ゲームの知識と現状と……
――お約束。
このチューキョーというスペースコロニーに対し、これほどふさわしい言葉もそうはないだろう。
街並みは、日本の技術力と経済力に欧米が脅威を感じていた年代のSFそのものだし、さっき襲いかかってきたことから分かる通り、ニンジャもきっちりと備えている。
『ホテル・ニューエド』の警備員に、スモウウォリアーが何人か存在していたのは、一種のギャグにすら思えたものだ。
まさに、お約束通りの――サイバーパンクニッポン。
海外の人たちが大好きで、生粋の日本人である俺たちも大好きなあの世界観が、このコロニーでは現実のものとなっているのであった。
そんなわけで、お約束というものを全力で踏襲しているチューキョーであり、ひいてはタナカ伯爵家であるから、何人ものニンジャ――この工場を警備していた方だ――が血だまりに倒れ伏す通路を抜け、なんの変哲もない壁面へ偽装されていた隠し扉を抜けた先にあったのは、実に……実に、お約束通りの隠し通路だったのである。
すなわち――下水道。
「これは……鼻が曲がりそうですね」
狭苦しい通路を歩きながら、つぶやく。
人一人が通るのでやっとという通路のすぐそばには、わざわざ言葉で形容したくない臭いを放つ汚水が流れており、絶対に足を踏み外さないようにしようと心中で固く誓わされた。
「まあ、良い香りのする下水というものはありません。
下水道というものの役割を考えれば、これは致し方のないことです」
先頭に立ち、白杖で足元を叩きながら歩くケンジが、そう答える。
俺たちにとっては、携帯端末のライト機能を頼りにするしかない暗闇の世界であるが、もとより光を失っているケンジにとっては、なんの関係もない。
常と同じように、よどみない足取りを見せていた。
「まさか、お嬢様にこんな場所を歩かせる日がくるなんて……きゃっ」
俺の前を行きながら不満げにしていたエリナが、足を踏み外しかける。
「気を付けて下さい。
この暗さですし、足元は滑りやすい……。
一歩一歩、細心の注意を払わないと、落ちてしまいますよ」
ケンジの後ろにしてエリナの前という位置で、下向きに拳銃を手にしながら歩いていたユーリちゃんが、振り返った。
そうする彼の姿は、やはり堂に入っていて、かわいい男の娘にも、新人の整備士にも見えない。
「ニンジャが襲ってきた時にも思ったが、ユーリ君は恐ろしく手慣れているな。
いや、そんな次元の話ではないか……。
何しろ君は、襲いくるニンジャたちを返り討ちにしていたのだから。
ハッキリ言って、僕などより、よほど頼りになっていた。
その歳で、一体どんな修羅場を潜ってきたんだ?」
俺の後ろ……最後尾に位置するアレルが、時折後方を振り返りながら尋ねる。
声音に警戒の色が含まれているのは、単純にポジションの都合で気を張っているからではないだろう。
直接目にしたわけではないが、どうやら、ユーリの戦闘力は――異常。
俺よりさらに幼い子供とは思えない域にあるようだ。
そりゃ、どんな来歴でそうなったかは、気になるだろう。
というか、俺としても気になる。
メカニックとして天才、パイロットとしても一流になるのは知っていたが、生身でもニンジャを返り討ちにできるくらい強いだなんて聞いてねえぞ。
『パーソナル・ラバーズ』作中では、個別のルートでさえそんなシーンはなかったからな。
もっと言うなら、詳しい経歴も不明だ。
ゲーム内では、スラム出身の孤児で、機械いじりにより生計を立てていたとしか語られていない。
本当に、ざっくりとした過去……。
何しろ、うち――ロマーノフ大公家で働いていたということさえ、語られなかったくらいだ。
だから、アレルと共に追求はしないまでも、興味深くユーリの言葉を待っていたのだが……。
「……生まれが孤児で、拾ってくれた人に色々なことを教わった。
その中に、戦い方もあったというだけです。
それ以上は、あまり話したくありません」
返ってくる言葉は、そっけないもの。
まあ、これも当然といえば、当然か。
主人公と恋人同士になったゲームの個別ルートでさえ、明らかになってない秘密なんだものな。
むしろ、少しでも親しくなった人にはより聞いてほしくないような……そういった類の秘密であると感じられた。
「なら、過去のことは置いておきましょう。
今大切なのは、ユーリちゃんが腕のいいメカニックで、しかも、頼りになる女の子だったという事実です」
「お嬢様、どさくさ紛れにボクの性別を変えようとしないで下さい」
「それより、問題は襲撃者の正体です。
一体、何者なのでしょうか?」
ユーリちゃんの抗議はガン無視して、そう口にする。
これもまた、大きな謎だ。
もちろん、言葉通りの意味で謎というのもあった。
だが、最大の謎は、この俺にとってさえ、謎であるということなのだ。
何しろ、俺は『パーソナル・ラバーズ』本編を周回プレイしており、攻略対象の各ED内容もきちんと記憶している。
ケンジルートも当然ながら全エンドクリアしているが、その中で、こんな騒動について語られることはなかった。
確かに、ゲーム本編では四年前の出来事に過ぎないし、ゲームの主人公に関わりがある話でもない。
だが、一切触れられることがなかったというのは、どういうことか?
ゲームはゲーム。所詮、世界の一部を切り取ったものに過ぎないから?
いやいや、そもそもどうして転生したかすら分かっていない。
ここは『パーソナル・ラバーズ』によく似た……けれど、細部は異なる世界なんじゃないか?
頭の中で、そういった考えが駆け巡る。
ただ一つ間違いなさそうなのは、この先、ゲームの知識を当てにし過ぎていては、痛い目に遭うということだ。
何しろ、すでにジョグ・レナンデーの捕縛という世界に対して影響の大きすぎる事柄を、他ならぬ俺が起こしちまってるからな。
奴は、順当にいけば四年後、ならず者たちを束ねてアレルやケンジに比肩する一大勢力の頭となっていたはずの男……。
それが獄中の人となっているのだから、どのようなバタフライ・エフェクトが発生するのか、知れたものではない。
「心当たりは、あり過ぎるくらいにあります。
このチューキョーも、ひいてはタナカ家も、決して一枚岩というわけではないのです。
だが、このように直接的な襲撃へ打って出るとは……。
兆候を感じ取れなかったのは、不覚という他にありません」
先頭を歩くケンジが、平坦な声音で答える。
……その台詞には、少しばかり心当たりがあった。
確か、ケンジの個別ルートにおいて、多数の反抗的な派閥を粛正して今に至ると語られていたはずだ。
ゲーム本編での今……つまり、現在から数えて四年後の話である。
それと今の言葉とを合わせて考えると、今はその粛正が完了していないということ……。
考えてもみれば、現時点でのケンジはまだ二十歳だ。
父親の不幸で急に家を継いだアレルほどではないが、本来、伯爵家を受け継ぐには早すぎる年齢だった。
こんな若造に舵取りは任せておけないという不穏分子も、相応に存在するだろう。
「……14か。
よし、ここで上がろう」
壁面に手を当てたケンジが、ピタリと立ち止まって宣言する。
携帯端末のライトを向けると、彼の言う通り『14』という数字が塗料で描かれており、彼はその感触で読み取ったようだった。
同時にライトが照らし出すのは、壁面へ設置された地上に続くハシゴ……。
「ハシゴか……。
大した高さではありませんが、手を滑らせないようにして下さい」
当然というように最後尾で待機したアレルが、冷静に言い放つ。
そんな彼へ、俺とエリナはじとりとした視線を向ける。
「? どうしました?」
「アレル様……。
先に登って下さい」
俺はスカートの裾を押さえながら、冷たい声で告げたのだった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086421722512
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086421764098
前回イラストでユーリちゃんの胸が膨らんでると指摘がありましたが、目の錯覚だぜ! 人間にはよくあることさ!
そして、お読み頂きありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、フォローや星評価をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます