カミュとジョグ
「他愛ない。
鎧袖一触とは、このことですか」
カレーへ仕込んだ睡眠薬が効いたのだろう。
壁へうなだれるようにしながら眠りこける所員たちの間を歩きながら、俺はそうつぶやいてみる。
「すでに内部のマップは確保してあります。
問題の海賊がいるのは、こちらの方ですね」
そんな俺を連れながら、キキョウさん率いる『青春教室カフェ はーもにい』の女学生たちは、手慣れた様子で内部に侵入していった。
カードキーは、寝ている所員のものを拝借し……。
生体認証も、寝ている所員の瞳孔で突破していく……。
まさに、無人の野を行くがごとし。
全く簡単ダー!
「……なんというか、こう、もう少し大立ち回りのようなものを想像していたんだがな」
「この方が楽なんだから、これでよかろう。
もっとも、彼女ら『生徒会』の本質はクノイチ。
戦って制圧することも、十分に可能だがな」
カレー用機材の中に隠れ潜んで潜入したアレルとケンジの言葉で、納得するものがあった。
――ああ、そうか。
――クノイチか。
クノイチは、ゲームのケンジルートでも、ここぞという場面で活躍している。
具体的にいうと、お父様率いる黒騎士団に大きな被害を受けて、再起しようとする場面だ。
その情報収集能力と戦闘力は、並のニンジャをしのいでおり……。
ケンジにとっては、切り札と呼べる配下たちである。
『青春教室カフェ はーもにい』っていうのは、そんな彼女らのカバーだったか。
……もう少しマシなカバー方法は、なかったのだろうか。
「どうやら、海賊たちが捕らえられているのは、最奥の区画みたいですね」
「いいこと?
囚人たちの姿など、あまりじろじろと見ないようにね」
女学生集団に混ざったユーリちゃんとエリナの姿に、軽くうなずいておく。
セキュリティを突破した先にズラリと並んでいるのは、鉄格子の代わりに強化ガラスで独房へ押し込められている囚人たちだ。
エリナが口調を変えているのも、彼らに余計な情報を渡さないためである。
連れ出すのは、あくまでスカベンジャーズの面々だけだからな。
「ここですか。
さらにセキュリティが頑強なのですね」
「ですが、私の学友が所長室から最高レベルのカードキーを入手してきています。
これを使えば……」
行く手を阻む見るからに分厚く頑丈なドアのカードリーダーへ、キキョウがカードキーをかざす。
すると、キャッシュレス決済とよく似た電子音と共に、ドアがスライドしていった。
「さあ、ここからが本番ですね」
変装用の伊達眼鏡を、かちゃりといじる。
ゲームの中だけでなく、実際に攻略対象を攻略することになるとは、な……。
--
刑務作業を与えられていない囚人にとって、できることといえば三つしかない。
すなわち、喋ること、寝ること、ボーッとすることの三つだ。
このうち、他の独房へ入れられている手下との会話は、話題が尽きるところまでいき……。
寝るにしても、体が睡眠を拒否するほどたっぷりと眠ってしまったジョグにとっては、最後の選択肢――ボーッとすることを選ぶ以外、道が残されていなかった。
――なんつーか。
――こういう時間の使い方をすんのは、久しぶりな気がするな。
壁と一体化したベッドの上に寝転がっていると、去来してくるのはそんな想いだ。
思えば……。
銃撃戦で倒れた父に海賊団を託されて以来、がむしゃらに走り続けてきた。
先代船長の息子とはいえ、十を超えたばかりの小僧に対する大人たちの反応というものは――冷ややか。
中には、反乱を企てた者も存在する。
そんな者たちの反骨心を――粉砕してきた。
父の形見であるカラドボルグを、ジョグ以上に使いこなせる者は存在せず……。
銀河一の超スピードで正規軍巡洋艦に単独接敵し、護衛のPLを吐き出す間も与えずに制圧してしまえば、逆らうより従う方が得だと、誰もが考えるのだ。
かようにして力を示し、次から次へと略奪していくことで、手下共の食い扶持を稼ぐ……。
当然、略奪だけで必要な品の全てを賄うことなどできず、銀河の裏社会に生きる汚い悪党たちとも、対等に取り引きしてきたのである。
――止まるんじゃねえぞ。
……それが、父の最期に残した言葉であり、ジョグはそれを忠実に守って、駆け抜けてきたといえた。
だが、今、この時は……。
――親父……。
――止まっちまったよ……。
天井を見つめながら、地獄にいるだろう父へ語りかける。
当然ながら、心中での言葉に答える者などいない。
が、それにしてもこれは……。
監視カメラさえあれば不要とばかりに看守などは存在しないが、だとしても、刑務所全体がやけに……。
「――なんか静かですね。
刑務所の戦力は、のきなみ睡眠薬入りカレーを食べてしまったのかもしれません」
「――ぬおわあああっ!?」
強化ガラスの向こうからいきなり投げかけられた言葉に、ベッドから飛びのく。
この、声――忘れるはずもない。
そして、頑丈なガラスを隔てた先にいたのは、やはり、あの時に見た少女であったのだ。
「お、おま、おま、お前はあああっ!?」
「チャオ。
お久しぶりです。と、いっても、昨日会ったばかりですが」
こんな所で暇を持て余す原因となった少女が、ガラスの向こうから覗き込むようにしてくる。
さすがにパイロットスーツ姿ではなく、カートゥーンで見るようなセーラー服を着て、眼鏡もかけていた。
見るからに可憐なその姿を見て、口から出てくる言葉はただ一つ。
「クソ女……!」
「牢屋にぶち込まれて、活きが悪くなっているのではないかと心配しましたが、この分なら心配はなさそうですね。
では、さっさと脱出しますよ?」
「ハア?」
突然の提案に、思わず間抜けな声を漏らす。
このやり取りで、寝ていたところを起こされたらしい……。
周囲の独房にいる手下たちが、なんだなんだとガラスにへばりついてきた。
「――こほん。
いいですか? あなた方の取るべき道は、二つあります。
一つは脱出せずに牢屋へ残って縛り首となり、貝のように口を閉ざされること。
そして、もう一つは我らと共に……巨悪へ立ち向かうことです」
「巨悪だあ? 何を言ってやがるんだ? てめえ?」
咳払いしてからあらかじめ用意していたかのような台詞を吐き出す少女へ、ねめつけるような眼光を向ける。
だが、少女はガラス越しの威圧にも動じることなく、言葉を続けた。
「今、言った通りです。
わたしたちは、訳あって戦力を欲しています。
戦列に加わるならば、全ての罪を帳消しにしましょう。
いえ、そればかりか、今後の生活も保証します」
「マジか?」
「おいおい、こいつは願ってもねえぜ!」
ガラスへへばりついた手下たちが、先までのしょぼくれた顔から一転、喜色を浮かべる。
だが、はいそうですかとたやすく口車に乗れないのが、キャプテンとしての立場だ。
「急にそんなこと言われても、信用できねえなあ?
大体、てめえみたいなガキにそんな力があるわけねえだろうがよ」
「わたしにはなくとも、お父様にはあります。
それに、この件が済めば報酬の当てもありますしね。
何より――」
そこで、少女がずいと身を乗り出してきた。
「何か勘違いしているようですが、他の皆さんはともかく、あなたはとっくにわたしの所有物なんですよ?」
「ハア? オレがてめえの所有物だあ? 頭沸いてんのか、おい?」
「これは、ごくごく当然の論理的帰結です」
ジョグの問いかけに、少女が眼鏡をカチャリと鳴らす。
「いいですか?
この銀河帝国において、海賊の所有物は、これを倒した者に与えられるのが倣いです。
これには当然、海賊当人の命も含まれます。
さて、あなたを倒したのは、一体どこにいる誰でしょうか?」
少女の問いかけに……。
他の独房へ入れられている手下たちは、不思議そうに首をかしげた。
彼らは、当然知らないのだ。
カラドボルグ相手に文字通りのからめ手を駆使し、行動不能へ追い込んできたのは……。
「て、てめーはトドメを持って行ってねえだろうが?
決め手になったのは、あの青いPLだ」
「そのPL――クサナギに乗っていたケンジ様は、わたしの手柄であるとお認めになりましたよ?
と、いうことは、当然ながら、あなた自身もわたしの所有物であるということです。
あーあ? いんですかあ? スカベンジャーズのキャプテンともあろうものが、男らしく敗北を認めないで?
ここでダダをこねて、部下共々犬死しますかあ?
それって、すっごく情けなくないですかあ?」
「ぐぬぬっ……!」
――言わせておけば。
そうは思うが、手下たちのすがるような顔を見れば、無下に断るわけにもいかない。
「さあ、どうします?
わたしの下に付けば、カタギへの道が開けます。
断れば――死、あるのみ。
邪魔するのは、あなたの背丈よりちっぽけなプライドだけですよ?
スカベンジャーズのキャプテンとして、選ぶ道は一つじゃないですかあ?」
「――て、てめえ!
……ん?」
ジョグという少年は、沸騰したその瞬間にこそ、一匙の冷静さを発揮する。
そうであるからこそ、カラドボルグのようなモンスター・マシーンを自由自在に操れるのだ。
その冷静さが、聞き逃してはならない単語を拾ってみせた。
「……今、スカベンジャーズって言ったか?
その名前は、取り調べでも出しちゃいねえぞ。
お前ら、出したか?」
自分の言葉に、手下たちがブンブンと首を振る。
すると少女は、携帯端末を取り出してこちらに見せたのであった。
画面に表示されているのは――スカベンジャーズのホームページ。
「エンブレムを見て、すぐにピンときました。
宇宙で最も気高き海賊――スカベンジャーズ。
道理で、手強いはずです。
運が味方をしなければ、わたしはこうして無事でいられなかった。
だからこそ……」
そこで、散々にこちらを煽り散らしてきた少女が、ふと真面目な顔となる。
「……わたしは、あなたたちが欲しい。
培ってきた力を……悪事に用いるしかなかったそれを、これからは正しいことのために使いなさい」
「お、おれたちのことを知ってる奴がいるなんて……!」
「それも、こんな可愛い嬢ちゃんが……!」
「先代が三日かけてホームページを作ったのは、無駄じゃなかった……!」
脳味噌の代わりに筋肉を詰めた手下たちが、感涙した。
誰かに、知って欲しかった。
何かを、訴えたかった。
略奪で生きるしかないはみ出し者たちだって、一人の生きた人間なのだ。
その叫びが拾われたことに、感動しているのである。
まったく、単純な連中だと思う。
だが、単純なのは、自分も同じか……。
「確認だけどよ……」
「なんです?」
「オレたちだから欲しいんだな?
誰彼構わずってわけじゃなくてよ」
「もちろんです。
わたし、お友だちは選ぶ主義ですから」
「そうかよ……」
今はイカした形に整えられてない髪を、くしゃりと撫でた。
「……いいぜ。
オレも男だ。
負けを認めて、潔く下に付いてやらあ」
「では、あなたは生涯下僕。
カラドボルグもわたしの所有物ということで、構いませんね?」
「ああ……。
うん?」
ノリと勢いで答えたところで、少女が携帯端末を操作する。
どうやら、今度はホームページを開いたわけではない。
その証拠に……。
『では、あなたは生涯下僕。
カラドボルグもわたしの所有物ということで、構いませんね?』
『ああ……』
たった今行った会話が、端末から響き渡ったのだ。
「はーい言質取りましたー。
これからよろしくお願いしますね。下僕さん」
「て、てんめえー!」
怒りのあまり立ち上がるも、少女との間には強化ガラスがあり、ジョグの力ではいかんともしがたい。
ならばと可能な限りの罵倒をするが、少女は涼しげに受け流した。
「ぜぇー……ぜぇー……」
「はいはい、言いたいことは言いましたか?
ならば、誇り高き海賊の頭領として、一度約束したことは守ってくださいね」
そして、こちらがわめき疲れるのを待ってから、取り出したカードキーで牢のカギを解除したのである。
これが……こいつの本性。
天使のようなツラしやがって、裏に隠しているのは悪魔としての姿だ。
――ぜってー……。
――下剋上してやる……!
この日、スカベンジャーズのキャプテン兼下僕となった少年は、固く心に誓った。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086849308615
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086849353246
そして、お読み頂きありがとうございます。
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