プランB 後編

 かつて、地球において冷戦と呼ばれた時代……。

 ソ連のある科学者が生み出した伝説的パズルゲームが、そのあまりの中毒性から、敵対するアメリカの軍人を夢中にさせ、骨抜きにする目的で開発されたのだというデマが回ったことがある。

 これはつまり、それだけ軍人とゲームとの相性が良いということ……。


 意外な話であるが、己の肉体を鍛え上げ、命を張って戦う軍人という職業の人間には、ゲームを愛好する者が多い。

 例えば、作戦開始前の待機時間など……。

 緊張した気持ちを抑え、リラックスするための清涼剤としてゲームを遊ぶことは、作戦時のパフォーマンスを向上させることに繋がるとして、黙認されているのだ。


 ゆえに、パイロットが任務遂行時に所持する軍用の携帯端末にも、単純なパズルゲームやアクションゲームがインストールされており……。

 現在、タナカ伯爵軍と睨み合いを続けているラノーグ公爵軍のあるパイロットは、画面内で上から落ちてくるブロックの一つを漫然と見つめながら、さてどのように落としてやるかと思考を巡らせていたのである。


『なあ? 一体、いつまでこの状態が続くんだろうな?』


 通信ウィンドウに映された同じ小隊の仲間が、やはりゲームをプレイしながらそんなことをつぶやいた。


「さあな。

 今頃、上の方でどう交渉するか話し合っているだろうぜ。

 タナカ伯爵家のこの行動は、立派な内政干渉だ」


『でも、向こうはアレル様を保護しているんだろう?

 それだと、こっち側が賊軍じゃないか?』


『いやいや、皇帝陛下がそのアレル様を抹殺するよう命じたって話じゃないか?

 なら、間違いなくおれたちは官軍さ』


「となると、事を決めるのは皇帝陛下ということになるのかな」


 四つ集まり、正方形となっているブロックの処理に困りながらつぶやく。

 端末に異変が生じたのは、その時だ。


 突如として、画面が切り替わり……。

 キツネやタヌキなど、様々な動物の特性を備えたキャラクターたちが集結するイラスト――Dペックスの起動画面に切り替わったのである。


「――なんだ?

 Dペックス?

 この端末にインストールした覚えはないぞ」


 その事実に、動揺した。

 今使っているこの端末は任務用のもので、ネットへの接続機能は存在しているものの、有事以外でそれを使用することは固く禁止されている。

 それを律儀に守っているこのパイロットにとって、プリインストールされているアプリ以外が起動することは、異常事態であったのだ。


『こっちもだ』


『どうなっている?』


 自分と同じように緊張状態を紛らわせていた仲間たちが、次々と驚きの声を上げた。


 ――キイ……ン。


 という耳鳴りが響いたのは、その時である。

 瞬間……。

 パイロットの意識は、切り替わった。


 ――そうだ。


 ――今はそんなことを気にしている状況じゃない。


 ――目の前にいる敵軍を、ただちに攻撃しなければ。


 ――やらなければ、やられるのだ。


「こちらフィフス小隊2番機。

 ただちに、タナカ伯爵軍への攻撃を開始する」


『了解、支援する』


『1番機了解』


『――なっ!?

 フィフス小隊、攻撃を中止せよ!』


 すぐに、母艦のオペレーターから通信が入ったが……。

 そんなものは、耳に入らない。

 前に武器を持った敵がいる。

 その単純な事実が、パイロット本来の生存本能と闘争心を刺激していた。




--




「うへえ……。

 やっぱり、わたしの体格だと調整されていないコックピットは扱いにくいなあ……」


 首都ラノーグにほど近い軍事基地……。

 格納庫で待機中のリッターに忍び込んだクリッシュは、そんなことをぼやいていた。

 シートは限界まで前に出しているが、それでも、ペダルに足が届く限界という状態なのだ。


 見学させてもらったところでは、同じように子供が乗り込むIDOLのPLは、カミュたちでも操縦に支障がないよう調整できる改造が施されていた。

 同じ改造を、全てのPLに施してほしいと思う。


「まあ、ちょうどいいハンデかなー。

 それで、そっちはどう?

 こっちは、PL奪ってひと暴れしてからそっちに向かう感じー」


『こちらは、警備員たちを退けて脱出したところだ。

 オムニテックを搭載したコンテナも、遠隔操縦で向かわせている』


「じゃ、そっちに行けば、足を突っ張って操縦する必要もなくなるんだねー?」


『そういうことだ。

 ヒラク社長が操れる者たちを動員して混乱させるので、惑星からの脱出は容易だろう』


「はいはーい」


 言いながら、リッターに格納庫内を歩き回らせる。

 突如の起動に慌てふためく整備士たちは無視して、壁面のラックに接続された右腕部装着型のビームライフルを手にした。

 これを、いまだパイロットが搭乗していないリッターたちに向けて撃ち放つ。

 荷電粒子の奔流が、ハンガーラックへ固定された量産型PLの胸部を撃ち抜いていき……。

 格納庫内のリッターは、ことごとくが再起不能となった。


「さーて、これだけ暴れると、さすがに対応してくるよねー?」


 クリッシュの独り言へ応えるように……。

 格納庫から外へ出ると、元より基地内で警戒任務に当たっていたリッターたちが、こちらにビームライフルの銃口を向ける。

 だが、全ての機体がそうしたわけではない……。

 ごく一部――二機ばかりのリッターが、ガラ空きの背中を向けている僚機に対し、死の荷電粒子ビームを発射したのだ。


「――あはっ。

 ヒラク社長ってば、サービス効いてるねー。

 でもって、さすがは銀河的大ヒットゲーム。

 この基地内にも、ユーザーは一杯だー」


 同士討ちを始めているのは、何もPLのパイロットのみではない。

 基地の敷地内や、あるいは建物内で……。

 拳銃などで武装しているならそれを使い、ないなら手近な工具や、あるいは徒手空拳で、味方に襲いかかる兵たちの姿が散見されたのである。

 おそらくは、AIでも用いて瞬時に該当するユーザーを指定し、一斉送信で混乱を起こすよう指示したに違いない。


「まー、そんなものなくてもー」


 突然の裏切りに動揺しながらも、正気のパイロットたちが反撃を行う中……。

 背後から撃たれたビームを、振り向くことなく横のステップでかわしながら、つぶやく。


「こんなザコたち相手に、遅れを取るクリッシュちゃんじゃないけどねー」


 目一杯に手足を伸ばしながらの操縦……。

 それは、リッターというPLの性能を、余すことなく引き出す。

 素早く振り向いたクリッシュの機体は、敵の回避運動を先読みしての射撃で見事に一機撃墜し……。

 続いて、膝立ちとなりながら、左手で背部の粒子振動ブレードを引き抜く。


 ――バヂィッ!


 引き抜いたブレードから放たれたのは、高速振動する荷電粒子同士がぶつかり、反発し合う音だ。

 背後を取る形で近接戦を挑んできた一機の斬撃を、ノールックで受け止めたのである。


「おっとと。

 本当に操縦しづらいなー」


 のんびりとした口調とは裏腹に……。

 クリッシュを乗せたリッターは、俊敏に動く。

 鍔迫り合いとなった敵のブレードを受け流しつつ、相手の両膝に切り付けたのであった。


 ――ガシャアッ!


 膝から下を失った敵機が、無様に地面へ倒れる。

 そのコックピットへ、すかさずビームライフルを撃ち込んでおいた。


「楽しいなったら楽しいなー」


 ハイヒューマンの思念感知能力を発揮したクリッシュは、戦場と化した基地全体の様子を、俯瞰するかのように把握しており……。

 これを止められる者など、居残りの雑兵たちにいるはずもなかったのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091791423083


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