悪役令嬢に転生しましたが、人型機動兵器の存在する世界だったので、破滅回避も何もかもぶん投げて最強エースパイロットを目指します。
英 慈尊
転生
――『パーソナル・ラバーズ』。
通称はパソラバ。
いわゆる乙女ゲームというやつであり、乙女ゲーム好きの間で、それなりの人気を博しているタイトルだ。
俺がこのゲームと出会ったのは、確か風呂上がり直後……ソファにだらしなく寝転がった妹が、頭上にゲーム機を掲げて遊んでいるのを見た時であったと思う。
なんてゲームをやってるんだ? そんなはしたない格好で。
問いかける俺に対し、ゲーム機に繋いだヘッドホンを外した妹は、ドヤ顔しながらタイトル画面を見せてきたものだ。
いわく――神ゲー。
お兄ちゃんも絶対にハマるから、一時間だけ遊んでみて、とのこと。
まあ、その日は丁度暇だし、翌日は休日だった。
だから、風呂を上がって寝るまでの間に、妹から勧められたゲームをやってみるのも面白かろうと思ったのである。
兄妹間で、話のタネにもなるしな。
で、やってみた。
やってみて……。
気が付いたら、朝になっていたのである。
なるほど、妹がロボアニ好きである俺に、このゲームを勧めるわけだ。
『パーソナル・ラバーズ』は、非常に格好いい人型機動兵器が大活躍するお話なのであった。
物語の舞台は、人類が銀河系に進出した遠い未来。
技術的にはえらい発達した世界だが、政治的には後退しており、独裁者による銀河帝国が築かれている。
で、ある日、権力を一手に握っていた当代の銀河皇帝が崩御してしまった。
しかも、後継者となる子供を残さずに、だ。
待っていたのは――宇宙戦国時代。
銀河帝国の覇権を巡って……。
攻略対象たる男性キャラクターたちは、パーソナル・ラバー――通称PLと呼ばれる人型機動兵器に乗り込み、相争う。
キーとなるのは、主人公たる少女の存在だ。
彼女は、なんてことのない平民出身だったのだが……。
実は、亡き銀河皇帝が唯一残していた隠し子であり、否が応でも、歴史の表舞台へと立たされることになる。
彼女を娶ることは、銀河皇帝への最短キップ……。
攻略対象たちは、PLを用いて軍事的な激突をする傍ら、彼女を巡っても深く対立することになるのであった。
つまり、パーソナル・ラバーとは、作中に登場する兵器の名称であると共に、主人公とプレイヤーが選ぶ唯一の相手を指す言葉でもあるわけだな。
いやあ、なんとも血沸き肉躍る筋書きである。
特筆すべきは、主人公が選択したルートによって、登場人物たちの運命が大きく変わることだろう。
何しろ、攻略対象たちは戦国武将のような立ち位置であり、互いに皇帝の地位を狙っている間柄だ。
ある攻略対象を選べば、他の攻略対象が攻め滅ぼされ、戦死することとなり……。
別のルートに進めば、先のルートで死亡した攻略対象が大活躍し、勝敗はひっくり返ることとなる。
それはつまり、攻略対象たちが搭乗するPLたちの活躍ぶりも、二転三転するということ……。
――万能型。
――白兵型。
――高機動型。
――重火力型。
それぞれ特性の異なる機体たちが、様々なシチュエーションで戦い、異なる運命を辿る……。
ロボットモノ大好き人間としては、興奮せざるを得ない。
というか、ぶっちゃけこのゲームを作った人たちって、ロボットモノがやりたかっただけで、乙女ゲーそのものにはあまり重きを置いてないんじゃないかと思う。
そのくらい、ロボットの戦闘に関する描写が濃厚で――緻密。
TIPSという作中の設定を解説する辞書機能のようなものがあるのだが、それだけでかなりの文章量だもの。
PLの動力源や操縦系統など、ただ作中でロボットを登場させるだけなら、ふんわり誤魔化せばいい。
しかし、そこで空想に空想を重ね設定を積み重ねてしまう気持ち……同じ穴のムジナとして、分かりみが深すぎるぜ!
同好の士が魂を込めた作品というものは、同好の士に深々と突き刺さるもの……。
俺は『パーソナル・ラバーズ』にドハマりし、自分でも購入。
全ルートをコンプした後も、リピートプレイをするほどのファンとなった。
そうなると、これだけの名作であっても……いや、だからこそか。
少しだけ、引っかかってしまう箇所が出てくる。
それが、作中に登場する人物の一人――カミュという少女だ。
少女であることから分かる通り、彼女は攻略対象ではない。
どころか、あらゆるルートにおいて主人公と敵対する存在であった。
妹が言うところによると、悪役令嬢ポジションというやつらしい。
まあ、俺から言わせると、ヴィランだな。
攻略対象たちが、主人公の選択次第で幸福な結末を迎えるのに対して、このカミュにそういった救済は存在しない。
大公家の娘である彼女は、自分の家が帝国の実権を握るために、皇帝の娘である主人公を抹殺……あるいは失脚させようと奔走する。
が、物語の必然としてそれらの試みは上手くいかず、どのルートにおいても、腐敗した旧体制の象徴として、彼女と大公家は滅ぼされることになるのだ。
うーん、ツラはすごく好きなんだけどな。
こう、銀髪のクール系美少女って感じで。
まあ、でも、物語を盛り上げるための敵役ってのは必要不可欠だし、納期やら尺やらの問題もある。
まして、攻略対象でもないキャラのために、いちいち救済ルートを作るわけにもいかないのだろう。
何度目か分からぬ周回プレイを終えて、ベッドの上に倒れ込む。
そのまま俺は、眠りに落ちるべく目を閉じたのであった。
--
そして、目覚める。
「ううん……」
目覚めて、まず最初に感じたのは違和感だ。
何に対してかって? あらゆる事象に対してである。
まず、ベッドがありえないくらいのふかふか具合。
俺が使っているベッドは、鉄パイプを組み合わせたようなやっすい代物であり、まして、天蓋など付いていようはずもない。
運動できそうなくらい広々とした室内には、小学生時代から愛用してきた学習机も、モニターもゲーム機もプラモが飾られた棚も存在しない。
代わりにあるのは、西洋の……それもアンティーク調な家具の数々だった。
「なんだ……?
なんだなんだなんだ……?」
混乱しながら、自分の体をまさぐる。
明らかに――手足が短い。
そして、起きた時に付き物の朝勃ちもない。
というか、男性器そのものが消失していた。
「か、鏡……!」
ベッドから飛び降り、室内に存在する姿見の前へ駆け出す。
ただそれだけの動作だというのに、ばかに視点が低いこの体は頭身のバランスが整っておらず、転びそうになってしまう。
全身が……ことに足元がスースーする。
着ているのが、ネグリジェのような――というか普通にネグリジェであるからだ。
「これは……!」
そうして立った姿見の前で、俺は……いや俺でいいのか、これ?
とにかく、絶句することになった。
そこに映されていたのは、驚くほどの美少女だったのである。
それそのものが鏡のように何かを映し出しそうなほど輝いている銀髪は、短めに整えられており……。
氷碧色の瞳は、星空が瞬いているかのよう……。
愛らしい造作をした顔は、今はただ、困惑に歪められていた。
「な、なんじゃこりゃー!?」
叫んでみて、ハッキリと理解する。
鈴がなるようなこの声も、俺のものではない。
「い、一体何がどうなって……」
鏡の前でわたわたとしてしまう。
――コン、コン。
……と、ドアを叩く音がしたのは、その時だ。
「ひゃ、ひゃい?」
「お嬢様。
何やら騒がしいようですが、お目覚めになられましたか?」
噛み噛みで返事をすると、ドアの向こうからそのような声がこぼれてくる。
「え、えっと……」
お嬢様って誰? 俺のこと?
より正確に言うと、今俺が操っているこの体のことか?
そのような言葉が脳で羅列されるも、口から出ていくことはない。
「……?
お嬢様、失礼しますよ?」
そうこうしている内に、ドアが開かれた。
姿を現したのは――メイド。
こう、メイド喫茶とかで見るようなやつではなく、古式ゆかしいガチなメイド服を着た金髪の少女メイドさんだ。
――エリナ。
不意に、脳裏で彼女の名前がひらめく。
そうだ。彼女の名はエリナ。
今年で十三歳になる俺専属のメイドである。
それだけじゃない。
ひらめくものは、もう一つ……。
俺の――そう、この体の名前であった。
「あら、やっぱりお目覚めになられてましたね。
――カミュお嬢様」
エリナがそう言いながら、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「さあ、お着替えをいたしましょう」
そして、手にしていた着替えを一度ベッドに置くと、俺の着ているネグリジェを脱がしにかかった。
「ん……」
俺はそれに、抵抗するようなことはしない。
まだ十三歳だというのに、侍女長もかくやという手際の良さを見せる彼女の手で着替えさせられるのは、毎朝のルーティンであるからだ。
「さ、これで大丈夫ですよ」
大公家の令嬢にふさわしい(?)ゴシックロリータファッションとなった俺を見て、エリナが腰に手をやりながらうなずく。
「それじゃ、カーテンも開けましょうね」
それから、室内にいくつもあるカーテンを次々と開けていった。
そうすることで、見えた窓の先……。
そこにあったのは、朝の青空ではない。
全長十八メートルはあろうかという巨大な人型機械の上半身である。
「あれは……」
大慌てで窓に近寄り、マシーンの全体像を観察した。
全体的なシルエットは、トップアスリートのように細身……。
特に、腰部の辺りはおそろしくキュッとしていて、よくこれで必要な強度を確保できるものだと感心させられる。
頭部は、例えるなら軍帽を被った兵士のよう……。
単眼のカメラアイが
両肩と両腰に浮遊しているのは、自律型のスマート・ウェポン・ユニット。
これらは、機体本体と接続しないことによって、本体の運動性能を阻害することなく、戦闘力を向上させることに成功しているのである。
俺は……この機体を、PLの名前を知っていた。
「……ティルフィング」
「あら、殿方が乗る兵器の名前なんて、よくご存じでしたね。
でも、それも当然か。
お父様の――旦那様の専用機なんですから。
どうやら、先ほどご帰還されたようです」
エリナが――彼女にとっては当たり前だが――当然のことのようにそう告げる。
そうなのだ。
あの機体……ティルフィングは、ロマーノフ大公が搭乗する専用機として、『パーソナル・ラバーズ』のどのルートにおいても立ちはだかってくる難敵であった。
そして、俺は――ああ、信じがたいことだが――あれに搭乗しているウォルガフ・ロマーノフの娘に転生したのだということを、今はハッキリと理解していたのである。
すなわち……。
『パーソナル・ラバーズ』の悪役令嬢、カミュ・ロマーノフに……。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084630763770
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084630787001
そして、お読み頂きありがとうございます。
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