見えざる笑み

「さっそく、からめ手を使ってくるか。

 やはり、ユニークなパイロットだ」


 搭乗するコガラスに、たった今思いついたばかりのマニューバ――半人型形態での方向転換――を実行させながら、ヴァンガードはそうつぶやいていた。

 あの、クモの巣を思わせる樹脂結界……。

 もし、触れていたならば、ロクなことにはなっておるまい。

 ゆえに、強襲を諦めて軌道変更する形となったわけだが、これはつまり……。


「このコガラスにとって最大の武器である一撃離脱戦法が、完封されるとはな。

 敵もさるもの……。

 対策を立ててくるか」


 言ってしまえば、この状況は、無撃離脱といったところ……。

 要するに、なんの戦果も得られず、ただ無駄な方向転換を披露しただけである。

 そればかりか、不意を打っての強襲がもたらす心理的効果なども得られず、ただただ、敵に身構える余裕が生まれただけの結果となった。


 この状況を生み出したのは、あの黒いリッター……。

 おそらくは、先日小破させた機体の改修機であり、パイロットも同一のはずだ。

 それにしても、面白いのは……。


「まさか、ロボット兵器に弓矢を装備させるとはな。

 その上で、しっかりと有効性を示しているのが素晴らしい。

 『薔薇の園』はおろか、艦隊にまで動揺を示させた。

 極めつけは、私の動きを封じたことだ。

 良い発想だよ」


 言いながら、ビームマシンガンのトリガーを引く。

 戦闘機形態では機体下部に保持される携行武装から、無数の光弾が吐き出された。

 これを颯爽と受け止めたのは――ミストルティン。


「さながら、姫君を守る騎士といったところか」


 このパイロットは、確か若き公爵だったか……。

 愛機にまで、貴公子然とした立ち居振る舞いが乗り移っているかのようで、苦笑してしまう。

 そこで、気づく。


「姫君と言ったか、私は?

 となると、リッターのパイロットは女……いや、少女か?」


 ハイヒューマンでも上位に位置するヴァンガードの推測であり、当然ながら、やみくもなものではない。

 ミストルティンのパイロットから発される無形の思念波を分析すると、そのようなニュアンスが汲み取れるのだ。


「ふむ……相手方にも、似たようなポジションの人間はいるということか」


 どこか、世間話じみた口調でつぶやいているが、行っているのは生死を分かつドッグファイトだ。

 ミストルティンにビームマシンガンを放ったまま、コガラスの機体を下方へと離脱させていく。


 こうなれば、通常の戦闘機というものは、再度のアタックを仕掛けるために大げさな方向転換をせねばならない。

 だが、それを補う工夫は先程思いつき、すでに実行済みのヴァンガードだ。


「当たらんよ……」


 半人型形態となり、蹴りを繰り出すような挙動で足元のスラスターを噴射する。

 それによって方向転換を果たし、ミストルティンが放った反撃のビームを悠々と回避した。


「……そちらもな」


 同様の跳ねるような動きで回避したのは、先読みして放たれていたリッターの矢だ。

 今度のそれは、おかしな仕掛けがない杭のごとき通常矢……。

 だが、自分の動きを把握したことは、称賛に値するだろう。


「ふうむ……やはり『流出品』か?

 前は、力を抑えていた?

 いや、極限状態で力が開花しているのか?」


 感じ取れた敵の思念波から、そのような判断を下す。

 同時に、わずかではあるが自分の思念波が拾われていることも、ヴァンガードには感じ取れている。

 もっとも、この感度では、本人にもそうと自覚がないかもしれないが……。


「――むっ!?」


 その瞬間……。

 確かに、ヴァンガードは感じ取った。

 敵リッターのパイロットから漏れ出した思念……。

 これは……。


「勝ちを確信されている?

 どういうことだ?」


 相手は、コックピットの中で……ほほ笑んでいる。

 すでに勝利は確定し、貴様はチェックがかけられた状態であると、余裕をもってこちらに視線を送っているのだ。


「何を材料に……」


 こちらの腕前は、先日、散々に見せつけておいたはず。

 確かに、最も重要な初手は間を外されてしまい、続く第二打も互いに様子見のような攻防となった。

 だが、それだけのことであり、勝負はこれからが本番であると、高揚する気持ちを抱えつつあったヴァンガードなのである。

 そこに、このような感情を抱かれるとは……。


「面白い。

 何をもってそう判断したか、ご教授頂こう」


 旋回しつつミストルティンのビームライフルをかわし、再び攻撃へ打って出た。

 今度のそれは、一撃離脱戦法ではない。

 斉射を浴びせながら接近し、人型形態へ移行しての格闘戦を仕掛ける目論見だ。

 だが……。


『ありがてえ! 援軍だ!』


『一気に畳みかけようぜ!』


「うっ……」


 埒外の動きを見せたのは、意識の外へ置いていた者たち……。

 すなわち、ここ『薔薇の園』を守備すべく布陣し、一方的に狩られるばかりであったならず者たちのPLである。


 ここぞとばかりに機体を押し出した彼らは、援護でもするつもりなのか?

 コガラスとミストルティンたちの間へと、割って入ってきたが……。


「ちいっ……!」


 それは、ヴァンガードからすれば、あまりに――邪魔。

 射線も動線も封鎖されてしまい、足を止めざるを得ない状態だ。


「ならば……」


 仕方なしにトランスフォーメーションを敢行し、コガラスへ人型本来の姿を取り戻させる。

 その上で、左腕部のマシンガンを撃ち放つヴァイキンらに混ざり、ビームマシンガンを斉射したが、これは……。


「機体の持ち味が活かせない!

 諸君、気持ちは嬉しく思うが、下がりたまえ!」


 自軍の回線に向けて、そう叫ぶ。

 そうなのである。

 いまだ相当数を残していた守備隊のヴァイキンらが四方八方から距離を詰めてきた結果、すでに戦場はコガラスが飛び回れるフィールドでなくなっていた。

 こうなってしまうと、せっかくの高機動可変機が、非正規PLと足並みを合わせなければならないのである。


「敵はこれを見越していたか!」


 叫びながら、回避運動を取った。

 敵リッターの放った矢……。

 明らかに先の通常矢と毛色の違う弾頭を備えたそれが、こちら側に迫っていたのだ。


 だが、この回避運動も――ままならない。

 もし、自在に動けていたのならば、ヴァンガードはコガラスに変形させ、急加速での離脱を行っていたはずである。

 だが、そうすべき空間には――味方PL!


「――グレネードかっ!」


 爆発が、間抜けなならず者たちの機体を爆発の渦へ巻き込む。

 矢の先端に仕込まれたグレネード弾頭が、その威力を発揮した結果であった。

 しかも、悪いことは連鎖するもの……。


「――武器がっ!」


 爆発四散したヴァイキンの四肢……。

 それが、コガラスの右手に保持したビームマシンガンに直撃し、銃身を捻じ曲げてしまったのである。

 戦場において最も恐るべきものは、このような意思の介在せぬ流れ弾であるということだ。


「――不覚か!

 自ら、死路へ飛び込んでしまうとは!」


 それでもまだ、このならず者たちに連携が取れていたのなら、いくらでも戦いようはあった。

 だが、所詮は数を揃えるための寄せ集め……。

 先に自分が呼びかけた言葉にも応えず、ただコガラスの邪魔となるばかりだ。


「――ええいっ!

 味方に足を引っ張られるとは!」


 ヴァイキンを牽制しながらも、ミストルティンがこちらに向けてビームを撃ち放つ。

 それは最小限の動きで回避しながら、ヴァンガードはこの戦場で始めて――吠えた。


「だが、意地は示させてもらう!」


 ヴァイキンらによって塞がれた中に見いだした――穴。

 そこへ、ねじ込むようにして変形したコガラスが突っ込む。

 狙うは、多勢の処理に手を取られるミストルティンではない。

 あの黒い――リッター。


 敵機は、受けて立つ思念と共に、引き抜いた矢を両手に構えていた。




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 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093087962550668


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