Dペックス
前世で暮らしていた安普請の一軒家なら、いざ知らず……。
宇宙空間を航行する戦艦の休憩室から声が聞こえた理由は実に単純で、壁の上部に換気口が設けられているからである。
個室の場合は話が別だが、共用スペースでいちいち防音性を確保した上で換気も考慮すると、構造が複雑になりすぎるからな。
船内の仲間は、皆家族。内緒話をしたい時などは、場所を選ばなければいけないのだ。
と、いうわけで、外にまで聞こえる会話を堂々と繰り広げている男子二人が気になり、中へと入った。
「失礼します――よ」
三十人くらいは休憩可能な室内へ入って、最初に見た光景……。
それは、利用中の隊員全てが、携帯ゲーム機を手にしている姿だった。
携帯ゲーム機といっても、普段持ち歩いている携帯端末に、ちょっとしたアクセサリーを装着するだけで早変わりするそれである。
前世においても、据え置きゲーム機とゲーミングPCの間で、限りなく境界が薄くなりつつあったが……。
よりテクノロジーが発展したこの世界では、とうとうゲーム機と端末の境がなくなり、ゲーム専用機とはレトロな玩具を意味する言葉となっているのであった。
と、いうわけで、宗教的事情で端末が流通していない惑星などを除き、携帯端末を保有する大抵の帝国人が現役のゲーマーか、あるいは潜在的なそれであるわけだが……。
に、しても、わざわざ物理キーのアクセサリーまで付けて遊んでいるというのは、なかなか珍しい。
しかも、それが一人や二人でなく、休憩室を利用している全員であるのだ。
「だーっ!
引きが悪すぎんだろ!
俺、ずっと武器がハンドガンだぞ!」
「あーっ! くそっ!
野良で組んだ奴がスキルの抱え落ちかましやがった!」
休憩室内のソファに腰かけた隊員たちが、口々にそのようなことをつぶやく。
全員がアクセサリー装備の携帯端末横持ちであり、かつ、話題として共有できていることから、どうやら同じタイトルのゲームを遊んでいるのだと推察できた。
「あーっ! クッソ!
こんなんじゃ、いつまで経ってもランクが上がらねえぜ!」
「まあ、今のは他チームに挟まれる形だったので、どうしようもないところはありますけどね」
とりわけ、ジョグとユーリ君はフレンド機能でも使って遊んでいるらしく……。
「一体、なんのゲームですか?」
入り口から最も近いソファに並ぶ彼らの後ろから、ひょこりと顔を突き出す。
「――おわあっ!?」
「あんだあ?
オメー、Dペックス知らねえのかよ?」
ユーリ君の方はなぜかのけぞったが、ジョグの方は端末画面をヒラヒラとさせてみせた。
「Dペックス……?」
「あ、せ、説明しますね」
ユーリ君があたふたとしながら、自分の端末を差し出す。
「デザイアペックス――通称Dペックス。
基本無料のソーシャルゲームで、ジャンルはファーストパーソン・シューティングゲームです。
プレイヤーキャラは強化スーツをまとった超人で、三人一組のチームを組み、他チームと勝敗や生き残りを競います」
「ミソは、バトルフィールドに配置されている強化アイテムでよ。
どんなアイテムを拾えるかは、法則性ありの運。
プレイヤーは、キャラクターごとの特殊能力とアイテムを組み合わせて戦うわけだ。
後は、どこに降下するかとか、地形をどう利用するかとか、他チームの動きを見てどう動くかとか……。
同じフィールドを使っても、毎回別物の展開になりやがるから、飽きねえ」
「ふうん……流行ってるんですか?」
「流行ってる、どころの騒ぎじゃないですね」
俺の質問に、ユーリ君が苦笑いしながら答える。
「全銀河で、ダウンロード数は千億以上。
銀河チューブでは、このゲームをプレイする配信も盛んに行われています。
多分、有史以来最もヒットしたゲームなんじゃないかと」
「売り上げもすげえだろうな。
ぶっちゃけると、課金しなくても問題なく遊べるんだけどよ。
ついつい、キャラの見た目とかをカスタマイズしたくなっちまう」
ははあ? さては見せびらかしくて仕方がないな?
ジョグの画面に映されていたのは、牛のような角が生えたマスクを装備したいかにも凶悪そうな見た目のキャラだ。
そして、そういうカスタマイズをしたくなる気持ち……分かってしまう。
俺も前世、通称動物園と呼ばれるゲームで遊んでいた時は、UIやらナビゲーターやら、めっちゃカスタマイズしていたからな。
ゲームの内容そのものに関わりがないからこそ、むしろアゲていくためにイジりたくなるというか……。
「よかったら、お嬢様もやってみますか?」
「そうですね……」
ユーリ君にコントローラーアクセサリーを渡され、しばし考える。
が、手は自然とストア画面からDペックスのアプリをダウンロードしていた。
わたしはそういうのに興味がなかったので、そう久しぶりでもないはずだが、ゲームを遊ぶのは久しぶりという感覚だ。
ゆえに――たぎる。
「ノーコンテニューでクリアしてみせますよ」
ダウンロードとアップデートの済んだ端末にアクセサリーを装着しながら、俺はうそぶいたのであった。
--
五分後……。
「なんですか! あの赤い脚部パーツを装着したキャラ!
チートですよ! チート!」
そこには、タヌキとニンジャをかけ合わせたような見た目の自キャラが撃破され、憤慨し叫ぶカミュ・ロマーノフの姿が!
「あー、いきなりブースト拾った奴とかち合っちまったか。
こりゃ、事故だな」
横から画面を覗き込んでいたジョグが、したり顔でつぶやく。
「それは、一度のゲームで一個しか存在しない強化アイテムですね。
装着すると、あらゆる能力が爆発的に増加します。
ただ、代わりに全員のマップへ常時表示されるようになりますし、ビクトリー技を使うとアイテム自身がどこかへ飛んでいってしまうので、複数チームで暗黙の了解をし、飽和攻撃で潰すのが基本戦術です。
今回は、拾った相手のすぐ近くにいたのが不運でしたね」
ユーリ君の解説を聞いても、胸に募るのは納得ではなく、悔しさである。
「もう一回! もう一回です!
本当なら、もっと上手く立ち回れます!
今のは初期アイテムもよくなかったですし!
なんなんですか!? あの水鉄砲!」
わめきながら、再度のゲーム選択。
なるほど、DL数千億以上は伊達じゃなく、すぐに51人のプレイヤー枠が埋まった。
「今度こそ、最後の勝利者となってみせます!」
「いやあ、初心者がチャンピオンを目指すのは、難しいんじゃないかと……」
「でもまあ、その意気込みで挑まなきゃなあ」
両脇からやいのやいのと言われつつ、我が分身たるタヌキニンジャが戦場へと降り立った。
「まあ、見ていなさい!」
初期状態では丸腰のため、野良でチームを組んだ他プレイヤーのキャラと共に走り出す。
果たして――どうなる!?
--
『リタイア』
どうにもならなかった。
俺の操るタヌキニンジャは、敵弾を受け無念の消滅を遂げていた。
「ウキーッ! もう一回です!
……と、このアクセサリーはユーリ君のでしたね。
ちょっと待ってて下さい! 購買に行って自分のを買ってきます!
そしたら、今度は三人でチームを組んで挑みますよ!
野良で挑むから負けたんです! 野良で挑むから!」
そう言い残し、購買へ行くべく立ち上がる。
休憩室から出る直前、「ハマッたな」「ハマりましたね」という声が、背中から聞こえた。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093089011832721
そして、お読み頂きありがとうございます。
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