決意と作戦

 それから……。

 時間は瞬く間に過ぎ、あっという間に決戦の時を迎えた。

 その間、エリナがしていたことといえば、炊事や洗濯、掃除など、海賊たちの生活環境改善である。


 何しろ、ならず者が寄り集まっての男所帯だ。

 生まれた時からロマーノフ大公家で暮らしてきたエリナからすれば、卒倒するような生活環境であった。


 シンクには洗い物が溜まりっぱなし。

 食材は、冷凍食品やレトルトのみ。

 洗濯物は山のように積み上がっていて、中には、一週間も同じ靴下を履いている者さえいたのである。


 ――やるっきゃない。


 幼い頃からメイドとしてのイロハを叩き込まれたエリナが奮起するのは、当然の環境といえるだろう。


 海賊たちも四の五の言わせず動員し、キッチンは隅から隅までピカピカに。

 洗濯物は洗濯機をフル稼働して、船内中にかけたロープで干した。

 不衛生極まりない海賊たちには、交代でシャワー入ることを命じ……。

 流通が止まった結果、戦場のごとき様相を呈している市場には自らが赴き、祖父セバスティアンから預かったマネーパワーで食材を調達。

 これを調理し、根菜たっぷりのシチューなど振る舞った。

 効果は、抜群と言うしかない。


「スカベンジャーズで一番偉いのはカミュちゃんだ。

 次に偉いのが、エリナちゃんだ」


 わずか一日で、これがスカベンジャーズ構成員の共通認識となっていたのである。


 この非常事態において、エリナがかような仕事へ没頭できていたのは、ひとえに、安堵していたからといえるだろう。

 他でもない……。


 ――PLは奪い返して、海賊を戦力へ引き入れることも果たした。


 ――これでもう、お嬢様が危険な目に遭うことはないだろう。


 そう思っていたからだ。

 だから、旗艦ハーレーの会議室から殿方たちと共にカミュが姿を現した時は、心底から驚いたのである。


「お、お嬢様!?

 どうしてここに!?

 ここでは戦いに向け、作戦会議を行っていると聞いていますが!?」


「エリナ、まずは落ち着いてバケツとモップを置きなさい。中の水がこぼれてしまいますよ?

 そして、わたしが戦いへ向けた話し合いに参加していた理由は簡単。

 参戦するからです」


「どうしてですか!?」


 ――パシャアッ!


 ……と、興奮のあまり手にしたバケツから水がこぼれた。

 だが、主の方は気にした様子がなく、すまし顔である。


「まず第一に、この海賊団を率いるのはわたしです。

 自ら戦わない頭についてくるほど、海賊という人たちはぬるくありません」


「ハッ! まあ、当然だな。

 オレたちスカベンジャーズは、ヘッド自らが先頭へ立つのが流儀――」


「――あなたは黙ってなさい」


「……うす」


 元は海賊団船長、今は三下の少年が、エリナの迫力に気圧されてすごすごと隅に移動した。

 心なしか、妙な形に固めた赤髪もへたれているように見えたが、今はそんなことどうでもいい。


「だったら、指揮権をケンジ様なりアレル様なりに譲って――」


「――エリナ、これは電子書類で行われた冷たい契約ではありません。

 人と人との間で交わされた血の通った主従契約です。

 わたしは、彼らを自らの下につけると約束し、彼らはそれを受け入れた。

 この段階で、わたしには彼らを率いるにふさわしく振る舞う責任があります」


 意外にも……。

 アレルとケンジが、カミュの言葉へ真面目な顔でうなずく。

 二人共が大貴族家の当主であり、その立場から見て、カミュの考え方はもっともなものであると支持しているのだ。


「でも……だったら……いっそのこと、海賊と一緒に引きこもってはどうですか?

 この海賊だって、銀河各地へ散っている配下を呼び戻すだけの時間はないから、そう大した戦力ではないんですよね?

 だったら、いてもいなくても同じですよ。

 それに、知っての通り旦那様が――」


 ついっと人差し指をこちらに向けて立て、カミュが言葉を遮る。

 このような仕草には、十二歳の少女とは思えぬ貫禄が宿っていた。


「大した戦力じゃなくても、今の私たちには極めて重要です。

 事に、先程採用した作戦を考えれば、ね。

 お父様の件に関しては、そもそも、間に合う保証がありません。

 よって、ロマーノフ大公領を含める銀河の今後を考えれば、わたしたちが今、現有している戦力で踏ん張る必要があるのです。

 それに、心配する必要はありません。

 ユーリ君が調整してくれた新しいリッターは、ちょっとしたものですよ?」


「リッター……?

 まさか、艦隊を率いるだけでなく、お嬢様自らがPLで出撃されるのですか!?

 死ぬかもしれない戦いなんですよ!?

 さすがに、それだけは他の方へ――」


「――いや、是が非でもカミュ殿の力が必要だ。

 そうと見込んだし、その力があれば勝てると判断したから、僕も参戦するんだ」


 口を挟んできたのは、アレルである。

 さすがは、若年なれど公爵家を率いる人物。

 さっきの三下小僧と異なり、エリナごときが睨んだくらいでは、小揺るぎもしない。


「そして、戦いへ加わるからには、一人前の戦士として扱う。

 出来る限り安全に配慮するなどと、心にも思っていないことは言わない。

 ただ、カミュ嬢ならば十分に生き残れると考えているのは、本心だ」


 ケンジもまた、視線はさまよわせながらも、キッパリと言い切った。


「なんなの……。

 大の男が、二人も揃って。

 それが貴族だとでも、そう言いたいんですか?」


「そうです。

 それが、貴族です」


 エリナの言葉に答えたのは、他ならぬカミュ自身だ。


「そして、わたしこそはグスタフの孫、ウォルガフの子、カミュ・ロマーノフ。

 銀河帝国において、貴族の中の貴族です。

 その立場として、やるべきことは果たさねばなりません。

 モワサ・カトーのごとき邪知暴虐の化身は、必ず打ち倒します」


 真っ直ぐにこちらを見据えるカミュの姿は、まさに――ロマーノフ。

 子供のそれとは思えぬ威容に満ちた立ち姿だ。

 そして、主が鉄の血の片鱗を見せたならば、生まれながらの従者であるエリナが返せる言葉は一つしかない。


「わかり……ました」


「ごめんなさいね。

 あなたが心配するのは、もっともです。

 でも、これはやらないといけないことだから」


 うなだれる自分の頬を、カミュがそっと撫でる。

 ほんの少し前までは、お人形のような……滅多に感情を表さなかった少女。

 それが今は、とてつもなく大きく感じられた。


「ですが、最後にこれだけは聞かせてください。

 勝算は、あるのですか?

 皆さんで作戦を立てたようですが、一体、どのような……」


「まあ、立てたのは僕たちというより……」


「……主にカミュ嬢で、我々は補強しただけなのだがな」


 自分の質問に対し、アレルとケンジがバツの悪そうな表情となる。


「お嬢様が……?」


 これには、驚く他ないエリナであった。

 何しろ、カミュが受けてきた英才教育の数々に、軍事へ関わるそれは存在しない。

 そんな少女が、伯爵家のすう勢を左右する戦いの作戦を立てたというのだ。


「そう、大した作戦ではないですよ」


 カミュが、そっと目をつむる。

 そして、開眼した先に見せたのは、恐ろしく意地の悪い笑顔であった。


「これは受け売りですが……。

 人間が決して勝てないもの……それは、飢えと恐怖です。

 わたしたちは、恐怖でもって、カトー一派を制します」



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087505695587


 そして、お読み頂きありがとうございます。

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