疲れを取って……
首都ラノーグで生じた混乱から、本来そこの宇宙港に着艦する予定であった民間船たちは、惑星周囲を回遊する羽目となっていたのだが……。
それを運用するクルーたちが目にしたのは、ひどく物騒で……すぐにでもこの宙域から離脱したいと思える光景であった。
今の状況を端的に表すならば、この言葉こそがふさわしいだろう。
すなわち……。
――開戦間際。
……の、四文字である。
惑星ネルサスを背に、ホワイトカラーへ塗られたリッターの大部隊を展開するのは、やはり船体を白く染め上げた艦隊……。
ラノーグ公爵軍であった。
それと睨み合うように展開しているのが、深い青に染められたリッターを展開する艦隊――タナカ伯爵軍である。
また、こちらが展開しているPLは、リッターのみではない。
その先鋒として、リッター以前に帝国軍で主力を務めていたPLのカスタム機が布陣しているのだ。
リッターより一回り大型の機体で特徴的なのは、ゴリラめいて太く長い両腕部であろう。
これは、両腰に備えた粒子振動ブレードを自由自在に扱うための設計であり、実のところ、得物を持たずにただパンチしただけでも、十分な痛打を与えることが可能なパワーを秘めていた。
全身の装甲も、近接戦闘を重視した分厚い代物であり……。
頭部には、古代地球のジャパンで活躍したというサムライを
――オテギヌ。
タナカ伯爵家が誇る精鋭部隊――シンセングミが搭乗するカスタムPLであり、原型となった機体が旧式化した現在においてなお運用され続けることからも、その性能がうかがい知れる高性能機だ。
カトーの乱において、正規軍の艦隊もろとも破壊されたと伝えられているが……。
執念深いサムライとチューキョーの技術者たちは、これらの修復へ成功したということであろう。
そして、これを駆るシンセングミが布陣しているということは、タナカ伯爵家が動員可能な最大戦力をこの宙域に割いていることも、同時に意味していた。
ラノーグ公爵家とタナカ伯爵家……。
銀河で名を知られる二つの貴族家が、果たしてどのような結末を迎えるか……。
民間船たちは、巻き添えにならぬ距離まで退避しつつ、固唾を呑んで見守っていたのである。
--
「ふぅー……」
実際のところ、サウナというのはこれで結構、体に悪いものらしいが……。
しかし、高熱の蒸気が体にまとわりつき、疲労という疲労をほぐしていくこの感覚が気持ち良いというのは、疑いようもない事実……。
ティーガーに存在するサウナ室で、目をつむりながらこの快楽へ身を委ねる俺の脳裏に去来するのは、ただ一つの思いであった。
――オテギヌ。
――超カッコ良かったな。
……このことである。
いやもう、まず旧式機のカスタマイズが現行量産機に混ざって最前線を張っているという、この事実が熱い。
それに、あのたくましいシルエットとごっつい腕……。
これは、リッターはもとより、各貴族家が保有するカスタムPLにもなかなか見られない特徴だ。
強いて類似例を上げるなら、先代のカラドボルグが該当するが……それもそのはず。
オテギヌとカラドボルグは、改造前の原型機を共通する兄弟機なのであった。
この、技術的な系譜も熱いよね。
両者共に接近戦を信条とする機体でありながら、剣戟戦と高速戦で別の姿に派生したカスタマイズなのである。
また、旧カラドボルグを仕上げたのは、チューキョー出身の技術者であったわけだが……。
彼があれだけの機体を仕上げられたのは、そもそも、オテギヌという前例を知り尽くしていたからなのであった。
――やはりロボットはイイ……。
――心が洗われるようだ……。
そんなことを考える束の間の小休止だが、あまりのんびりとしているわけにもいかない。
このティーガーには、現在、俺、ジョグ、ユーリ君という三人の他にも、エリナ、アレル、ケンジといった面子が乗り込んできており……。
ケンジが携えてきたという重要な情報も、開帳の時を待っているのである。
ちなみにだが、バイデントチームは機体の整備を手伝い中だ。
「――いきますか」
両目をかっ開いて立ち上がった。
サウナに入る余裕すらある今の静寂は、ケンジ率いるタナカ伯爵軍が睨みを利かせてくれているからこそのもの……。
当然ながら、盲目のサムライは相応のリスクを背負って事に当たってくれている。
逆にいうならば、単なる友情の発露以前に、そうするだけのメリットが彼にあるということ……。
「鬼が出るか、蛇が出るか……」
サウナを出て、水風呂で整えながらつぶやく。
設定された集合時間まで二十分。
着替えてから会議室に向かうなら、余裕だろう。
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「お疲れ様です」
ティーガー内に存在する会議室は、前世地球でもよく見られた簡素な造りであり……。
折り畳みテーブルを四角く並べた室内には、すでに、俺を除くメンバーが集結を果たしていた。
「ちっと長風呂なんじゃねえかア?
他のメンツは、もう全員揃ってんぜ?」
俺が到着するまでの暇潰しだろう……。
コントローラーアクセサリが装着された携帯端末を手にしたジョグが、そう言ってこちらに目線を送る。
こいつ、Dペックス遊んでいやがったな。
「まあ、そう言うものではない。
女子の身支度というものは、男が考えるそれよりも遥かに時間のかかるものだ。
我が
疲れを取るくらいはしても、バチが当たらんだろう」
擁護してくれたケンジは、スーツにサングラスという装いであり……。
彼の背後では、いつも通り清楚なセーラー服姿のキキョウさんが控えていた。
「窮地を脱したことには、感謝する。
本来なら、僕が命じて暴走を止めるべきなんだけどな。
情けないことだ……」
そう言うアレルの姿は、平素と変わらぬ冷静なものではあるが、どこかしらしょんぼりとして見える。
まあ、そりゃそうだろう。
自分の軍が命令を聞かないばかりか、お命頂戴モードに入って展開しているんだからな。
誰だって落ち込む。俺だって落ち込む。
「まあ、そう落ち込まないことだ。
何しろ、今の状況は帝国史を紐解いても例のない異常事態なのだから、な」
対するケンジの態度は、心からの冷静さを持ったものだ。
単に落ち着いているというだけではない……。
俺たちの知らない情報と、そして、おそらくは現状の打開策すら握っているからこそ、こういう態度でいられるのだろう。
「それで、ケンジ様……。
一体どうして、ここまで来られたのです?
それも、艦隊まで動員して……」
俺の着席を待って、エリナが各員の前にアイスティーを置き……。
――カチャ。
しんとした静寂が、会議室を……。
――カチャ、カチャ、カチャ。
「……あの、ジョグ君。
今はマジメな話をする場面なので、そろそろゲームをやめましょうか?」
「お、おお……すまねえ。
今イイ感じだったから、つい、な」
言いながらも、ジョグの視線は端末に吸い込まれるかのようであり……。
指先は、カチャカチャとコントローラーをいじって止まらない。
「ジョグ君、本当にそのくらいにしときましょう」
「そうだぞ、少年。
そのゲームは即刻やめて、アンインストールするべきだ」
隣でたしなめるユーリ君へ、同調するようにケンジがうなずいた。
そして、驚きの事実を告げたのである。
「何しろ、
全て、そのゲームアプリが原因なのだから、な」
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091595061279
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091595096094
そして、お読み頂きありがとうございます。
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