プランB 前編

「それで……現在、僕が置かれている状況は、要するにそのアプリを使ってハメられたってことかい?

 あの……ヒラク・グレアという男に?」


 現在の技術力では製造不可能な小型の重力コントロール装置をカトーに渡し、内乱を促した男……。

 ヴァンガードの名を全員が思い浮かべたところで、アレルが切り出す。

 それに対し、盲目のサムライは深くうなずくことで答えた。


「全てがアプリの力によるもの……と、いうわけでもないだろうがな。

 余談だが、ティアーという名前らしいあの獣型PLにも、チューキョーで発見されたのと同種の重力コントロール装置が組み込まれていた」


「道理で、あれだけ軽快に動き回れるわけです」


 実際にティアーと戦い、辛くも勝利した俺は、そのような感想を漏らす。

 奴が見せた重力と慣性の制御は、尋常なものじゃなかった。

 周囲の商業ビルを足場とし、極めて軽快かつ、立体的な動きでもって、俺とアーチリッターを苦しめたのである。

 それを可能としたのが、ヴァンガードのもたらした技術であるというのは、納得のいく話だった。


「で? ヒラク社長はそんなことして、何を望んでるんだよ?」


「少年、犯罪者の思考回路に付き合うほど無駄な時間の使い方はない。

 我々がすべきことは、いかにして対処するかを考えることだ」


「では、どのように対処いたしますか?」


 ジョグへ答えたケンジに、ユーリ君も問いかける。


「何しろ、Dペックスは銀河的大ヒットを飛ばしたゲームだ。

 インストールしているユーザーの数は、計り知れない。

 もし、ヒラクに対応する隙を与えたなら、なりふり構わずこれを駆使して、大混乱を生み出すだろう。

 ゆえに……」


 そこで一度、ケンジは言葉を区切る。

 そして、微妙に目線は合っていないものの皆を見回して、こう言ったのだ。


「……速攻だ。

 惑星ネルサスには、先んじて配下のニンジャたちを潜ませてある。

 彼らがヒラクの身元を抑えれば、この混乱も収束することだろう」


「速攻……」


 その言葉を、俺は噛み締めるようにつぶやく。

 何か、物事が上手くいかない時特有の……。

 暗雲が立ち込めているかのような気配を、感じていた。

 それに、ケンジのもたらした情報が確かならば……。


「クリッシュちゃんは……敵の一派」


 誰にも聞こえないよう、口の中だけでこの言葉を口にする。

 言の葉にしてしまったが、最後。

 ヒラク社長の縁者を名乗った彼女が、普通の少女であるとは思えなくなっていた。




--




「計画は全て順調にいっているよ。

 こんな所まで、君を迎えに来た以外はね」


 首都ラノーグ郊外に位置する宇宙港……。

 そこのターミナルでヴァンガードと合流したヒラクは、やや呆れながらそう口にしたのである。


「何事も、想定外の事態というものは起こるものだ。

 この程度で済んで、よかったではないか?」


「そうか……。

 入国審査で物騒なことを言えば取り調べされるということは、想定しておいて欲しかったな」


 いけしゃあしゃあと告げる銀髪の美青年に、そう嫌味を言っておく。

 彼との関係性は――対等。

 渡されたデータを基に開発したゲーム――Dペックスで経済的にも社会的にものし上がり、様々な援助をするという関係であった。

 ゆえに、身元引き受け人として迎えに来るのも、契約の範疇ではあるのだが……。

 あまりといえばあまりに間抜けな理由で拘束されたことに、文句を言ってもバチは当たらないだろう。


「……とにかく、だ。

 この騒ぎを見れば分かる通り、ラノーグ公爵軍は完全に掌握できている。クリッシュのおかげもあってね。

 想定外の事態というのは、そうだな……。

 上で急に湧いて出たタナカ伯爵軍だな。

 彼らがいなければ、追撃してIDOLをせん滅し、アレル公爵も亡き者とできていたはずだ。

 本当に、なんで急に現れたのだか……」


「物事というのは、つながりがあるものだ。

 タナカ伯爵軍が動いたということは、つまり、それに足るだけの理由があると考えるべきだろう」


「理由って?」


「そうだな……」


 銀髪の美青年が、あごに手を当てて考え込む。

 それから、おもむろにこう告げたのだ。


「全部バレたとか」


「――イヤーッ!」


「――イヤーッ!」


「――イヤーッ!」


 叫びながらの襲撃があったのは、その時である。

 広々としたターミナルの二階から、突如として謎の襲撃者たちが飛び降りてきたのだ。

 彼らはいすれも、黒を基調とした装束に身を包み、顔をメンポで隠していた。

 ゲーム会社の社長として……また、一人のクリエイターとして、常に人気キャラクターの情報収集をしているヒラクは、彼らが何者であるかをすぐに見抜く。


「――ニンジャ!?」


 ヒラクの方は、驚きの叫びを上げただけだったが……。

 ヴァンガードの動きは、素早い。


「叫び声など出していては、奇襲の意味がない」


 そう言いながら、ニンジャたちのチョップや蹴りを華麗にいなすと、逆に反撃の拳を叩き込んでいったのである。

 それにしても、見た目は優男なヴァンガードの、なんという腕力であろうか。

 鍛え抜かれたニンジャたちがただの一発で昏倒し、倒れたまま動けなくなっているのであった。


 ニンジャといえば、タナカ伯爵家が抱える最強の暗殺者集団……。

 当然ながら、余人が思いもつかぬほどの鍛錬を積んできているはずであり、これをあっさりと撃退したヴァンガードの実力というものがうかがい知れる。


「チューキョーのニンジャたちか。

 ということは、ケンジ・タナカの差し金だな」


「い、一体なぜ刺客を……」


「さっきも言っただろう?

 バレたのさ」


 周囲の人間たちが、突然の襲撃に騒ぎ、ざわめく中……。

 なんということもないかのような態度で、ヴァンガードが告げた。

 その態度は、まるで、これから襲撃されると事前に予知していたかのようだ。


「ば、バレたって……?」


「いまさら、解説するまでもあるまい。

 我々の企てが、暴かれたのさ。

 まあ、悪だくみというものは、往々にして露呈するものだ」


 言いながら、ヴァンガードがさっさと歩き出す。

 先ほどの圧倒的な強さを見た結果だろう。

 周囲の人間は、モーセが割った海のごとく退き、彼が歩く道を作り出した。

 そんな様を、あっけにとられながら見ていたヒラクだが……。

 すぐに、置いていかれるわけにはいかぬと気付いて、後に続く。


「そんな……計画は完璧だったはずだ」


「人間のやることに完璧などあり得ない。

 そうだな……。

 皇帝に近付くため使った連中の様子から、臭さを嗅ぎ取られたというのはどうだ?

 向こうも、バカ揃いというわけではないだろう」


 歩きながらヴァンガードがハンカチのようなものを取り出すと、いかなる技術を使っているのか……ひとりでに布地が広がって、漆黒のコートとなる。

 それを羽織りつつ、小さな仮面のようなものを顔へあてがうと、これもまた瞬時に面積を広げ、古代日本のサムライが使っていたようなフルフェイスのヘルムと化す。

 出会った時と同じ……ヴァンガード本来の姿だ。


「クソ、大胆過ぎたか……。

 せめて、自害するように暗示をかけられていれば……」


「仕方があるまい。

 あのアプリには、かけられた者が本来取らないような行動をさせる力はない。

 ゆえに、権力を得るなら皇帝に親しみを与える仕込みが必要不可欠であるし、そのために使った人間の口封じも不可能だ」


「ずいぶん、落ち着いているじゃないか……」


 周囲の人々は意に介さず進むヴァンガードの隣へ並ぶと、仮面の怪人物はやはり平坦な声で答えた。


「手を変えればよいだけのことだ。

 ヒラク社長。

 君には、いまだ強力な手札があることを忘れてはならない。

 まあ、まずは脱出してからだが……」


 仮面越しに彼が視線を向けた先……。

 そちらからは、警備員が駆けつけつつある。

 彼らの手には、拳銃が握られていたが……。


「さて、久しぶりに運動するか。

 ――クリッシュ、プランBだ。

 そちらの方で、脱出の支援をしてくれ」


 ヴァンガードは落ち着いた様子でつぶやくきながら、仲間へと通信を送ったのであった。




--




 どうやら、頭上で展開する公爵軍は、タナカ伯爵軍と睨み合いの状態に陥っており……。

 埒が明かない状況に飽きたクリッシュは、トイレのふりをして司令部から抜け出し、本物の司令官が眠る資料室で変装を解いていた。


 ――このまま、さっさとおさらばしちゃおー。


 ヴァンガードから通信が入ったのは、そう考えていた時のことであり……。


「――オッケイ。

 ……と、カミュちゃんへのコールが移っちゃったかなー」


 元より、こちらの展開になることを望んでいたクリッシュは、笑顔で答えたのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091731964849

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091731999334


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