刑務所潜入作戦

「妙案だな。

 敵の潜在的な戦力を減らせる上、こちらの戦力を増やせる。

 一手で二手分の結果が得られる策だ」


 唐突といえば、あまりに唐突な俺の提案……。

 それに対し、真っ先に賛同の意を示したのが、ケンジだった。

 確か、孫子の兵法にこういうのがあったよな。

 あれで事例にしてたのは、軍事物資だったと思うが。



「確かに、実現できるなら魅力的な案です。

 ただし……」


 冷たい緑茶を飲み干したアレルが、腕組みしてみせる。


「当然、そこには難題がつきまとう。

 すなわち、実現できるのか、です」


 その反論は、予想通り。

 だから、俺はすまし顔で答えた。


「牢屋に放り込まれている彼らにわたしが対面できれば、十分に可能であると考えています」


「自信があるんですか?」


「何しろ、先の戦闘で相手の船長とは接触回線を通じ、会話していますから。

 人となりというものは、把握しているつもりです」


 ユーリちゃんの問いかけにも、さらりと答える。

 まあ、より正確に言うと、あの会話だけではなく、ゲーム本編で性格を熟知しているんだがな。

 一方、眉をひそめたのがエリナだ。


「あれは、会話などと呼べる代物ではなかったような……。

 それに、どうやって会うというんですか?

 いいえ、それ以前に、お嬢様を牢屋に赴かせるなんて……」


「おそらくですが、わたしが直接行かなければ交渉は成功しませんよ?

 それに、今はタナカ伯爵家の危機です。

 帝国中に製品を納品しているここが荒れれば、ロマーノフ大公領のみならず、全銀河に大きな影響が出ます。

 それを防げるならば、牢屋の一つや二つに訪れるくらい、なんだと言うのです」


「フ……やはり、剛毅なご令嬢だ。

 いや、貴族としての責務を正しく理解していると言うべきか」


 俺の言葉に、ケンジが薄く笑ってみせた。


「ノブレス・オブリージュか……。

 それを持ち出されると、僕としても反対はできないな。

 確かに、僕やカミュ殿には本質的に他人事だが、それでも、このチューキョーが謀反を目論むような輩の手に落ちれば、自領への影響は計り知れない」


「そう言ってくれると助かるぞ、友よ。

 貴族の間に真の友情はないが、それゆえに、打算からくる協力は信頼できる」


「もっとも、高く売りつけるつもりではあるがな……。

 それで、カミュ殿の作戦を採用するとして、何か手はあるのか?」


「もちろん、ある」


 アレルの言葉に、視線を斜め上へやっているケンジが力強くうなずく。


「このチューキョーで最も恐れるべきは、実のところニンジャでもヤクザでもない……。

 『生徒会』なのだ」




--




 銀河中が荒れ、宇宙海賊出現の報も珍しいものではなくなっている昨今……。

 刑務所の所長というものは、法務組織の中において、少々特殊な立ち位置へと変じているのが、各領における実態だ。


 何しろ、委ねられている職務は――矯正。

 あらゆる資源が有限な宇宙において、非生産的であるばかりか、治安を悪化させる輩の更生が仕事なのである。

 刑務所内の規律を守るため。

 あるいは、丸腰となってなお、凶悪な犯罪者への抑止力を発揮するために……。

 自然、所長職には特殊かつ強力な権限が与えられていき、刑務所が一つの組織として半ば独立するばかりか、警察組織以上の火器を内部に保有することも、今では珍しくなくなっていた。


 チューキョー内に存在する刑務所もまた、そういった典型例であり……。

 そこの長であるテンゴク所長は自身の執務室で、そこいらの悪党よりもよほど凶悪な顔を、ホログラム映像に向けていたのである。


「……承知しましたぞ、カトー=サン。

 では、明日に、問題の海賊たちと面会する手筈を整えておきましょう」


『感謝するぞ、テンゴク=サン。

 我らが大義を成すために、かの海賊たちが持つ戦力は、必ず必要となるのだ』


「なあに、こちらにとっても、利があること……。

 完全に事が成った暁には……?」


『無論、貴君とその腹心たちを軍へ迎え入れよう。

 テンゴク=サンには、PLの運用母艦とPL隊をそのまま任せるつもりだ』


 ――PL運用母艦の艦長!


 それは、この銀河において最も栄誉ある職業の一つだ。

 戦場の花形たるPLたちを指揮し、最低でも精鋭百人は働く母艦を預かるのである。

 これはもう、古の時代に例えるならば、城を一つ頂戴するに等しい。

 今座っているこの椅子も悪くはないが、世間的な名誉と独自行使できる武力には、文字通り次元の違いがあった。


「ヌッハッハ! これは実に楽しみだ! ヌッハッハ!」


『ヌッハッハ!』


 艦長服に身を包んだ自分の姿を幻視したテンゴクは、眼前のホログラム映像――モワサ・カトーと共に笑い合う。

 実に――イイ気分だ。


『では、よろしく頼んだぞ』


「ヌッハハハハ……」


 ゆえに、カトー=サンのホログラム映像が消えた後も、テンゴクは一人きりの室内でしばし笑い続けていたのである。


「実にめでたい……。

 ひとつ、サケでもやるか」


 言いながら、キャビネットに秘蔵したショーチューを取り出すべく、立ち上がろうとしたが……。


 ――ピピピピ。


 デスクへ備え付けた内線に、部下からの連絡が入ったのはその時だ。


「ワシだ。どうした?」


『ドーモ、テンゴク=サン。

 実は、入り口にカワイイ女学生たちが押し寄せてきていまして……』


「――何!?

 カワイイ女学生だと!?」


 その言葉に、くわと目を見開いた。


「ようし! すぐにホログラム映像を送れ!」


 そして、すぐさまそう命じたのだ。

 テンゴクという男は、欲求に素直な性質なのである。


『ヨロコンデー!』


 部下が叫ぶと、テンゴクの眼前にすぐさまホログラム映像が映し出された。

 それは、なるほど……カワイイ女学生たちの集団というしか、ない。


 セーラー服やブレザーなど、着用している制服の種類は様々であり、中にはギャル風に着崩している者もいるなど、スカート丈や着こなし方も個性があふれている。

 ただ、共通しているのは――カワイイ。


 しかも、先頭で挑発的なハート・サインを両手で作り上げる少女の可憐さときたら……!

 ほぼ最年少の幼さでありながら、顔の造作は完成されており、それが年齢相応のやわらかさと相まって、今この瞬間にしか宿らない萌えを生み出していた。

 着用しているのは古典的なセーラー服とピンク縁のメガネで、それがクラシカルな愛らしさと共に、インテリジェンスを付与することへ成功している。

 そんな彼女が、ハート・サインをしたままこちらにお辞儀してみせた。


『ドーモ、はじめまして。テンゴク=サン。

 実際カワイイ女学生たちです。

 今日は、こんな混乱の中でもお仕事をがんばる所員さんたちへ、カレーを差し入れにきました。

 よかったら、中に入れてください』


 カワイイ礼儀正しいヤッター!

 ……もし、彼が一抹の冷静さを宿していたならば、「通信教育が基本の現代で、女学生がどうしてこんなにいるの?」と、疑問を抱いたに違いない。

 だが、チューキョー人というものはとかく、女学生というものに対し遺伝子レベルで惹かれているものであり……。


「カワイイ女学生のカレーヤッター!

 ――丁重にお通ししろ」


 彼は一切疑うことなく、守衛にそう命じたのである。




--




 三時間後……。

 カレーへ仕込まれた遅効性かつ実際強力な睡眠薬により、刑務所の所員は全員眠りこけた。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086790532531


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