アーチリッター
「始まったか」
『勝ち馬に乗って、後方から戦いを見物するだけなんだ。
こんな楽な仕事、他にないぜ』
「違いねえ」
ヴァイキンと呼ばれる非正規PLに乗り込み、前方宙域で輝く艦砲射撃の光条を目撃したパイロットは、仲間たちとそんな会話を繰り広げていた。
彼らに課せられた任務は――守備。
『薔薇の園』というセンスがない名を与えられたこの宇宙基地を警護することである。
とはいえ、元々相応の規模を備えていたカトー一派に、自分たち宇宙のならず者たちまでもが加わっているのだ。
その上、チューキョーで起こしたという騒ぎによって、タナカ伯爵家の戦力は徹底的に削がれているという。
相手方が正面艦隊を突破し、ここにまで浸透してくる未来は考えづらく、それが、パイロットたちに楽観的な思考を与えていた。
「この戦いに勝てば、おれたちは晴れて官軍のパイロット様だろう?
お前、何するよ?」
『決まってる。
まずは、女だ。
ここにも店は用意してくれているが、所詮はアバズレ女たちよ。
正規のパイロット様になったとあれば、チューキョーのゲイシャたちも黙っちゃいないさ』
「違いねえ。
正規軍のパイロット様方は、騎士だのサムライだのと言ってもてはやされてるからなあ」
『おうよ。
これからは、おれたちがそうやって持ち上げられる番だ』
パイロットたちの視界に映っているのは、ヴァイキンの粗雑なカメラアイが映し出す光景ではない。
この先に存在する明るい展望だ。
そこでは、日陰者から一転、正式な兵隊となった自分たちが、肩で風を切りながら街を歩いており……。
傍らでは、女が腕を絡み付かせて寄り添っている。
買い物も食事も、誰に遠慮することもないし、ましてや、支払いに困るようなこともない。
どこかに家を買うなり、マンションを借りるなりするのもよいだろう。
そこへ女と共に根付き、やがては子供が生まれ、幸福な家庭を築く。
裏稼業に身をやつしていた者のそれとは思えぬ、実にささやかで……ごく当たり前な望み。
さりとて、自分たちの出自を思えば、決して手にできなかった望みだ。
銀河は……この帝国は、腐っている。
持たぬ者たちは、さらに奪われ、すでに持っている者たちが、ますます肥え太り、財をかき集めているのが実情なのである。
だからこそ、自分たちのように食い詰め、海賊稼業に身を落とすような者が後を絶たないのだ。
「ああ、本当にいいな。
これまでできなかった色んなことを、やって――」
言葉は、そこまでしか告げられなかった。
突如として乗機の背部装甲を衝撃が襲ったかと思うと、それは内部へ深く浸透していき……。
やがては、内部機構を内臓のごとく引きずり出しつつ、前部装甲を貫いていったのである。
コックピットを直撃しなかったのは、幸いだったといえるだろう。
――ビーッ!
――ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「――なんだ!?」
重力コントロールシステムが吸収しきれなかった衝撃に身を揺らしながら、叫ぶ。
メインモニターに映し出されたもの……。
それは、自分の機体を貫いていった……。
「――矢!?
矢を射たれたのか!? おれが!?」
そう……。
グチャグチャになった配線や動力パイプにまみれながら運動エネルギーを消失し、虚空に浮かんでいるのは、古代人が狩猟に用いるような矢だったのである。
当然ながら、矢じりのみならず、シャフトに至るまでがなんらかの合金で製造されているし、羽根のような意味がないものは付けられていないが、これは間違いなく、PLという巨人サイズに合わせて製造された矢であった。
『一体、何が――うお!?』
相方のヴァイキンにもまた、どこからか飛来した矢が襲いかかる。
今度のそれは、横合いから頭部を貫通しており……。
機体統制に必要な部品のことごとくを破壊された僚機は、うなだれるようにして沈黙した。
「なんだ、クソ……どうなってやがる!」
この機体に残された時間は――短い。
すでにPLとしては致命傷を負っており、伝達経路を失ったプラネット・リアクターは安全装置により速やかにその機能を停止。
人間で言うならば、心停止の状態へ陥ろうとしているのだ。
最後の力を振り絞らせ、敵の姿を探す。
果たして、その一念が実ったか……。
ヴァイキンのカメラは、『薔薇の園』周囲へ浮かぶ小惑星帯に身を潜めている敵機の姿を発見した。
全体的なラインから考えて、これは帝国軍の主力量産機リッターを、漆黒に塗装したPLであると推測される。
ただ、頭部には通信能力を増強するためだろうブレードアンテナが装着されており……。
全体的に装甲が削られると共に、可動域の強化を図っていることが見て取れた。
何より特徴的なのは――武装だ。
左腕には、折り畳み式のロングボウが直接装備されており……。
右手には、それよりもいくらか小ぶりのミドルボウが握られている。
今、構えているのはミドルボウの方であり、実に原始的なその武器が、曲がりなりにも戦闘用であるこのヴァイキンに致命的な破壊をもたらしたのだと理解できた。
これは……この敵機は……。
「――弓兵!?」
パイロットが叫ぶと共に、彼を乗せたヴァイキンは機能停止した。
--
「まずは、二機……。
慣らしとしては、上々かな。
でもまだ、ここからだよ。
――アーチリッター」
コックピット内で息を呑んでいた俺は、無事に敵機が機能停止したのを確認して、愛機にそう呼びかける。
そう……もはや、この機体は単なる量産機ではない。
俺の注文に従って、ユーリ君たちが修理と強化改修を施し、カスタムPLとして生まれ変わっていた。
その名も――アーチリッター。
武装は、手持ち式のミドルボウと左腕部に一体化した折り畳み式のロングボウのみ。
その他、一切の武装は持たず、背部へアロー・ラックを備えるのみだ。
二つの弓は、そもそも輸送船に積まれていたユーリ君の発明品であり、後は回収したそれらの真価を発揮できるよう可動域向上などに務め、ちょいとリアクターをチューンするだけだったため、改造は極めてスムーズだったという。
このような機体を考案するに至ったのは、そもそも、PLという兵器がどうしてこの世界で実用化されているかを思い出したからだ。
そう……PLというか、この世界における機動兵器の真骨頂は、ステルス性にこそある。
例えば、俺たちが乗った輸送船をスカベンジャーズが襲った時のように……。
標準採用されている複合装甲は、電磁波を吸収する能力があり、本気でリアクターを鳴り止ませて潜んだのならば、捕捉は極めて困難なのであった。
だからこそ、有視界での白兵戦などを前提とした人型機動兵器が主役となっているのだ。
ならば、ビーム兵器など反応の強い装備を排除し、攻撃の度にリアクター出力を抑えれば、どうなるか……?
その答え合わせは、ここから始まる。
「さあ、逆賊さんたち……。
見えない相手に後背から襲われる恐怖へ、あなた方はどれほど耐えられますか?」
天才ユーリ君と熟練の職人たちによってチューンされたリアクターは、瞬間的な最高出力から隠密用のそれへと移行し、レーダーから身をくらませていた。
新たな力を得た鋼鉄の騎士が、俺の意思に応え、小隕石を足場にした跳躍で次なる狙撃ポイントへと移っていく……。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087635686928
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087635761050
そして、お読み頂きありがとうございます。
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