そんなことより……

「よし、掴まって……。

 引き上げますよ」


 (俺に叱られて)女性陣(ユーリちゃん含む)より先行して上に上がっていたアレルが、そう言って最後にハシゴを登ってきた俺の腕を掴む。

 優男に見合わぬ力強さで引き上げられた先にあったのは、狭苦しい小部屋であった。

 ただ、一つだけ特徴的なのは、電灯で照らされた室内の片隅に、いくつものモニターを設置したデスクが存在することである。


「ここは……?」


「いざという時に使用することを想定したセーフティルームの一つです。

 いざという時なので、皆さんを招待しました」


 白杖を床に突いたケンジが、冷静な顔で答えた。

 だが、俺が聞きたいのは、そこじゃない。

 つーか、状況と見た目でそのくらいの判断は付く。

 気になったのは、別のことだ。


「……モニターとコンピュータがあっても、ケンジ様には使えないのではないですか?」


「……それは想定していませんでしたな」


 ややバツが悪そうな顔で、ケンジが黒髪をかく。


「まあ、当主であるケンジが単独という時点で、本来考えられる状況とはかけ離れているからな。

 それで、場所としてはどの辺りなんだ?」


「ごくごくありふれたマンションの一室だ。

 ここを知る者は限られている……。

 少なくとも、賊に把握されているということはないので、安心してほしい」


 アレルの問いへ、今度は胸を張って答えるケンジだ。

 えー? 本当にござるかあ?

 こういう場合、秘密の場所を知る信頼していた誰かに裏切られてるっていうのが、定番だと思うんですけど?


「……これ、チューキョー内の様々なデータバンクにアクセスできるんですね。

 それこそ、警察に至るまで……。

 逆探知対策もしっかりしてる。

 これなら、ここからでも色々なアクションができそうです」


「ユーリちゃん、あまり勝手に触っては……」


 早速にもキーボードを引き出し、システムチェックに入っていたユーリちゃんをエリナがたしなめる。


「いや、使える人間に使ってもらおう。

 何しろ、非常事態なのだ。

 ケチなことを言っていても仕方がない」


 そこまで言った後、ケンジがボソリと付け加えた。


「……なぜ、パスワードが突破されているのだ?」


 あー……よく見ると、デスク下のコンピュータ本体に何かメモリが挿されているな。

 持ち主が咎めなかったとはいえ、勝手にハッキングしちゃうのはどうかと思うぞ。


「とにかく、現在の状況を把握したい。

 データバンクにアクセスできるなら、各機関で何かが起きてないかも分かるんじゃないか?」


「主要な施設の監視カメラなどには全てアクセスできるし、ここから覗き見た痕跡は残らないように調整されている。

 操作の方は……まあ、見えていないが、教える必要もないだろう」


 アレルとケンジが話し合う一方、俗に言う椅子の人と化したユーリちゃんがキーボードやマウスをせわしなく動かし続ける。

 どうやら、情報収集は任せておけばいいかと思わされたが……。


「あの……。

 首謀者に関してですが、わざわざ調べる必要もないかもしれません」


 ここで挙手したのが、意外にもエリナなのであった。


「どういうことですか?」


「どうもこうも……」


 俺の問いかけに、携帯端末を手にしたエリナが何か操作する。


「たった今、ネットで生配信しているんですよ。

 ――クーデターの首謀者が」


「「「何?」」」


 どうやら、操作していたのは音量の調整だったのだろう。

 ユーリちゃん以外の三人に向けて、エリナが端末の画面を向けた。


『――親愛なる皆様に知って頂きたいのは、我々が武装蜂起したのは、決して私利私欲によるものではないということである』


 画面の中に映った人物……。

 それは、こう、なんというか……。

 紋付きの黒羽織りに袴を合わせるという、ヤクザの親分みたいな恰好をした禿げ頭のおじさまである。


 顔を見た第一印象は――鷲。

 いかにも眼光鋭く、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。

 そんな人物が、こちら――カメラに向かって熱弁を振るっているのだ。

 そして、問題となるのはもう一つ。


 彼を撮影しているのは、どこぞに存在するPL用の整備ドックであり……。

 おじさまが立っているメンテナンスアームの背後には、先ほど強奪された試作PLが屹立していたのである。


『このPLを見よ!

 素人には、その機能が分からないことであろう……。

 故に説明するが、これは戦闘機形態に変形する機能を備えた試作機である!

 本機は、チューキョー内の秘密工場にて建造されていた。

 これが意味する事実は何か?

 ケンジめは、植民惑星を有する他貴族家への侵攻を目論んでいたのだ!

 そうでなければ、大気圏内で優位性を発揮する機体の極秘開発に取り組む理由がない!

 これは、タナカ伯爵領で暮らす全ての者に対する裏切り行為である!』


「そうなのか?」


「とんでもない。

 そもそも、あそこで開発される機体は全て技術者の主導だよ。

 私は、承認するだけだ」


 ジトリとした視線を向けるアレル――植民惑星を持つ近場の大貴族家領主――の言葉に、ケンジが肩をすくめてみせる。


「あー……。

 作りたくなって、作っちゃったんですね。

 ボクも分かります。その気持ち」


 ちらりとエリナの端末に目を向けたユーリちゃんが、また椅子の人業務に戻った。

 一方、画面の中で生演説するおじさまは、気分爆アゲ最高潮といった様子である。


『我々タナカ伯爵家の人間は、古来よりスペースコロニーで生まれ、育ち、やがて……死んでいった。

 確かに、重力を……大地を欲しがる声もあった!

 しかし、すでに入植と開拓は銀河の隅々に至るまで進んでおり、我々が新規に参入する余地はなく、無用な争いに発展することを避けてきたのだ。

 これは、断じて臆病風に吹かれたわけではなく、人工の大地に住み、優れた技術で帝国そのものを支えていこうという崇高な志に根差したものである。

 ケンジは、先祖代々続いてきたその高潔な精神に反した。

 その卑劣さが形を成したのが、わしの後ろにある機体だ!

 なんとも許しがたい!』


「で、この爺さんは誰なんだ?」


「……モワサ・カトー。

 見ての通り、ヤクザの大親分だが、それは一面に過ぎない。

 実態は、多数のニンジャクランや裏社会そのものを取り仕切る我が伯爵家の暗部代表だ」


 モワサ・カトーね。

 アレルとケンジの会話で出てきたのは、やはり知らない名前であった。

 当然ながら、エリナの端末に映されている顔も、『パーソナル・ラバーズ』本編では目にしていない。

 それでも、結論付けられることはある。


「つまり、日陰仕事をしてきた人間が、表立って権力を得たくなったということですか?」


「なかなか難しいことを言うお嬢さんだ。

 が、おおむね、その認識で合っているだろう。

 例の試作機を理論武装の材料として使ってはいるようだがな」


 ケンジが苦笑いする一方、カトーさんの演説は終幕に差しかかろうとしていた。


『――故に、我々は蜂起した!

 これ以上、若輩にして無知蒙昧もうまいたるケンジへ、タナカ伯爵家は任せておけないと考えたためである!

 繰り返すが、これは皇帝家への反逆にあらず!

 むしろ、銀河に争いを起こそうとしていた逆賊を倒そうとしているのである!

 これを見た諸君らには、是非とも理解と協力を願いたい!』


 これで、配信は終わり……。

 コメントの方でも色々と書き込まれているが、いちいち触れる必要もないだろう。


「演説は、コロニー外周部の整備ドックで行われていますね。

 どうやら、敵の完全な占領下にあるようです。

 その他、各行政機関も含めてですが」


「まず心臓を掴む。

 掴んだなら、次にはそれを握りつぶすか……。

 カトーめ、分かっている」


 ユーリちゃんの言葉に、眉間へしわを寄せるケンジ。


「と、いうことは、ミストルティンも相手に奪われているということか。

 なら、カミュ殿はともかく、僕がケンジと共にあることは知られていると考えていい。

 カトーとやらの狙いは僕やカミュ殿じゃないが、やり口の強引さから、他領侵攻計画共謀者の汚名を着せてきそうな気もするな。

 さて、どうしたものか……」


 アレルの方も、あごに指を当てて考え込む。


 一方、俺はといえば、さっきからずっと思っていることがあった。

 携帯端末の時刻表示を見れば、今は14時。

 そして、そもそも俺は、ある目的があってこのチューキョーを訪れたのである。

 そう……。


「――そんなことよりお腹が空きました。

 ラーメンでも食べに行きませんか?」



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086478607729


 そして、お読み頂きありがとうございます。

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