籠城作戦

 ――黒騎士団。


 ロマーノフ大公家が誇る精鋭PL部隊の名であり、銀河最強のPL隊を示す言葉であると考えて、おおよそ間違いはない。

 屈強にして――精強。

 しかも、海賊が跳梁跋扈する昨今であるから、その実力は訓練によってのみ高められたものではなく、実戦経験に裏打ちされたものである。

 その居城――宇宙戦艦シュノンソーのブリーフィングルームに集まった騎士たちを見ながら、騎士団長カール・スノンスキー大佐が重々しく口を開いた。


「諸君……大公閣下直々の指揮による海賊退治を行ったばかりだが、またもや緊急の……そして、大公家の未来に関わる任務が下された」


 ――大公家の未来に関わる任務!


 その言葉を受けて、銀河最強の騎士たちに緊張が走る。

 ロマーノフ大公家といえば、実質的な経済力や戦力では、皇帝家すら上回るであろう大貴族中の大貴族。

 その未来に関わる任務とは、一体……!


 ――敵対勢力が生物兵器でも開発したか。


 ――あるいは、何らかのテロ組織が発見されたか。


 ――はたまた、大公閣下かその愛娘であるご令嬢に、危機が訪れたか。


 騎士たちはそれぞれなりに最悪の想定をしながら、騎士団長の言葉に傾注した。


「端的に作戦目標を伝えよう。

 作戦目標とは、他でもない――ロマーノフ大公家のお屋敷そのものだ。

 諸君らには、騎士団全員でPLに搭乗し、屋敷周辺へ直接降下。

 そのまま、作戦行動へ移ってもらう」


 告げられた作戦目標に、どよめきが走る。

 ロマーノフ大公家の屋敷というのは、要するに自分たち大公家傘下の大脳であるといっていい。

 その周辺に直接降下しての軍事行動なのだから、これは医療行為に例えるなら、開頭手術に匹敵する大事であった。


「時間がない。

 すでに本艦は、あと十分でお屋敷がある惑星タラントに到着する見込みとなっている。

 諸君らは、すぐさま自分の機体に乗り込み、機体内部で残る説明を受けたまえ。

 では――動け」


 その言葉で……。

 弾かれたように騎士団員たちが動く。

 彼らは狭苦しいシュノンソーの内部を風のような速さで駆け抜け、わずか五分後には全員がパイロットスーツ姿となり、PLのコックピットへと収まっていた。

 そこで、彼らが聞いた残りの作戦説明……。

 それは……。




--




 例えるなら、巨大なブースター・ポッドに手足を取り付けたかのような……。

 それこそが、黒騎士団専用PL――トリシャスの姿である。

 異様といえば、あまりに異様なシルエット。

 何しろ、人型機動兵器たるPLでありながら、人の形を固持していないのだ。


 通常のPLに比べ、あまりに細い腰から伸びる両脚は、鳥類のごとき逆関節であり……。

 両腕に備えられているのはマニュピレーターですらなく、ビームガンが手の代わりとして伸びていた。


 まるで――猟犬。

 圧倒的な機動力でもって急行し、敵となる存在を殲滅することだけに特化し、設計されたPL……。

 それこそが、このトリシャスという機体であるのだ。


 そんな攻撃的な機体が、都合九機も遥か上空の先……星界の海から大気圏を超えて飛来し、屋敷を囲うように着地したのだから、その物々しさたるや尋常なものではない。

 しかも、彼らが囲っているのは、主君たるウォルガフ・ロマーノフ大公が住まう屋敷であるのだ。

 もし、何も知らぬ余人がこの光景を見たならば、下克上のそれであると勘違いしたことであろう。


 だが、忠実なる黒騎士たちが迅速に飛来し、展開したのは、そのようによこしまな目的のためではない。

 逆だ。

 むしろ、主家へ訪れた最大の窮地を救うべく、馳せ参じてきたのである。


 ゆえに、降下したトリシャスらがロックを解除するのは、主兵装たる腕部ビームガンではない。

 機体の頭部に備わった外部スピーカーであった。

 黒騎士たちは、精一杯に声を張り上げる。

 悪党へそうするように、ただ威圧するだけではない……。

 精一杯の慈愛と、尊敬の念を込めて……。

 そう……。


『カミュお嬢様! どうかお部屋から出ていらして下さい!』


『大公様は、深く悲しんでおられます!』


『どうか! どうか我らに免じて、お父上ともう一度話し合いの場を設けて頂きたく……!』


 銀河最強のPL部隊は、父親と喧嘩して部屋に引き籠もったご令嬢を説得するという緊急にして重要な任務のために派遣されたのであった。




--




『お嬢様ーっ!』


『お願いですから出てきて下さい!』


『お腹も空いたことでしょう!

 今なら、パインサラダとパインステーキとパインパンケーキのスペシャルセットが食べられますよ!』


 いや、誰が食べるかよ! そんな死亡フラグ欲張りセットな食事!

 ……なんてことを思いつつも、俺……いや、わたしの視線は、窓の外へ見えるPL――トリシャスらの姿へ釘付けとなっていた。


 『パーソナル・ラバーズ』において、あの機体が登場するイベントはルートを問わず二つある。

 すなわち、中盤に攻略対象と主人公の陣営へ急襲を仕掛け、一度は窮地へ陥れるイベント……。

 そして、最終決戦時の二つであった。


 両方とも印象的だが、ゲーム全体で見てみると、いかにも出番が少ない。

 そのため、スチルも一種類だけで、こうしてまじまじと観察する機会は初めてなのだ。


「はぁー……カッコイイ……」


 窓に張り付きながら、必死にこちらへ訴えかけるトリシャスの姿を見つめる。

 あえて人型を採用していないこともあり、ゲームだと恐怖の象徴みたいな存在だったこの機体だが、こうして必死に子供を説得しにかかる姿は、どこか愛嬌があるな。


「お嬢様……。

 こうして、精鋭の騎士団まで巻き込んでしまっていることですし、どうか旦那様と話し合いの機会を設けては頂けませんか?」


 そんな風に過ごしていると、背後からお付きメイドであるエリナの声がかかった。

 ちなみに、彼女の背後へさらに存在するのは、自室のドアを塞ぐべく立てかけられた家具の数々である。

 職人が腕によりをかけ作った調度の数々は、「こんなの自分たちの役割じゃない」と恨みの念を向けてきているかのようだったが、そんなの知ったことではない。

 今はこのわたしこと、カミュ・ロマーノフの人生がかかった場面なのだ。


 いや、わたしではなく、俺か……?


 ティルフィングに同乗させてもらってから、はや三日……。

 俺は、前世の人格と今世のそれが徐々に融合し、統合されていくのを感じていた。

 ベースとなっているのは前世の人格であるが、それに、カミュとしての記憶や人格も溶け合い混ざり合っているのだ。


 ――でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。


 重要なのは、俺がPLのパイロットを目指すことについて、お父様から承諾を得ることなのである。


「なりません」


 振り向き、律儀にこの籠城へ付き従うメイドへ、力強く宣言した。


「わたしは、すでにPLのパイロットになると心に決めました。

 いかに宇宙でただ一人の親といえど、いえ、だからこそ、この決意を曲げることはできません。

 わたしは、お父様からの支援が得られない限り、この部屋から一歩も出ませんとも!」


「ですが、籠城前に持ち込んだ保存食やお菓子も限りがありますよ?

 お風呂もトイレもあるとはいえ、限られた道具では洗濯もままなりませんし……」


「どれほど不自由でも、この意思は貫きます。

 そう……例え、餓死することになろうとも!」


「あの……私もいるんですけど?」


「一緒に餓死なさい!」


「そんなあ……」


 忠実なるメイドと、コントじみたやり取りを続ける。

 魂の籠城作戦は、まだまだ続きそうな気配であった。



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084630976121

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084631000343



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