Dペックスの正体

「Dペックスが原因?

 どういうことですか?」


 この場にいる全員が抱いたであろう疑問……。

 それを、俺が代弁する。

 さすがのジョグも、ゲームをする手は止め……。

 全員の視線が、盲目のサムライに集まった。

 ケンジは、それをサングラス越しの見えない目で受け止めながら答える。


「それをお教えする前に、一つ一つの疑問へ答えていこう。

 まずは、どうして私がここにいるのか、だ」


 多分、全員の顔を見回そうとしているのだろうが……。

 どこかズレた方向に目線を向けながら、ケンジが続けた。


「端的に言って、私がこうして出向いているのは……皇帝陛下の勅によるものだ」


「陛下の勅命?

 わたしたちIDOLとは、別口で動いていたということですか?」


「そういうことになる」


 俺の問いかけへ、ケンジは涼しい顔で答える。

 IDOLと別の人間を皇帝が動かす……。

 実のところ、これそのものは驚くことではない。

 と、いうよりは、平常運転であるというべきだろう。

 銀河皇帝カルス・ロンバルドは、正体不明の諜報機関を配下に抱えており、俺たちIDOLに課せられる任務は、大抵の場合、そこが掴んだ情報を基に下されるからだ。

 だが、今回の場合はその諜報組織ではなく、あえてケンジを頼った。

 そこら辺に、くだんの諜報機関がどのような組織であるか……正体を知る手がかりがあるのかもしれない。

 ま、探るつもりはまったくないけど!


「それで、カルス陛下はどのような任務を君に与えたんだ?

 と、いっても、さっきので想像がつくけど」


 テーブル上で手を組んだアレルが、身を乗り出す。

 そんな彼に対し……いや、俺たち全員に対してか。

 ケンジは、任務の内容を明かしたのである。


「ずばり……Dペックスの正体について、探ることだ」


「Dペックスの? ただのゲームアプリに、どうして皇帝陛下が興味を?」


「あのオッサンのこったから、誰も知らないチート技でも探らせたんじゃねえか?」


 小首を傾げるユーリ君に、ようやくゲームをやめたジョグが軽口を告げた。

 正直、わざわざゲームアプリの情報をケンジに調べさせる意味が、まったく分からない。

 だから、俺の方も――遺憾ながら――ジョグと似たり寄ったりなことを考えていたのだが……。

 続くケンジの話は、そんな穏やかなものじゃなかったのだ。


「簡潔に結論から伝えよう。

 Dペックスというアプリは、電子ドラッグと呼ぶべき代物であり、同時に、遊んでいるユーザーを意のままに操る催眠効果もある。

 ヒラク・グレアの意図するままに、な……」


「「電子ドラッグ?」」


「催眠ですって?」


 この場でDペックスを遊んだ経験があるのは、俺とユーリ君とジョグのみ……。

 だから、三人で顔を見合った。

 その上で、導き出される結論は一つ。


「中毒性……?」


「いやいや、まさかそんな」


「わたしたち、スキマ時間にほどよく楽しんでいますよ」


 俺たちの言葉を受けて、ケンジの目線がエリナのいる方向に向く。

 そして、一言。


「実際は?」


「スキマ時間といいますか、このゲームをやるために無理矢理スキマを作ってるような状態です。

 で、ピコピコピコピコと、何かに魅入られたみたいな目付きでプレイし続けています」


「なるほど、よく分かった」


 ああん、エリナってばひどい!

 けど、正直反論できない!


「単純に、ゲームとしての出来が良すぎて中毒みたいな状態になっている……というわけでは、ないんだな?」


「調べがついている。

 ――キキョウ」


 アレルの言葉にケンジがうなずくと、影のように背後へ控えていたキキョウさんが前に進み出た。

 その手には、いつの間にやら書類の束が握られており……。

 それが、俺たちの前へと配られていく。


「私たちは、ケンジ様の名によりヒラク・カンパニーへ直接侵入。

 ヒラク社長のみ閲覧可能なデータバンクから、データのコピーを入手しました。

 お手元の資料は、その内容です。

 万が一にも電子的な傍受がされないよう、紙媒体で用意しました」


 見た目、お上品なお嬢様女学生そのものなこともあり、キキョウさんの語り口は観劇の感想でも述べているかのようなものだ。

 が、その内容はといえば、堂々たる――犯罪。

 なるほど、今回は皇帝陛下の密やかな諜報網ではなく、大胆不敵に敵地へ乗り込むクノイチやニンジャの力こそが必要だったということだろう。

 で、渡された資料の内容だが……。


「高周波とサブリミナル的な視覚効果を利用しての暗示……。

 ゲームのユーザーは、本人も意識しないままゲームへの依存度を高め、離れられなくなる、ですか」


「しかも、アプリは端末内で密かにガン細胞のように侵食し、ユーザーの個人情報を送信するとありますね。

 それだけでなく、例え端末がスリープモードであったとしても、ヒラク社長の操作一つで高周波を発し、ユーザーを思いのままに操ると……」


 俺に続いて、ユーリ君が書かれている内容を端的に要約する。


「にわかには、信じられないな。

 要するに、光と音による暗示だろう?

 ゲームへの中毒性を発揮する、というだけならそれでも分からなくはないが、意のままに操れるほどの暗示力が、そんなもので得られるものか?」


「得られているのだから、仕方がない」


 ごもっともなアレルの指摘に対し、ケンジは軽く肩をすくめた。


「中毒性に関しては、カミュ嬢たちを見れば語るまでもないが……。

 あらためて強調すると、パーティー会場で陛下を狙ったハクビ子爵も、皇星ビルクでテロを行ったボッツ・ドゥーディーも、Dペックスのユーザーであり、皇帝暗殺の取り調べを受けている状態でありながら、ゲームに対する強い執着を示している。

 これだけでも異常だが、両名共に、なぜ自分がこんなことをしでかしたのか、自分自身でも分からないと供述しているのだ。

 催眠暗示にかかったのだとすれば、辻褄は合うだろう?」


「かなり強引に、だけどなあ」


 行儀悪くテーブルに足を乗せたジョグが、頭の後ろで手を組みながら反論する。


「Dペックスの中枢コードは、高度に暗号化されていて、外部の人間どころか開発運営スタッフにも読み解けない、ですか……。

 これに関して、裏付けは取れてるんですか?」


「私がお答えしましょう。

 うちの子たちがお近付きになったら、皆さん、気持ちよく話して下さいましたよ」


 ふふっと笑いながら答えるキキョウさんだ。

 ああ、うん……色仕掛け。

 この場合、色仕掛けといっても、軽くお茶するくらいで陥落させている可能性もあった。


「そして、複数のスタッフさんから聞いたところによると……。

 Dペックスというゲームは、まだ会社が小さかった頃、ヒラク社長自らが持ち込んできたものらしいです。

 周囲には、かねてから自作していたゲームだと話したとか」


「もし、Dペックスというゲームの正体が、データ通りの内容だとしたら……。

 ハッキリ言って、我々の科学力を大きく超えた代物だ。

 そういったものが、突如として生み出され……あるいは、持ち込まれて混乱の種となる。

 我々は、そういった事例に心当たりがあるだろう?」


 キキョウさんの後を継いだケンジの言葉に、ある名前が思い浮かぶ。

 同時に、鎧武者じみたフルフェイスのヘルムも……。


「ヴァンガード……!」


 与太話にも思えるDペックスの正体とやらが、急に説得力を持ち始めた。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091671884844


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