青春教室カフェ はーもにい

 人類が宇宙に進出し、銀河帝国が成立してから数世紀……。

 地球と呼ばれた星で生まれた文化は、様々な形に変化し、かつての姿を失っていった……。

 だが、オタクはまだ、死滅していなかった……!


 ……などという脳内ナレーションを、警視庁警備部の特科特殊車両二課で働く整備主任みたいなボイスで再生してしまったのは、無理からぬことだろう。

 無人式のタクシーから降り立った俺たちの前へ広がるのは、特異なるチューキョーというコロニー内において、さらに特殊な景観であったのだ。


 夜闇をネオンが照らし出すのは、他の場所と同様だが……。

 ビルの隙間を埋め尽くすようにホログラム広告が映し出されているのは、特筆すべき点だ。

 しかも、その広告……。

 いずれもが、美少女が歌ったり踊ったりしているか、あるいは、バカデカイ剣や銃を手に戦っている映像である。


 限られたコロニーの居住空間を活用するべく、高層ビルが立ち並んでいるのも他と同じだが、ホログラム広告に負けじと輝くネオン看板が示す店種は、やはり独自のものだ。


 ――実際古い! アーケードゲーム!


 ――超レトロ! PS7特価!


 ――美少女フィギュアの殿堂!


 ――間近で推せるバーチャルアイドル!


 ……等といった文言が、視界の隅々に至るまで埋め尽くしているのであった。

 また、街並みを語る上で欠かせないのは、そこに生きる人々であるが……。

 これもまた、大多数がサラリーマンであった他の場所と異なる。


 まず、標準装備のように背負っているのが、PLの背部装備もかくやというバックパック。

 人によっては、そこから丸めたポスター類が突き出していて、まるで機動する戦士のようだった。


 髪は、圧倒的な黒率の高さを誇り、それに関しては量産型サラリーマンたちと同様だが、明確に異なるのは、明らかに見栄えを気にしていない髪型なことである。

 やたらとハチマキをしている者が多いけど、それは一体、何に対して気合いを入れているのか……。


 うん……なるほど!

 これは……秋葉原だ。

 人類は、オタクは、宇宙へ進出するついでに自分たちのサンクチュアリまでも持ち出し、新たにここへ根付いたのであった。


「これは、独特というか、特殊というか……」


 角度が角度なので、パンツ丸見えなホログラム広告に顔をしかめながら、グラサンスーツ姿のアレルがつぶやく。


「あ、でも、電子部品とかは品揃えがすごそうですよ!

 ……へぇー、型落ちしたPLの部品を扱う店まであるんだ」


 一方、フリフリ地雷系ファッションなユーリちゃんは、幾重にも存在する萌え系広告や屋号の中から電子街としての顔を見つけ出し、パアッと顔を輝かせている。


「お嬢……じゃなかった、カミュ。

 あんな広告を、まじまじと見上げてはいけません」


 エリナに注意されるが、でもなーあれはなー。

 こう、パンティーのしわへ魂の造形美を感じてしまうんだ。これは、仕方のないことなんだ。


「このような土地であるから、カトーの手が及ぶこともない。

 というより、自分から積極的に距離を置いている」


 一同に対し、俺と手を繋いだケンジが、視線を変にさまよわせないよう注意しながら答えた。


「さて、ここからはまさにデジタルな迷路だ。

 入り組んでいるので、注意しながら送り届けてほしい。

 まずは、南の方に存在する一階が中古フィギュアショップのビルを左に曲がってくれ」


「了解です」


 ケンジの案内に従いながら、ビルとビルが立ち並ぶ路地裏の中を歩んでいく。

 辻の電子部品商や、ホログラム・カードバトルに興じる決闘者たちをかわして、たどり着いた場所は……。




--




 床は木製のタイル……。

 そこへ整然と並ぶのは質素にして持ち運びが容易な学習机で、店内の後方に並べられているのは、戸も何も無いスクールロッカーだ。

 店内の前面に存在するのは、当然――黒板。

 その前に教壇が存在し、店内を睥睨できるようになっていた。


 つまるところ、これは――教室。

 ただ、前世で飽きるほど見た光景と異なるのは、セーラー服やブルマ体操服姿の女性たちが、トレー片手に給仕していることである。


「ケンジ、ここは?」


 とある商業ビルの32階……。

 引き戸を開けた先に広がっていた光景を目にしたアレルがジト目となり、俺と手を繋ぐ伯爵様に尋ねた。


「店名は入る時に見ただろう?

 『青春教室カフェ はーもにい』だ」


「そんなことは分かっている。

 この状況で来るような店なのかと聞いているんだ」


「ここはラーメンが美味い。

 お嬢さんの要望通りにな。

 それに、今、必要としているものが一通り揃っている」


 すまし顔のケンジが答えていると、古式ゆかしい女学生姿の店員さんが、こちらへ歩み寄ってくる。


「ケンジ君、お久しぶりです。

 ニュースや例の生配信は見ていますので、きっと、いらっしゃるだろうと思っていました」


「ケンジ君?」


「ここでは、同級生として接するのがマナーだ」


 真顔で聞いたアレルに、やはり真顔でケンジが返す。


「キキョウ、世話をかけるが、『生徒会』としての活動を頼む。

 まずは、お嬢さん方の着替えを一式と、人数分のラーメンだ」


 どうやら、店員さんの名前はキキョウというらしい。

 なんというか、こう……どこか、タダ者ではない雰囲気を漂わせる女の子だ。

 半ば風俗店的な店であるというのに、どことなく高貴さが感じられるというか、立ち振る舞いにスキがないというか。

 そんな彼女が、ケンジへうなずいてこちらに目を向けた。


「――うけたまわりました。

 では、お嬢様方はこちらへ……あら、男の子もいらっしゃるのね」


 やっぱこの人、タダ者じゃねえわ。

 一見して、ユーリちゃんが実は君であることを見抜いてくるとは……。


「でも、安心して下さい。

 きちんと、可愛らしくしてあげますから」


「え、いや、ボクは――」


 ――がしり。


 ……と。

 両サイドからユーリちゃんの肘を固めたのは、いうまでもなく俺とエリナである。


「さすがは、ケンジ様オススメのお店。

 見る目がありますね」


 ニッコニコの笑顔で語るエリナ。


「さあ、ユーリちゃん。

 こう言ってくれているのですし、お言葉に甘えましょう」


 同じく笑顔の俺。


「い、イヤだああああああ!」


 どうやらニンジャを返り討ちにできるくらい強いらしいユーリちゃんは、しかし、無尽蔵の力が湧いてくる俺たちによって、キキョウさんが先導する方へ連行されていく。


「お達者で」


 そんなユーリちゃんに向けて、アレルが感情のこもってない言葉を贈るのだった。




--




 文字通り、隠れた名店……。

 それこそが、『青春教室カフェ はーもにい』という店に対し、常連たちの抱いている感情である。

 何しろ、文字通り迷路と化しているネオアキバの裏路地で、32階という超空中立地で営業している店なのだ。

 他と違いネオン装飾も存在せず、常連からの導きがなければ、まずたどり着くことはないだろう。


 かように密やかな立地で営まれるのは、極上の――接客。

 とにかく、この店はキャストのレベルが恐ろしく高い。

 こういった店では、それなりに年齢のいった女性が働いていることも多いのだが……。

 ここで働いているのは、いずれもうら若く、顔立ちが整った娘たちなのである。

 しかも、若いというのに接客は非常に洗練されていて、言葉遣いなども丁寧だ。


 ならば、王道のメイドカフェではなく、あえて制服を前面に押し出した店としたのは――正解。

 ウェブによる通信教育が主体の現代において、学園生活というものは、もはやフィクションにしか存在しないと言って過言ではない。

 アニメーションの中で描かれる、うるわしき青春の日々……。

 それに憧れを抱く人間というのは、ことにオタク界隈において多く、その理想を叶えられるキャストが揃ったこの店は、まさにネオアキバへ生まれた桃源郷といえるだろう。


 しかも、出される料理までが美味い。

 料金は高いが、それだけの金を出す価値はある。

 そのようなわけで、実はメガコーポの重役だったりする男たちはネオアキバの正装――オタクルックへと身を包み、今日もこの店を訪れているのであった。


 ゆえに、ここへ通っている常連たちは目が肥えており、品性も宿している。

 従って、通常ならば、他の店で見られるような「デュッフフ」といった笑い声は聞こえないのだが……。


 ――デュフ。


 ――デュッフフ。


 ――オウフ。


 ……等といった、悲鳴めいた奇声が、今日はそこかしこで響き渡った。

 だが、それもそのはずだろう。

 学級委員長であるキキョウ嬢が連れてきたのは、地上の天使と呼ぶ他にない少女だったのだ。


 年頃は、十二か、三といったところ……。

 顔立ちは高貴で恐ろしく整っているが、年齢相応のやわらかさと見事に融合を果たし、人間と思えぬ可憐さである。

 銀色の髪は、常に夜闇が覆うチューキョーにおいては、まさしく地上の月と呼ぶべき輝きを発しており……。

 氷碧の瞳へ宿る光は、星々の瞬きを思わせた。


 そんな彼女がまとっているのは、クラシカルかつ、丈の短い――セーラー服。

 しかも、しかもである。

 ピンク縁の眼鏡を、かけていた。

 このチョイス、なんと絶妙なことか。


 まず、色がいい。

 幼さをさらに強調する色だ。

 それでいて、眼鏡というアクセサリーがもたらす――圧倒的インテリジェンス。


 ――カワイイ!


 ――カシコイ!


 ――カワイイ!


 ――カシコイ!


 もはや、常連客たちの脳味噌は、二つの単語を繰り返し明滅するだけの信号機と化していた。


「アイエエエ!」


「カワイイヤッター!」


 お行儀よくしていた客たちが、あまりの萌えアトモスフィアを前に、発狂したかのごとく立ち上がって連呼する。

 その中で、こんな叫びがあった。


「センパイ! センパイと呼んで下さい!」


 すると、少女は、はにかみながらもそれに応じたのだ。


「えっと……センパイ?」


「センパイヤッター!」


「ナムアミダブツ!」


「サヨナラ!」


 理性を爆発四散させた常連客たちが、恍惚の笑みを浮かべたまま、次々と床へ倒れていく……。

 のちにこの日は、『カシコカワイイカミュ=チャンヤッターデイ』として伝説になるのだが、それはまた、別のお話である。




--




 さらに余談だが、伝説は隙を生じぬ二段構え……。

 この日は同時に、『カシコカワイイユーリ=チャンヤッターデイ』としても語り継がれた。


「納得いかない……」




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086591642409

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086591675994


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