コックピット体験
「いいか?
重力操作システムによりGが殺されているとはいえ、PLの操縦者にはパイロットスーツの着用が義務付けられている。
しかし、お前は幼いゆえ、サイズの合うスーツがない。
そのため、通常の宇宙服を着ての搭乗となるが、機能はパイロットスーツのそれに比べあまりに貧弱。
よって、今回の試乗は赤子を乗せた程度の動きとなるが、それは甘んじて受け入れよ」
戦闘機のコックピットであると考えれば広く、乗り物の運転席と考えれば手狭なティルフィングの操縦席に座ったお父様は、言葉通り漆黒のパイロットスーツ姿でそう宣言した。
「はい」
メインシートの横合いから引き出し、組み立てられたサブシートにちょこんと腰かけた俺は、胸をときめかせながら答える。
今、着用しているのは、ジュニアサイズの宇宙服であるわけだが……。
もう、これを着た瞬間からわくわくが止まらない。
だって、宇宙服なんだぜ? フロンティアスピリッツの結晶とでも呼ぶべき代物だ。
しかも、前世の報道などで見たそれと異なり、あまりにスマートで、それでいて高機能な代物であった。
贅沢を言うなら、隣のお父様みたく、より洗練されたデザインのパイロットスーツを着てみたかったものだが……。
これだけでも、俺の好奇心を満たし、刺激するには十分である。
そして、リモートコントロールされた機体の手によって持ち上げられ、実際に乗り込んだ胸部コックピット……。
この――ゴテゴテ感!
ロボットモノのコックピットといえば、装甲を透過したかのごとき全周天モニターが採用されることもあるが、PLのコックピットというものは、ジェット戦闘機のそれに近い。
計器という計器が、メインシート周辺へ機能的に……それでいて、みっしりと配置され、前と左右には、縦長のモニターが合計三枚配置されているのだ。
サブシートを展開できるだけの空間的余裕があるのは、十八メートル級である機体の巨大さと、メンテナンスの都合によるものだろう。
まるで、まるで……情報量の洪水みたいな空間であった。
『パーソナル・ラバーズ』作中のスチルでもコックピット内描写はあったが、実際に乗り込んでみたその光景は、平面の一枚絵などでは到底表しきれない感動である。
「どうだ?
物々しくて、怖くなったか?
別に、今からやめにしたっていいんだぞ?」
「とんでもありません!
この、視界を埋め尽くすような計器の数々……。
それぞれがどのような機能を持っているか、カミュは知りたくてたまらないのです。
それに、この――モニター。
これが機能し、外の光景が映し出されたのを見なければ、死んでも死にきれません」
何しろ、よく分からないけど転生しちゃってる俺が言うのだ。死んでも死にきれないという言葉の説得力というものが違う。
「そ、そうか……」
お父様は俺の剣幕にやや引きながらも、それ以上降ろそうということはしなかった。
「では、起動するか」
「はい、お願いします……パパ」
「うっほお!
よし! ティルフィング! 起動手順開始!」
パパ呼びされたお父様が、絶好調な感じで力強く叫び、各種計器を操作していく。
この男――チョロい!
まあ、それも仕方がないだろう。
カミュ・ロマーノフとなった今の俺は、自分で言うのもなんだが、恐ろしいほどの超絶美少女である。
それにパパ呼びされたならば、テンションの上がらない男親などいるはずもなかった。
「プラネット・リアクター起動……」
まずは、ひと際目を引くスイッチが数秒間押され、モスキート音じみた高く静かな起動音と共に、主動力たるプラネット・リアクターへ火が入る。
同時に、右側のサブモニターへいくつかの項目が表示された。
動力系、武装系、操縦系など、各部位のステータスが表示され、AIによるチェックを受けているのだ。
「起動前診断、よし」
あ、こういう時には、きっちり指差し確認するんすね。
サブモニターに人差し指を向けたお父様の姿はどこか滑稽だが、真剣そのものな……プロとしての表情である。
「PLの操縦モードは、大きく三つに分けられる。
すなわち、戦闘用、移動用、待機用だ。
当然、今回は武装など使わないから、移動用モードで動かすぞ」
そう言いながらお父様が、手元のタッチパネルを操作した。
――カチン!
――カチン!
同時に、メインシートの手すりと一体化した一対の操縦桿から、そのような音が漏れ聞こえる。
おそらく、誤作動防止のために施されていたロックが、操縦モード選択と共に解除されたのだ。
と、中央のメインモニターに、一瞬だけ『ACTIVE』という文字が表示され、次いで外の光景が映し出された。
庭の石畳と、巨大な人型機械の胴体と膝……。
頭部のメインカメラが映し出した光景だ。
今、モニターに映されている胸部装甲……。
その内側に、俺はいる。
この感動を、どう例えればいいものか。
例えば、新車のシートに被さっているビニールを破くあの感覚。
あれを、何百倍にも高めたものといえば、伝わるだろうか。
「いいかな?
では、動かすぞ」
お父様がそう言いながら、操縦桿を軽く引く。
その操作に呼応し、ティルフィングが動いた。
重々しい……まさに鋼鉄の巨人といった動作で、立ち上がってみせたのである。
これは……! これは……!
「お父様! 立ちました!
大地に立ちましたよ! お父様!」
自分でも頬が紅潮していることを自覚しながら、お父様を見上げた。
「ハッハッハ……!
そうとも、立ち上がったとも!
だが、それだけで満足していてはいけないぞ。
これは、戦闘用のマシーンだ。
走ることもできるし、ジャンプだってできる。
それだけではなく、お空を飛ぶこともな。
どれ、一つずつ、やってみせてあげよう」
ご満悦とは、まさにこのこと。
俺以上の絶好調状態となったお父様が、たった今列挙した動作を、ティルフィングに演じさせてみせる。
その、ダイナミックさときたら……!
お父様が言っていた通り、重力操作システムによりGは殺されているので、機体の挙動によって生じる慣性を感じることはできない。
だが、周囲を囲む機械の息遣いが……。
モニターに映る巨人の視界が……。
確かに、今、自分が人型機動兵器に乗っているのだと、全細胞へ実感させてくれるのであった。
「すごい……!
すごいです……! お父様……!」
「ハッハッハ!
そうだろうとも!
これが、当家の威信をかけて製造したティルフィングの力だ!」
場合によっては、狩りなどを行うからなのだが……。
屋敷の周辺は自然豊かな森林地帯となっており、近所迷惑など気にする必要はない。
「わたし、次はバク転してほしいです!」
「オッケーイ!」
「今度は、抱え込み一回宙返り一回ひねり開脚一回伸身一回ひねりをしてほしいです!」
「オッケイケーイ!」
そのため、有頂天となったお父様は、次から次へと――まったく披露する必要のないムーブまで――披露してくれる。
「あはは! とっても楽しいです!」
「いや、はや……。
少し悪ノリし過ぎたようにも思えるが、よくこれだけの動きをして、目が回らないものだ」
「そうなのですか?」
意外な言葉に、モニターからお父様へと目を移す。
俺からすれば、上下左右に目まぐるしく移り変わるモニターの映像は迫力満点で、人間以上の軽快さが主観で味わえるこの体験は、ただただ気分爽快なだけであった。
「うむ……」
そんな俺に対し、パイロットスーツ姿のお父様は、先までと違う……普段通りの威厳がある表情でうなずく。
「普通、なんの訓練も受けてない者がこのような動きへ同席すれば、いかにGが殺されているとはいえ、目を回すか、最悪は吐いてしまうものだ。
それをけろりと耐え、ばかりか楽しんでいるのだから……。
さすがは、我が娘と言っておこう。
お前には、天賦の才があるのやもしれぬ」
「わたしに……天賦の才」
きらり、と……。
心の奥で、何かが光るのを感じる。
そして俺は、その輝きが命じるままに言葉を発したのだ。
「だったら、決めました」
「うん? 何をだ?」
「わたし、将来はPLのパイロットになります!」
「――ええっ!?」
丁度、機体は高高度へ飛翔してからの垂直着地を披露しようとしていたところで……。
――グワッシャーン!
動揺したお父様が操縦をミスった結果、犬神家の一族みたいに頭部から地面へと突き刺さることとなった。
こんな墜落の仕方しても壊れないなんて……素敵!
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084630880949
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