おねだり
なんのネット小説だったかな……。
とにかく、そいつは異世界に転生する内容だったのだが、転生していると理解した主人公が「やったー! 異世界転生だー!」と喜んでいたのに、ひどく違和感があったのを覚えてる。
第一に、こういう反応が出てくるのは、それをあり得る事象として認識している人間だけだ。
例えば、宝くじに当選して「やったー! 一万円儲けた!」となるような、な。
異世界転生があり得るものなんじゃないかと考えて日々生きてきた人間というのは、ちょっとお近付きになりたくない人種であった。
そして、第二に……お前、今までの人生へどんだけ不満があったんだよという話である。
しかも、しかもだ……新天地でリセットしたいだけというなら、転生前でも手段は無数にあった。
まあ、学生身分じゃ難しいだろうが、それとて、社会人になると同時に誰も自分を知らない場所へ行けばいいだけのことである。
それに、誰しも好きな番組やゲーム、音楽に漫画などがあるものだろう。
それら全てと今後触れ得ない人生になったというのに、大喜びするというのは、これはもう意味が分からない。
だから、俺はこの状況を喜ぶことがない。
まして、今まで男として生きてきたというのに、いきなり女の子の体になっちまっているのだ。
俺はこれまでの人生でノーマルだったし、別に性転換願望もねえぞ。
「もう……お嬢様ってば、そんなに窓に張り付いて。
旦那様がご帰還されたのが、そんなに嬉しいのですか?」
ゆえに、俺はエリナの呆れ声を聞きながら……。
ゲーム世界に転生してしまった象徴たるティルフィングの姿へ釘付けとなり、わなわな震えていたのであった。
と、そうしているとだ。
――ガキンッ!
金属同士の触れ合う音を響かせながら、ティルフィングの周囲へ浮遊していたスマート・ウェポン・ユニットが、肩部と腰のハード・ポイントへ連結されていく。
そして、主動力たるプラネット・リアクターの稼働を止められたティルフィングが、膝立ちの姿勢となって各関節をロックする。
動作としては、ただそれだけ……。
だが、窓越しに眺める人型機械が見せた挙動の、なんと重々しく、情報量に溢れたものであろうか……。
プラネット・リアクターが発していたモスキート音じみた稼働音が消え去る際の、はかなさ……。
膝立ち姿勢へ移行する際に響き渡った、アクチュエーターの動作音……。
力を失った鋼鉄の戦士が、眠りに付くかのようなこの待機姿勢……。
その上で、各関節の固定ボルトが動作した音は、戦士に真の眠りなど存在しないことを暗示しているかのようだった。
かっ……。
かっこよすぎる……!
「お嬢様。
食堂へ行って、旦那様と朝食にしましょう」
相変わらずエリナの声をガン無視したまま、俺はわなわなと震え続ける。
事ここに至って、俺の胸中を満たす感情は一つ。
そう……。
――やったー!
――ロボットのある世界に転生だー!
--
銀河帝国大公ウォルガフ・ロマーノフを表す言葉はいくつかあるが、その中で本人が最も気に入っているのは、
――鉄の男。
……という異名であった。
帝国貴族最大の軍団を率い、領内におけるあらゆる悪党の跳梁を許さない。
その強さと厳格さが、一言に濃縮された呼び名であると思うからである。
また、たかが辺境に発生した宇宙海賊討伐へ当主たる自らが出陣したのは、その異名を体現する人物であることを、内外に知らしめるためであった。
「カミュお嬢様が、食堂でお待ちです」
「うむ……」
パイロットスーツを脱ぎ捨てて礼服姿となり、屋敷の廊下を歩む。
齢四十……一般的には、そろそろ衰えを感じてもよい頃合いであるが、ウォルガフにそれはない。
背筋はピンと張り詰めており、カッカッと廊下を打ち鳴らす靴の音は、聞く者を萎縮させる圧力に溢れていた。
原動力となっているのは――野心。
現在の銀河皇帝は、まだ三十を迎えたばかりという若さとはいえ、世継ぎがいない。
となれば、いずれ自分が政治の実権を握る機会もあるのではないかと、そう睨んでいる。
やりたいことは、いくらでもあった。
例えば、自分たち貴族階級を代表する富裕層と貧困階級に横たわる格差の是正……。
栄光あるロマーノフ領にすら海賊が出没する荒れた世の再建……。
これら問題にメスを入れ、治療することが自分という男に与えられた天命ではないかと、そう睨んでいるのだ。
と、そんなことを考えている内に食堂へ辿り着き、朝食となる。
席を同じくするのは、一人娘――カミュであった。
妻が亡き今、こうして朝食を共にできる家族というのは、この娘のみであり……。
ウォルガフは、生来の不器用さもあって、どう接したものか迷いあぐねている。
絶対なのは、大公家の一人娘に相応しいレディへ育て上げるということ……。
教養、作法、人望……全ての備わった女性になってもらわなければならなかった。
それは、親心という以上に、たった一人の娘が、自らの野望を達成する上での重要な戦力であると睨んでいるからである。
――カチャ。
――カチャリ。
今のところ、育成は上手くいっているといえるだろう。
と、いっても、家を守る家臣たちの手腕によるものであるが……。
ともかく、カミュが朝食を食べる姿は貴族としてのマナーを厳守したものであった。
――ふうむ……。
こうしていると、実の子ながら、氷のような娘である。
幸いにも、己ではなく妻の血を濃く引いてくれた彼女は、幼いながらに――美しい。
それが、プログラムされたマシーンのように規則正しく食事をしている様からは、食事という生物にとって温かな行為をしていながら、氷雪のごとき冷たさが感じられてしまうのだ。
――鋼鉄の娘は、氷か……。
そう思いながら、口を開く。
とにもかくにも、会話というものをして、父と娘二人の家庭を回さねばならない。
辺境の海賊でも倒している方がよほど気楽な……しかし、決して避けられない任務がこれであった。
「なあ、カミュよ?」
「どうされましたか、お父様?」
「うむ……」
小首をかしげられて、考え込む。
さて、何を言ったものか……。
こういう時、どんな言葉をかければいいか……。
迷い抜いた末に鉄の男が繰り出したのは、一種安直な……逃げともいえる言葉であった。
「何か、してほしいことはないか?
悪者を退治するためとはいえ、しばらく、お前を一人にさせてしまったからな。
いや、それだけではないか。
公務を優先し、お前に寂しい思いをさせている自覚はある。
何か、埋め合わせがしたい」
さて、どのような希望が出てくるものだろうか……。
新しい服か? それともアクセサリーか?
いずれにせよ、物的な品々ならば、ロマーノフ大公である自分にとって、何の問題もない。
無尽蔵に与えるのはよくなかろうが、ある程度の品を潤沢に備えておくことは、むしろ大公家の令嬢に必要なことである。
困るのは、多忙である自分と一緒に旅行へ行きたいだとか、ペットが飼いたいだとか言われた場合であるが……それも、可能な限りで叶えてやるべきに違いない。
いくらでも避ける理由など作れるが、そうして距離を置き続けた先に待ち構えるだろう親子関係というのはゾッとするし、何より愛する妻に申し訳が立たなかった。
「お父様、それなら……」
カミュが、ゆっくりと口を開く。
「わたしPLに……。
お父様のティルフィングに、乗ってみたいです」
「――ええっ!?」
この言葉には、鉄の男も瞠目するしかない。
何しろ、モノがモノだ。
遊園地の観覧車に乗りたいなどといった願いとは、次元が違うのである。
「か、カミュよ。
確かに、埋め合わせはしたいと言ったし、出来る限り願いは叶えたいと思っている。
しかし、あれはお前が思っているような機械ではない。
見た目より野蛮で、危険で、荒々しいマシーンだ。
何かもっと、違うお願いにしなさい」
わたわたとしながら告げる鉄の男であった。
だが、その程度で言葉を曲げる鉄の男の娘ではない。
「十分に考え、吟味した上でのお願いです。
恐れながら、わたしも
殿方たちが命をかけるマシーンに関しても、相応の知識と経験を持っていなければ、示しがつかないことでしょう」
「た、確かに……。
いや……」
割と筋の通った言い分に納得しそうになってしまったが、すぐに首を振る。
「だとしても、直接に乗る必要はあるまい。
知識だけで十分だ。
何より、そんなはしたない」
これで、議論は終了であった。
自分はウォルガフ・ロマーノフ。鉄の男と呼ばれし者だ。
その決定を変えることなど、何人にも――。
「――ねえ、お願い。
お父様……」
カミュが、かわいらしく上目遣いになりながらおねだりしてくる。
その……破壊力!
なんということだ。天使というのは、ここにいたのであった。
アーッ! 困りますお客様! アーッ!
アーッ! いけませんお客様! アーッ!
鉄壁のごとき意思で耐える自分を見て、カミュが唇に指を当てながら何か考え込んだ。
そして、しばらくそうした後……こう言いながら上目遣いにしてきたのであった。
「ねえ……パパァ?」
「オッケーイ!」
鉄の男は、断固たる意思で了承したのである。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084630818947
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084630844007
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