イマジネーション

「お、お嬢様……。

 どうして通信を?」


『いやあ、ケンジ様越しにリッターの強化改修をお願いしましたが、具体的な案を伝え忘れていたもので。

 こうして、アイデアのスケッチを用意してみました』


 目を星のように輝かせたカミュが、そう言いながら手にしたスケッチブックをパラパラとめくる。

 そうすると、否が応でも、彼女がこれまでスケッチしてきた成果を覗き見る形となってしまうのだが……。

 いや、はや……尽きぬ泉があるとすれば、それはカミュ・ロマーノフという少女のイマジネーションであるに違いない。

 鉛筆で描かれているのは、実に多種多様なPLの姿であった。


 片方の腕部そのものが、ガトリングガンにすっぽりと収まったような機体がある……。

 まさか、それで揚力を得るつもりでいるのか? コウモリめいた巨大な翼を背負った機体もあった。

 すさまじいところでは、一体、何の意味があるのか……? 複数のPLが変形合体して四肢を形成し、一つの超巨大PLとなる案まである。


 手にしている得物も、実に様々。

 ライフルやブレード、バズーカなどはかわいいもので、実用性の感じられない大鎌や鎖分銅を手にしているPLや、無数のワイヤーを腕部から放って触手のごとく自在に操るPLまで描かれていた。


 こうなると、もはやPLの強化改修案というよりは、トゥーンだ。

 自由で制約のない発想から生まれる創作なのだ。

 それはいいのだが……。


『まず、最初に思い浮かんだのは、トリモチ・ランチャーの活用です。

 あれをバズーカとして携行するのではなく、腕部に発射装置を作って、クモの糸みたいに射出するんです。

 敵の拘束、先日のように結界を張っての足止め、何かにぶら下がっての急激な方向転換や移動など、応用方法は無限大の画期的なアイデアと思えました。

 が、これには至極当然な問題があったのです。

 そう、自分自身にもくっついちゃうんですね。

 対カラドボルグ戦のようにほぼタイマン状態ならばともかく、実戦でそれは致命的。

 従って、これは断念しました。

 では、代わりにワイヤーを使ってはどうかと思ったのですが、計算したところ、強度を確保するとさほどの長さが確保できませんでした。

 つまり、移動目的で使うにはリーチが短すぎて、戦闘では、ブレードよりはマシな長さの近接戦に限定される用途しか使えません。

 しかも、必然的にワイヤーで敵と結ばれてしまうので、その後は足を止めてのドツき合いです。

 一応、切り離し機構を設けることも考えましたが、やはり対カラドボルグ戦の戦訓から考えると、自分自身にもかなりの勢いで絡みついてしまうことが想定されてしまうため、結局、敵もろともの拘束状態は避けられないでしょう。

 と、いうわけで、先日活用した装備を前面に押し出しての改修案は、遺憾ながら不採用とすることにしました』


 アイデアと同様、カミュの言葉もまた、尽きることがない。

 スケッチブックに描かれたPLの夢想図をこちらに見せながら、ビームマシンガンもかくやという勢いで言霊が紡ぎ出されるのである。


『と、いうわけで、応用性の高いトリモチ――というよりウェブやワイヤーを使った改修案は破棄しましたが、ここで再び考えたのは、いかにして汎用性と応用性を確保するかです。

 そこでわたしは、こう考えました。

 機体の一部……具体的には、バックパック辺りを換装可能にして、バランス型、近距離戦型、砲撃戦型などの特性を後付けで付与できるようにしてはどうかと。

 が、これにも、残念ながら現実的な問題がありました。

 これを運用するとなると、母艦に専用の設備を設ける必要があり、整備性なども悪化。

 しかも、そこまでして戦場に送り出せるのは、結局、一機のPLでしかありません。

 だったら、その設備スペースに二機のリッターを乗せて武装もバラけさせた方が、遥かに楽で戦力的に充実します』


 不思議なもので……。

 恐ろしいほどの早口と熱意で語られる言葉の濁流に対し、ユーリが抱いた想いは好感であった。

 あるいは、共感か。

 そうなのである。

 PLをイジるというのは、楽しいことなのだ。

 男心を刺激してやまない鋼鉄の巨人。

 これを自分色に染め上げ、実際に乗り込むことのなんと心躍ることだろうか。


 現実的な問題として、食い扶持を稼ぐのに機械屋が適していたというのはあった。

 だが、それだけが動機ならば、自分はせっせとジャンクパーツなどを集め、オリジナルのPL用装備を作ったりはしていないだろう。


 ああ、そうだ。

 そういえば、先日の対海賊戦でも……。


「――ふふっ」


『――わたしとしても、これは非常に悔しい!

 スクランブルクロスとか叫びながら格好良く空中換装を行い、守りも固く立ち上がりたかった!

 ですが、設備を用意する金も時間も意味も存在しない以上、これは仕方がなか……。

 ユーリ君? どうしましたか?』


 自分の漏らした笑い声に気づいたカミュが、瞳から怪しげな光を消して尋ねてくる。


「ああ、いえ、すいません。

 ただ、カラドボルグとの戦いを思い出して。

 嬉しかったな、と」


『嬉しかった?』


 ホログラフィック通信というものは、基本的に顔を突き合わせて行うものだ。

 小首をかしげた少女の愛らしさに思わず顔を逸らしながら、続けた。


「あんな思いつきだけのガラクタみたいな装備で、ゴリゴリにカスタマイズしたPLを手玉に取ってくれたんですから、それは、作った方としては冥利に尽きます。

 あんな活用法、ボクには思いつかなかった」


『ユウマ――じゃなかった、ユーリ君。

 想像力を解き放ちましょう』


「想像力……?」


 いきなり真面目な顔となった少女にそう言われ、問い返してしまう。


『そうです。イマジネーションです。

 ロボットは――自由です。

 どう考えても無理がある被り物の中に隠居中の正義がいたっていい……。

 飛行機同士でぶっ刺さり、どこからともなく手足が生えてくるロボットがあってもいい……。

 列車同士で連結合体する結果、合体プロセスで男根が立っているとしか思えないロボットがいてもいい……。

 自由とは、そういうものです』


「挙げられた事例が自由すぎて、ちょっとよく分からないんですが?」


『とにかく、つまらない制約なんて必要ないってことです。

 いいですか?

 今、ユーリ君は銀河で最も整った環境とスタッフを与えられています。

 その上、予算は青天井!

 だったら! 自分の好きをぶつけなくてどうするんですか!?

 単なる整備士ではやりたくてもできないことをやる、一生で一度のチャンスなのですから、思いっきりいきましょう!』


「思いきり、か……。

 はは……」


 ふと、傍らに立体投影している設計図を見やった。

 リッターをベースとしたこれは、基が傑作機ということもあり、完成度の高さは保証されているといえるだろう。

 だが……。


「……おかげで、踏ん切りがつきました。

 せっかくですから、銀河で最強のPLを目指します」


『その意気です。

 ――話を戻しますが、ついでにやってもらうわたしのリッター改修は、これでいきましょう!』


 言いながら、カミュがスケッチブックを広げる。

 そこに描かれていたのは、ユーリの想像を遥かに超えた改修案であった。


「これは……え? こんなのですか?」


『そう難しくはないでしょう?

 要となるモノは乗ってきた輸送機と共に無事なのですから、後は装甲の貼り替えと、関節域を広げるだけです。

 普通のカスタマイズ範疇ですし、ユーリ君とそこの職人さんたちなら、朝飯前ですよね?

 あ、ついでにカラーはロマーノフブラックにしてください』


「それは、そうなんですが……」


 ユーリがとまどうのは、無理もない。

 カミュの改修案は、例えば自分が思い描く最強のPL思想とは、かけ離れた代物であったのだ。


『ユーリ君……。

 あなたやアレル様、あるいはケンジ様やジョグ君が乗る機体ならば、単純な高スペックを目指せばいいでしょう』


 目を閉じたカミュが、神妙に語り出す。

 だが、次の瞬間彼女は、イタズラ小僧のような笑みを浮かべたのである。


『ですが、わたしに必要なのはただ強い機体ではありません。

 勝機を生み出すPLです』




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087446268673


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