KILL YOU
琥珀色のスープは、澄んでいながらも微量に浮かんだ脂が輝きを放っていて、立ち昇る濃厚な鶏の香りと共に、否が応でも食欲を増進させる。
スープの中へ浮かんだ細い麺は、反物のごとく折り畳まれて見目麗しく……。
その上へ散らされた具材は、いずれも――一級。
チャーシューは分厚く、いかにも噛み応えと旨味で満ち満ちていそうであり……。
極太のメンマは、見るからにプリプリとしていて、口の中へ入れたら踊り出しそうだ。
煮卵は、丸のまま入っているため、その本質をうかがう術はないが……。
これほどの完成度を誇るラーメンに入っているのだから、白身に染みた濃密なタレの味と、黄身の濃厚さで魅了してくれるに違いないと確信できた。
センターを飾るのは――青ネギ。
だが、緑色の濃厚さたるや、タダ事ではない。
それが、斜め気味に刻まれて散らされることにより、丼の中央へ立体的な緑を生み出し、見た目のクオリティが大きく引き上げられているのだ。
しかも、内に秘めた香味が清涼剤として機能し、食べ進める原動力となるに違いない。
「うわあー……。
すっごく美味しそうです!」
『青春教室カフェ はーもにい』の店内というか、教室内……。
色々あって死屍累々な中、机を合わせた俺たちの前に運ばれてきたラーメンへ、目を輝かせた。
ちなみにだが、俺とエリナは食が細いため、ミニラーメンである。
「ふっふ……。
見えずとも、この濃密な旨味の宿る芳香が私の期待感を高める。
やはり、いい仕事だ」
何度となくここのラーメンを食べてるっぽい雰囲気のケンジが、そう言って満足そうな笑みを浮かべた。
「これ、どうやって食べればいいんだ?
このスプーンみたいなのでスープをすくうのか?」
「なんというか、初めて食べる形式です」
ラーメンニュービーのアレルとユーリちゃんが戸惑う中、顔をしかめたのは、やはりセーラー服と眼鏡で変装したエリナだ。
「どうしても、すする音が出てしまいそう……」
「細かいことはいいのです!」
パンッと手を打ち、宣言する。
「せっかくのラーメンですから、熱い内に頂きましょう。
全ては、それからです」
「だな」
俺の言葉に、ケンジもうなずき……。
ついに、文字通り夢にまで見たラーメンを実食することとなった。
--
「ふうむ……。
軍部はまだ、抗いおるか。
ケンジは行方をくらまし、首脳のことごとくも捕らえているというのに、強情なものよ」
占拠したタナカ伯爵家の邸宅内……。
この銀河帝国時代において、古の日本建築が再現された庭園で、カトーは部下たるニンジャの報告を聞きながら、鷹揚にうなずいた。
「全ては、我が配下がケンジめを取り逃がしたため……。
あやつめを排除さえできていれば、それが決定打となったことでしょう」
「よい。
戦力は十分だった。
ならば、素性が知れなかった連れの中に、手練れが混ざっていたということよ。
事実、格納庫の機体を見る限り、一人はラノーグ公爵家の若造なのだからな。
強者が混ざっていたとして、不思議はない」
メンポで顔を隠しながらも、悔しさのにじみ出ているニンジャにそう答えられるのは、カトーの度量が成せる業だろう。
不意のことは、起きるもの……。
チューキョーの……ひいては、タナカ伯爵領そのものの洗濯をしようというのだから、少々のことで動じていられるはずもなかった。
「そのラノーグ公爵なのですが、いかがいたしましょうか?
下手をすれば外部から批判が入りますし、公爵領の家臣も黙っていないかと」
「ケンジめとラノーグの小僧が共謀し、他領への侵攻を目論んでいたことにする。
通信妨害は完璧だな?」
「無論です」
ニンジャの返答へ満足し、うなずく。
「ならば、よし。
現在、外部と自由に連絡ができるのは、我らが一派のみ……。
小僧からの連絡が入らなければ、ラノーグ公爵家の人間も迂闊に動けまい。
どころか、上手くいけば、あちらでもお家騒動が起こるやもしれぬ」
「そうなれば、手を結ぶ余地がありますか?」
「いかにもよ。
とはいえ、他領のことを考えていても仕方がない。
まずは、ケンジのことだ」
そこまで言って、顔を引き締めた。
「奴は上手く潜伏しているようだが、必ずや行動に出る。
そこで、確実に抑えるのだ」
「――ハッ!」
池の鯉を眺めながら発した言葉に、ニンジャが顔を伏せたまま応じる。
同じく配下であるヤクザの一人が、慌てた様子でタブレット端末を手にしてきたのは、その時だ。
「カトー様!」
「何事か?」
「通信が……ロマーノフ大公から、通信が入っております」
「ほう」
その言葉に、相好を崩す。
ウォルガフ・ロマーノフといえば、鉄の男と呼ばれ、その内に変革の炎を燃やせし男……。
先の生配信は、当然ながらタナカ伯爵領のみならず、全銀河に中継している。
それを見て、共鳴してきたのだと思えば、何も不思議はなかった。
「さて、引き出せるのは、援助か、あるいは同盟か……」
禍福はあざなえる縄のごとし。
降って湧いた朗報と思える知らせに、カトーは着物の襟を正す。
「繋げ」
そして、ヤクザにそう命じたのである。
「ハハーッ!」
平伏したヤクザが端末をかざすと同時、画面が通信モードへと切り替わった。
映し出されたのは、鉄の男という異名に相応しい迫力を備えた豪傑……。
漆黒の軍服に身を包んだ彼こそは、まぎれもない――ウォルガフ・ロマーノフその人だ。
「ドーモ、はじめまして、ウォルガフ=サン。
モワサ・カトーです」
両手を合わせながらのお辞儀は、古事記にも記されているという由緒正しきアイサツ……。
相手に対する最上級の礼節である。
「………………」
ただ、先方からの返礼はなく、ただ沈黙が返ってくるのみ……。
「わざわざの通信、恐れ入る」
とはいえ、タナカ伯爵領の外にいる人間がそういった反応をするのは珍しくないため、早速にもそう切り出した。
「………………」
だが、やはり返ってくるのは――沈黙。
ばかりか、画面の向こうにいるウォルガフは、眉毛一つ動かすことがない。
まるで、異名通りに鉄の男と化してしまったかのような……。
体細胞の全てが金属へ置き換わってしまったのではないかと、そう疑ってしまうような様子なのだ。
――まさか、通信に障害でも出ているのか?
――ジャミングが影響を及ぼしているか?
その可能性に思い至るが、画面の隅へ映し出されている通信状況は――『カイテキ』。
タブレット端末を掲げるヤクザに顔を向けても、ただ怯えているだけであった。
ならば、言葉がないのも、不気味なほど動きがないのも、全ては大公自身の意思……。
「いかがなされた? ウォルガフ=サン。
こうして我が方に通信を入れてきたということは、何か思惑あってのことであろう?」
いかなる理由があって沈黙を保っているのかは知らないが、とにかく、話を聞かねばどうにもならない。
カトーは、銀河最大の貴族に舐められないよう精一杯の威厳を宿して尋ねる。
その想いが通じたか、ついに、鉄の男は口を開く。
だが、紡ぎ出された言葉は、ただの一言。
すなわち……。
「お前を――殺す」
――デデン!
……という音が、どこからともなく響いたかのような錯覚に襲われた。
カトーとしては、突然の殺害予告へ言葉を返す余裕もなく、ただただ、驚愕に目を見開くしかない。
しかも、ウォルガフの言葉はただそれきりであり……。
通信は直ちに打ち切られ、端末の画面がブラックアウトしたのである。
「な……あ……」
画面越しに感じた怒気……いや、殺気はまぎれもなく本物……。
その理由を察し得ぬカトーは、しばらく硬直することとなった。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093086654778745
そして、お読み頂きありがとうございます。
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