パイロットスーツ

 ロマーノフ大公家のご令嬢たるカミュが、断固とした籠城を続ける一方……。


「だ、旦那様……少しは何か食べられた方が……!

 せめて、お粥だけでも……!」


 餓死寸前のところまで追い詰められているのが、父親たるウォルガフ・ロマーノフその人であった。


「今は、食欲がない……」


 そう言いながら、執務机に収まる彼の姿を見て、鉄の男という二つ名を思い出せる者は存在すまい。

 頬はくぼみ、野心に燃えていたはずの瞳からは、路傍の石ころがごとく輝きが失せ……。

 銀河帝国一の貴族家当主というよりは、博物館へ陳列されているエジプトのミイラみたいな有り様なのだ。


「ですが、このままでは……!

 旦那様の身に何かあれば、ロマノーフ大公領二百億の民が、路頭へ彷徨うことになります」


「彷徨う……彷徨うか……うぇっへっへっへ」


 忠言する老執事に対し、ウォルガフは怪しげな様子で笑みをこぼした。


「だったら、何か?

 このおれに、民たちを導けというのか?

 自分の娘一人、満足に導けないこのおれになあ……?」


「一番近しい存在だからこそ、意思の疎通はかえって難しいというもの。

 何も気落ちする必要はございません」


 なおも説得する老執事の様子は、真剣そのものだ。

 何しろ、この三日間……。

 ウォルガフは大公としての公務が何一つ手に付いておらず、領地運営に大いなる支障が出ているのである。


 ――こうなったら、黒騎士団を投入だ!


 ――黒騎士団なら……我が最強の騎士団ならば、きっとなんとかしてくれる!


 ……ばかりか、などと訳の分からないことをほざき、虎の子である黒騎士団に緊急出動要請を発したのであった。

 間違いない。

 この、ウォルガフ・ロマーノフという男……気が動転している。


「セバスティアン……お前には分かるまい。

 実の娘からそっぽを向かれる男親の気持ちが……」


「わたくし、娘どころか孫もおりますが?

 つーか、その孫娘がお嬢様のお付きメイドであるエリナですが?」


 とうとう、判断力ばかりか記憶力まで怪しくなってきているバカ大公に訂正した。

 こうなってはもう、大公家どころか銀河帝国の危機である。

 何しろ、帝国内で絶大な権力を誇るロマーノフ大公家なので、ここの経済活動その他が停滞することは、銀河帝国の心停止を意味していた。


 ――めんどくせえな、このおっさん。


 子供の頃から面倒を見てきた主君に対し、心中でそう毒づきながらも、セバスティアンは思案する。

 この状況を打開することは、大公家を救うことであり、すなわち、銀河帝国そのものを救うこと……。

 そのために働くことこそ、自分の使命であると心得ていた。


「ならば、何か……妥協案を考えてみてはいかがでしょうか?」


「何? 妥協案だと?」


 背もたれに体重を預け、ゾンビのごとくグデーッとしていたウォルガフが、わずかに息を吹き返す。


「いかにも……。

 そもそも、旦那様は今回の件をイチかゼロかで考えすぎなのです。

 いいですか? お嬢様は、まだ十二歳。様々なものに興味を抱き、挑戦したいと考えるお年頃なのですよ?

 まして、将来の夢などというものは簡単に揺れ動くことでしょう。

 ならば、ひとまず条件付きで、挑戦することを許可してもよろしいのではないでしょうか?

 要するに、ダンスやピアノなどといった習い事と似たようなものであると、そう考えればいいのです」


「な、なるほど……」


 二十年ぶりくらいに子供へ言い聞かせるように告げると、やや納得した風にウォルガフがうなずく。

 しかし、すぐさま首を横に振ったのだ。


「いいや、駄目だ。

 そうは言うが、モノがモノだぞ?

 もし、何か重大な事故でも起こったなら……。

 そうでなかったとしても、怪我でもするようなことがあったら、どうする?

 おれは、あの子がいない世界で生きていける自信がない」


 なんか、つい先日くらいまで、娘一人で留守番させて宇宙海賊退治に出かけていたのと同一人物とは思えない言葉であった。

 この三日間で……というよりは、PL試乗を通じての親子交流によって、娘かわいさに目覚める何がしかがあったのかもしれない。


 ――ふうむ、あとひと押し。


 ともかく、それはそれで好ましいことなのだが、現状では足かせだ。

 セバスティアンは懐から携帯端末を取り出すと、お嬢様と共に籠城中の孫娘へ情報共有を試みるのであった。




--




「お嬢様、お爺様から連絡です。

 どうやら、旦那様はお爺様の説得により、許可を与える方向へやや傾きつつあるということ……。

 ただ、あとひと押し……決定的に心を動かすだけの材料が足りないとのことです」


「ふむ……さすがはセバスティアン、いい仕事をしてくれますね。

 ですが、あとひと押しか……どうしたものでしょう」


 窓の外では、相変わらず黒騎士団搭乗のトリシャスがこちらに向けて説得の言葉を投げかけており……。

 そんなカッコイイ機動兵器の姿を肴に茶なんぞしばいていた俺は、あごに手をやりながら考え込む。


「この場合、ひと押しというのは、こちらのワガママを通すというより、先方にとって嬉しい何かであると考えるべきでしょうね」


「ご慧眼かと。

 押して駄目なら、引いてみるもの……。

 ここでひとつ、やり方を変えてみるのは良策だと思います」


 ティーテーブルのそばで控えていたエリナが、そう言いながらうなずく。

 ……うん、なんでもいいからこのバカ騒ぎを終わりにしてほしいという気持ちが、ありありと伝わってくる!

 まあ、俺としても、かわいい家臣たちや虎の子である黒騎士団を親子喧嘩に巻き込み続けるのは本意じゃないのだ。


「お父様にとって、嬉しい何か……」


 そこで、解決の決定打となりうる何かについて、真剣に検討する。

 お父様ことウォルガフ・ロマーノフにとって、嬉しい何か……。

 そして、俺の脳味噌は、すぐに素晴らしいアイデアを思いついたのだ。


「エリナ……ペンタブレットを用意しなさい」




--




「なあ、おい、セバスティアン……。

 主人の前で端末いじり夢中になるというのは、いかがなものかと思うが?」


「旦那様が使い物にならないので、せめてメールなどチェックさせて頂いているのです」


 主人の文句を聞き流しながら、老執事セバスティアンは携帯端末の操作を続ける。

 実際、目の前でグデッとなっているアホが約束をすっぽかしたりしているせいで、矢のように督促のメールが届いているため、時に謝り時に仮病を使い……セバスティアンはなかなか忙しいこととなっていた。

 と、新着のメール――主人ではなく自分宛てのそれだ――を見て、指の動きが止まる。


「――こ、これは!?」


 そして、添付された画像データを見て、くわと目を見開いたのだ。


「どうした? 何か面白いメールでもあったか?」


「今、転送します。

 ご自身の目でお確かめ下さい」


 セバスティアンに促され、ダルそうな身振りで携帯端末を取り出したウォルガフがメールを確認する。


「な、何ィ!?」


 そして、やはり同じように目を見開いたのだ。

 彼が今、見たもの……。

 それは、『パイロットスーツデザイン案』という題の文がない……画像のみ添付されたメールであった。

 その、画像が問題だ。


 おそらく、AIによるコラージュ技術の限りを尽くしたのだろう。

 そこに描かれていたのは、パイロットスーツを着たカミュお嬢様の姿だったのである。


 全体的なカラーリングは――黒。

 これは、ロマーノフ家の象徴的な色であった。

 ただし、要所要所のアーマー部などは白が採用されており、そのコントラストが眩しい。

 しかも、胴体部は水着めいたラインでホワイトカラーが採用されており、全身くまなく覆うスーツでありながら、かわいらしさと……幼いながらのセクシーさが際立っている。


 これは……これは……。

 あまりに――キューティー!


「なあ、セバスティアンよ?

 これは、どういう意味だと思う?」


「どうもこうも、PLの訓練をさせてくれるなら、このパイロットスーツを着用するということかと」


「フ……そうか」


 ウォルガフが、わずかに口元を歪めた。

 それは、銀河帝国随一の貴族にふさわしい威厳がある笑みであり……。

 次に彼は、大きく口を開けてこう宣言したのだ。


「――オッケーイ!」




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093084631552454


 そして、お読み頂きありがとうございます。

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