向かっては刃向かえない迫力があった。

 そのため、借りてきた猫のように大人しくなり、真っ当な整備員としての教えを受けているのである。


 ちなみにだが、スカベンジャーズにもスゴ腕の整備士はいたのだが……。

 彼はもう七十越えたお爺さんであったため、ケンジから報奨金もらってチューキョーでの引退生活をエンジョイしていた。

 地味~に、『パーソナル・ラバーズ』本編でも立ち絵のある人物だったんだけどね。カラドボルグ専属の長老様。


「本編との差異、か……」


 改造士官服を翻しながら、誰にも聞かれないよう口の中でつぶやく。

 見上げたのは、アーチリッターの隣で整備を受けるカラドボルグⅡとグラムだ。


 本編時空より前に引退することとなった長老様もそうだが……。

 この二機も、ゲーム本編とは異なる姿でここに立っている。

 カラドボルグの方は、説明するまでもなく、俺のせいでぶっ壊れてしまったからであり……。

 グラムの方は、本編と異なり、チューキョーの有用な素材・設備・人員を使えた結果だ。


「本編のグラムも好きだったけど、明らかに完成度が増してるよね」


 記憶の中にあるゲーム本編版グラムは、まさに――異形。

 戦闘用ですらない作業用PLを素体として、ユーリ君自らが徹底改造したプラネット・リアクターを搭載。

 右肩には艦砲を転用したビームキャノンが装備され、左手にはPLの部品を支持脚とした拡散ビーム砲を装備。

 映画『エイリアン』の怪生物を彷彿とさせる単眼型ヘッドパーツがコックピットハッチを覆う姿は、代用品を集合したがゆえのキメラめいた代物であった。


 あれがこの世界に生み出されることは、もうないだろう。

 代用品なんぞ頼るまでもなく、今のユーリ君は最新鋭の技術と設備を思う存分に活用できる立場だ。

 聞いた話だと、グラムのスマート・ウェポン・ユニットを制御するシステムには、ユーリ君設計の脳波感応装置が組み込まれたりしてるらしいし。


「……すでに、ゲームの歴史と明らかに分岐してる」


 ユーリ君とジョグ。ゲーム本編では排他式だった攻略対象の二人が、同じ組織で同じ釜の飯を食い、本編と異なる機体に搭乗する……。

 銀河そのものも、戦国時代へ突入する前に、皇帝が改革へ着手し始めた。

 最大の差異はこのわたしで、当然ながら、ゲーム本編では歌っても踊ってもいない。

 こうなってしまうと推測だが、多分、本編のわたしはお父様へ帝国の覇権を握らせるために、アレコレと陰謀を巡らせたんだろうな。内容に関しては、主人公の動きで変わってくるけど。


「……お父様は多分、親帝室路線で舵を取るつもりだ。

 わたしが、カルス帝直属部隊の指揮官となっているのもそうだし……。

 そもそも、本編で主人公の前に立ちはだかったのは、荒れた銀河帝国を自分の手で再建するため。

 皇帝自らがそれに取り組むなら、逆らう理由はどこにもない」


 誰にも聞こえないようつぶやきながら、ハーレー内の格納庫を後にする。


「アレル様とケンジ様も、多分、お父様と似た動きをする。

 特にケンジ様の場合、本編では状況に流されてた面が大きい……」


 艦内の通路で、時折すれ違う元海賊の隊員たちへにこやかに挨拶しながら、思考を加速させ続けた。


「こうなると、ゲーム本編で起こった混乱は、ただ一つの要因を除けば、起こり得なくなってるよね」


 その要因とは、言うまでもない……。

 現皇帝カルス・ロンバルドの崩御だ。

 彼が跡継ぎをきちんと指名せず病死したせいで、皇帝の座を巡った争いが勃発するのである。


「今のところピンピンしてるけど、病死の可能性がないわけじゃない……。

 となると、わたしがアプローチできるのは、彼女だよね」


 彼女――主人公の姿を思い浮かべて、そう結論付けた。

 彼女に、名前はない。

 なんでかというと、プレイヤーが入力するからだ。

 一応、デフォルトネームはマリア。

 ただ、なんとかシステムのおかげでアレルたちがイケボで名前を呼んでくれるため、自分の名前を付けるプレイヤーが多いとは妹の談だ。


 ふふ……懐かしいぜ。


『僕の気持ちを聞いてくれ――うどんたべたい』


 キメ顔でうどんキチぶりをアピールするアレルの姿は、俺の腹筋を崩壊させたものだ。

 他には、『マリアと100にんのシノビ』『マリアとトランプだいとうりょう』『じょそうしたい』とかも試したな。


『このクサナギには、マリアと100にんのシノビが乗っている……負けるものか!』


『オイ……あまりオレを怒らせんなよ? マリアとトランプだいとうりょう』


『覚悟を決めました――じょそうしたい』


 四次元ポケット化したクサナギのコックピットで吠えるケンジに、マリアとトランプ大統領へ壁ドンをキメるジョグや、事あるごとに女装願望を露わとするユーリ君。

 いずれも、良い思い出だ。


「ふ……ふふ……」


 いかん、思い出したらジワジワきはじめた。

 今となっては、本人たちと生身で対面しているからなおのことである。

 えーと、何を考えてたんだったかな? そうそう、ゲームと今の状況との差異に関してだ。

 他にも例のヴァンガードというパイロットはゲームにいなかったけど、まあ、きっと名もなきスゴ腕パイロットだったのだろう。

 こう、TV版でたまに出てきた天パといい勝負する無名の量産機乗りみたいな。

 ……あんな目立つ格好してたら、それだけで噂になりそうな気もするけど。


 そんなわけで……。

 厨房で仕込みをするカトーの働きぶりを監督したりしつつ、艦内での散策兼思索を続けた。


「だーっ!? クソがっ!」


「ちょっと! あっさり落ちないでください!」


 ジョグとユーリ君のやり取りが漏れ聞こえたのは、そのようにして通りがかった休憩室だったのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088958248069

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093088958460133


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