ユーリへの無茶振り
『――以上の理由により、我が方は攻撃を実行せざるを得なかった次第である。
コロニー都市であるチューキョーの港湾部を破壊することは、私としても断腸の思いであったこと、どうかご理解頂きたい。
また、先日から行っている通信統制に関しても、都市としての正常な活動のみならず、各企業へ多大な損害をもたらしていること、深く理解し、お詫び申し上げる。
しかし、そのような日々が続くのも、二日後までだ。
二日後、我が方は堂々たる艦隊決戦でもってケンジを打ち破り、真にこのタナカ伯爵領を率いるに相応しいのが誰か、内外へ示すと共に、この非常事態統制を取り払う所存である。
――ケンジよ。
この声明を聞いて、逃げるなら逃げればよい。
しかし、逃避の先に待つのは、自らが伯爵の重責を担うに足りず、この混乱を生み出した元凶であると――』
そこまでラジオが告げたところで、ケンジが放送チャンネルを切り替える。
見えないなりに適当な操作を行った結果、古式ゆかしい携帯ラジオから流れてきたのは、昨年の銀河ヒットチャートであった。
「カトーめ、絶好調とはこのことか」
「一方的に仕掛け、都市機能を掌握し、戦力を削った上でいけしゃあしゃあと決戦を申し込んでくる……。
なんとも、ツラの皮が厚い話だ」
ケンジが苦々しげにつぶやくと、アレルもまた、肩をすくめて同意してみせる。
「ずっと気になってたんですけど、こういうのって、皇帝が待ったをかけたりしないものなんですか?
自分の足元で、下剋上が行われているわけですよね」
「無理だな。
すでに、我らが皇族の力と威信は、地に落ちている。
混乱へ介入するだけの力はないし、だからこそ、海賊などがはびこるのだ」
「それに、我々貴族は、平時随分と自由にやらせてもらっている。
それこそ、皇帝の意などお構いなしにね。
で、困った時にだけはその権威へすがりつくというのは、道理に合わない。
まあ、場合にもよるわけだが……。
各貴族家は独立自尊。お家の問題は、家中で解決せねばならないというのが、実態だ」
ユーリの問いかけに、ケンジとアレルがスラスラと答えた。
なんとも……奇妙にすら感じられる銀河帝国の実態。
だが、世の中というものはえてしてそういうものなのかもしれないし、探せば、歴史上にも同じ袋小路へ陥っている国はあるのだろう。
「と、いうわけで、期限を切られた以上、我々は戦力を整えなければならないわけだが……。
ケンジ、君の艦隊は再建できそうか?」
「調査は終わった。
カトーもそれは避けたかったか、人的被害が出てないのは喜ぶべきだが……。
命を拾った人間の乗るべき機体も艦も、まるで足りていない。
どうにか、旧式の巡洋艦を三隻、PLが一個中隊は確保できそうか。
艦に関しては、共食いのパッチワーク整備で間に合わせるので、まともに動くか当てにならんがな。
そちらは、どうだ?」
「例のジョグ少年がジャミング圏外へ出るついでに一報打たせたが、返事を待つ時間はなかったからな。
むしろ、即座の返信がなかった時点で、推して知るべしだ。
仮に、僕不在の家中が援軍を出すべきと決断したとして、準備から派遣まで、到底、戦いには間に合わない。
光明があるとすれば、同じ通信でロマーノフ大公家からもたらされたあの知らせと、海賊の本家艦隊だな」
「君自身はどうだ?
ハッキリ言って、これは他人事の争い……。
ラノーグ公爵家の柱である君が、命をかける必要はないぞ」
「それは、これから決める。
勝ち目が生まれたなら、ベットするのも悪くない」
「なるほど、やはり、ここへ来たのは正解だったわけだな」
そう言いながら、ケンジが見えない視線を巡らせる。
光を失った彼には、見えているのだろうか?
この工場内に存在した――保管庫。
ちょっとした球場ほどはあろうかという空間へ、コレクションのごとく収められている試作部品の数々が。
「と、いうわけでだ。
ユーリ君……この戦力差が覆せるかどうかは、ひとえに君へかかっている」
「少年。
タナカ家当主として、ここにある資材も、工場の職人たちも、君の裁量で自由に使ってくれて構わないと認めよう。
この圧倒的劣勢を回天せしめる機体……作ってくれるか?」
「いやいやいや、無茶言わないでくださいよ!」
ようやくにも作業着へ着替え、男子としての装いを取り戻したユーリは、秘密工場へ連れてくるなり無茶振りを言い出した年長者たちに、そう言って抗議した。
「ボク、ただの子供で、下っ端の整備士なんですよ?
そんな人間に、命運を託すなんて正気ですか?」
「ただの子供ではあるまい。
事実、その発明品が海賊のカスタムPLとリッターにあった性能差を埋め、カミュ嬢に勝利を掴ませている」
「どこでそんな技術を身に着けたかは、この際問わないが、ミストルティンのレコーダーを見たところ、パイロットとしても申し分ない。
言い忘れたが、作る機体は君の搭乗を前提としてくれ」
「いや、だから無理ですって!」
二人の言葉に、なおも首を振る。
そんなユーリに決心をさせたのは、ケンジの言葉だった。
「だが、これはカミュ嬢の推薦であり、望みなのだ」
「お嬢様の……?」
「ああ、君なら確実に最高のPLを生み出せる。
ここの資材、機材、人員が揃えば、な。
ついでに、自分が乗るリッターの強化改修をお願いしたいそうだ。
随分と、カミュ殿の信頼を得たじゃないか」
「そこまで、ボクのことを……」
脳裏によぎるのは、あの破天荒に過ぎる少女のことだ。
これまで、ユーリの人生というものは、取りこぼしてばかりのそれであったといえるだろう。
しかも、あの可変試作機に乗っていたパイロット……。
間違いなく、あちら側の人間であった。
ならば、向こうがこの一件に関与していることは疑う余地もなく、ユーリとしては、何もかも忘れて逃亡した方がよいとさえ思える状況である。
だが、カミュは素性もよく分からぬユーリに全幅の信頼を置き、このような場へ立たせた。
決して裏切ってはならないものがあることくらい、ユーリの薄い人生経験でも理解できている。
「……やるだけ、やってみます」
「頼んだぞ。
ここの設備を用いても、残された時間では新型一機を製造し、カミュ嬢が乗るリッターの改修を行うのが限界だ。
全ては、君にかかっている」
ユーリの言葉に、ケンジがうなずきながら白杖をつく。
かくして、ユーリにとっても人生初の経験となるカスタムPL製造が始まったのだ。
--
……とはいえ。
「どうしたものだろう……。
ここにある過去の試作品を組み合わせれば、色々とできはするけど、現実として間に合わせなければいけないし、信頼性の問題も……」
眼前にホログラフ投影されているのは、立体型の設計図だ。
ベースとなっているのは、リッター……。
そこに、保管されている試作部品をつなぎ合わせたりしてみては、溜め息と共にバックする。
正直、途方に暮れてしまう心境だ。
しかも、こうしている今も、設計室の向こうでは腕利きの職人たちが待機しているのであった。
あの子供が、どんなものを生み出すのか?
……という、経験がない期待と共に。
「やっぱり、現実的にジェネレーターを増やして、高出力のライフルを装備。
あとは、各種の調整でいくのが……」
立体型設計図に、自分の考えをまとめていく。
組み上がったのは、堅実で……面白みのない機体。
「これで、妥協するのが一番かな……」
通信が入ってきたのは、その時だ。
古典的なケーブルを介してのそれを送ってきたのは――ハーレーとかいう海賊船。
「はい」
『ユーリ君! やっていますか!?』
ホログラフィック映像として映し出されたのは、ネオアキバ辺りで仕入れたか……。
海賊のコスプレ姿となり、スケッチブックを手にしたカミュであった。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087389709860
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087389736473
そして、お読み頂きありがとうございます。
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