ヒラクの誤算 前編

「一体、何があったのです!?」


 ブリッジの正面モニターに映し出された光景……。

 それを見て嫌な予感が的中したと理解しつつも、俺はクルーにそう尋ねていた。


「ラノーグ公爵軍とタナカ伯爵軍の一部が暴走し、戦端を開いた模様です!

 他の兵たちもなし崩しで戦闘に巻き込まれており、全面衝突の様子を見せています!」


「すぐにオーサカと通信を!」


「アイ、アイ、マム。

 ……いえ、向こうから先に通信が入りました」


 冷静な声で告げた通信士が、正面モニターの一部に通信ウィンドウを開く。


『やられた。

 ヒラクに放ったニンジャたちは、ことごとくが返り討ちにあったよ。

 おそらく、この状況はくわだてがバレたと知ったヒラクが、Dペックスによってなりふり構わず混乱を起こそうとしているのだろう』


「発言をお許しください。

 兵隊様方には、アプリのことをお伝えしていなかったのですか?」


『混乱を生み出さぬよう、あえて伝えていなかった。

 それに、作戦行動時に兵が持つのは専用の端末であり、本来、それに余分なアプリがインストールされることはない。

 が、操りさえすれば、当人も知らぬ内にインストールしておくなど容易いわけだ』


 エリナの質問に、ケンジは苦い笑いを浮かべながら答えた。

 送り込んだ配下が返り討ちにあった結果、このように混沌とした戦場が生み出されているのだ。無理もあるまい。


「――対応は?」


『……とにかく、正気な者たちで抑え込む他にない。

 こちらは、私自らが出撃し、兵たちへ呼びかけていく』


 手短な質問に、ケンジが苦い顔で応じる。

 彼もまた、分かっているに違いない。

 一度、衝突が始まってしまえば、言葉で収めるのは極めて困難であると……。

 と、そこで向こうに残っていたアレルが、通信ウィンドウへ顔を出す。


『僕の方も、ケンジが持ってきてくれたミストルティンで出撃します。

 この状況で、僕の話を聞いてくれるとも思えないが、兵たちをいたずらに死なせるわけにはいかない。

 機体の四肢をもいででも、抑え込みます』


 普段は金髪の貴公子と呼ぶべき佇まいのアレルが、険しい顔で言い放つ。


「――お嬢様、状況は!?」


「――なんだか、騒がしくなってんじゃねえかァ」


 ユーリ君とジョグがブリッジに上がってきたのは、そんな時のことであった。

 同時に、正面モニターを丸ごと使う形で、通信ウィンドウが開いたのである。


『やあ、IDOLとタナカ伯爵及びラノーグ公爵。

 そして、親愛なる皇帝陛下……』


 そこに映し出されたのは、純白のスーツに身を包んだ青年の姿だ。

 年齢は、二十そこそこといったところ……。

 黒髪は短めに整えられており、普段は少年じみた活力とイタズラっぽさを感じさせる甘めの顔立ちが、今は邪悪な笑みに歪んでいる。


「ヒラク・グレア……」


 俺はその顔を見て、背筋を強張らせた。

 その理由は、他でもない。


 ――ハーレーの通信システムに、無理矢理割って入っている?


 ――しかも、陛下だと?


 彼の前置きが、正しいのだとすれば……。




--





「待つだけっていうのも、退屈だねえ。

 んで、こう……暇つぶしにピコピコとやりたくなっちまうぜ」


 ロンバルド城の執務室……。

 歴代の皇帝が使ってきた机にだらしなく足を乗せながら、銀河皇帝カルス・ロンバルドは、両手でゲームコントローラーを握るような仕草となった。


「陛下……。

 お気持ちは分かりますが、ご自重下さい。

 タナカ伯爵の情報が確かならば、我々もすでにDペックスの術中へハマっています」


「オーケー、オーケー。

 だから、アプリをアンインストールするだけでなく、念の為に携帯端末も別室に置いてきてあるだろう?

 俺、これでも忙しい身の上だから、通信機器を手放したくないんだがねえ」


 降参するように手を上げながら、傍らに控える鉄の男――ウォルガフ・ロマーノフへと答える。

 端末らしい端末といえば、眼前に存在するなんの変哲もないノートパソコン……。

 だが、実のところ、これには最新最高峰のセキュリティが施されていた。

 だから、突如として画面に通信ウィンドウが開いた時は、さしものカルスといえど動揺を隠せなかったのである。


『やあ、IDOLとタナカ伯爵及びラノーグ公爵。

 そして、親愛なる皇帝陛下……』


「ヒラク・グレア……」


「一体、どうやって通信を?」


 自分と同様、ウォルガフもまた驚きの声を上げる。

 しかし、カルスの方はすぐに冷静さを取り戻し、下唇だけを動かすような笑みになったのであった。


「ようよう、元気してるか?

 こっちは、お前さんが捕まるのを待ってから、ラノーグ公爵軍に即座の撤退を命じるつもりで待機中だぜ」


『それはそれは、無駄な時間を使わせてしまって申し訳ありません。

 残念ながら、僕は元気にしていますよ』


 銀河皇帝と若きゲーム会社社長……。

 いや、謎の技術を使って混乱を巻き起こしたテロリストと視線が交差する。


「今の前置きを聞いた感じだと、現地のカミュちゃんたちにもこの通信は聞こえてるみたいだな。

 一応、この通信網は最上級のセキュリティで守られているんだがねえ」


『こちらには、協力者がいましてね。

 彼らの手にかかれば、現行人類のセキュリティなど、紙で覆った壁のような代物に過ぎないそうですよ』


「そりゃまた、立派なお友達がいたもんだ。

 是非、挨拶したいもんだな」


『それはまた、別の機会に』


 ヒラクがいるのは照明のない暗い部屋で、果たして、どのような場所に居るのかうかがい知ることはできない。

 ただ、その顔に浮かぶのは――余裕にして悪辣な笑み。


「随分、楽しそうじゃねえか。

 気付いていると思うが、お前さんの手品はもうタネが割れちまってるぜ?

 で、こんな大それたことをしでかした理由はなんだ?

 俺の命を狙わせてみたり、取り入ろうとしてみたり……。

 動機ってやつが知りてえなあ」


『この帝国が、大嫌いなんですよ。

 だから、あなたに近付いてのし上がり、内からメチャクチャにしてやりたいと思った。

 ラノーグ公爵と、入れ替わる形でね』


「Dペックスと合わせて俺の好感度上げつつ、アレルを失脚させる。

 で、後釜に自分を指名させるってわけか。

 前代未聞の人事だが、あれだけ強力な催眠アプリなら、できないこともないかもなあ」


 軽く肩をすくめながら、答え合わせを終える。

 確かに、自分はヒラク・グレアという男に好感を抱きつつあったし、Dペックスも大いに楽しんでいるヘビーユーザーだった。

 また、カルス自身がユーザーでなかったとしても、帝国重鎮の中にいるユーザーへ近付き、同じようなことを目論んだに違いない。


「でもまあ、残念だったなあ。

 全部ご破算だ。

 もうその手は通じないぜ?」


『本当に、そう思いますか?』


 カルスの言葉に、ヒラクが薄い笑みで答える。


『端末を手放せば安心、と思っているようですが……。

 僕はね。ゲームを作る上で、BGMをことのほか重視している。

 いいゲームミュージックというものは、気分を自然と盛り上げ、どれほどの長時間聴いたとしても、飽きないものだ』


「ああ、同感だねえ。

 俺はコウイチ・スギヤマの戦闘BGMが好きだぜ」


『趣味が合う。

 あなたがロンバルドの皇族でなければ、きっと良い友人となれたことでしょう』


 会話の流れに不穏さを感じ……。

 傍らのウォルガフが、どうにか盾になろうと身構えた。

 だが、もう遅い。

 この通信回線を開かれた時点で詰みであると、カルスは最初から分かっていたのである。


 ――キイ……ン。


 ……と、耳鳴りが響いた。



--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093091849601488


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悪役令嬢に転生しましたが、人型機動兵器の存在する世界だったので、破滅回避も何もかもぶん投げて最強エースパイロットを目指します。 英 慈尊 @normalfreeter01

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