抜き打ち調査
銀河帝国における貴族の本拠地というものは、実に様々な形態をしている。
例えば、我が実家たるロマーノフ大公家の実質的な本拠地は、黒騎士団の母艦でもあるシュノンソーであった。
もちろん、本来の本拠地はわたしが生まれ育った場所であるあの屋敷なのだが、お父様はあそこを政治的拠点として使いたがらないのだ。
もちろん、年の半分はシュノンソーでオッケイ! しているという現場主義的気質もある。
ただ、お父様にとってあの屋敷は――安らぎの場所。
大公という立場にふさわしい激務をこなした体が、心から癒される銀河で唯一の場所なのかもしれない。
……まあ、前世の記憶が宿るまでわたしのことは割とないがしろ気味で、それが少ーしばかり人格形成に影響していたとも思うけど、そこは水に流そう。
前世の視点が加わった今なら、こちらからもっとアクションすべきだったと内省できるしね。
話が逸れた。
というわけで、我がロマーノフ大公家はシュノンソーや、あるいは首都に用意した大公館が実質的な政治的拠点となっている。
大公館の造りは、こう……ホワイトハウスをイメージすれば、おおむね間違っていない。
神殿めいた荘厳な建築物で、かつ、大公家が擁する様々な機関との連携機能が付与されている公邸だ。
同じように、銀河の貴族たちは個性溢れる様々な本拠地を有していた。
一番有名なところでいくと――ロンバルド城。
カルス帝が居住する城であり、地球の文化を受け継いだ銀河帝国の象徴である。
かといえば、例えばケンジが君臨するタナカ伯爵家は、オフィスビルめいた無機質なビルディングを本拠地としていた。
チューキョーのように内部空間が限られたスペースコロニーを統治している以上、為政者であっても、土地面積は有効に活用しなければならないということだな。
ま、プライベートを過ごす邸宅は、思いっきり趣味に走った和風建築物だけど。
他にも、皇帝に倣い城を拠点としている貴族や、うちと同じように象徴的な公邸を使う貴族……。
変わりどころでは、ピラミッドを建てて本拠地にしている貴族や、PLが堂々と闊歩する軍事基地が本拠地となっている貴族も存在した。
貴族家にとって、政治拠点は自分たちを表す顔……。
そこに力を入れ、独自色を打ち出していくのは、前世地球の例から見ても非常に納得がいった。
そして、今俺たちが訪れているラノーグ城……。
ここもまた、極めて独特な造りの建築物である。
まず、城と名が付けられているが、ロンバルド城のような古式ゆかしい石造りの外観ではない。
例えるなら、これは――白亜の世界樹。
最新の建築素材を駆使した白い巨塔が、無数の枝葉を広げるように首都中央部へそびえ立っているのだ。
枝の先端部一つ一つに存在するのは、強化ガラスで覆われたドーム。
これらは、植物園や動物園、水族館になっており……。
政治的拠点でありながら、首都に住まう人々へ癒しと娯楽を提供すると共に、観光産業の観点から見ても重要な場所となっていた。
花の都を睥睨する人造の大樹……。
それが、アレルの居城なのだ。
その、ラノーグ城……。
独特にして優雅な外観とは裏腹に、今は上へ下への大騒ぎ状態である。
理由は、単純。
俺たちIDOLと共に首都入りした皇帝直属の調査団が、これを抜き打ちで封鎖し、調査に入っているからだ。
さすがに、アサルトライフルを構えプロテクターで全身を固めた兵たちが、内部で働く職員たちを次々と床に這いつくばらせるような状況には至っていない。
だが、調査団を構成する人員の多くは、皇帝直属の憲兵たちであり……。
黒いスーツをビシリと着こなし、懐に拳銃を飲んでいる男たちが城内の各部署を立ち入り調査する姿には、ピリピリとした殺気が感じられた。
そうやって内部に保存されている書類やデータを調査すると共に、ラノーグ公爵家の家臣団に対する調査も並行して行われている。
末端の人間には、自宅謹慎が命じられ……。
それなりの立場にある者たちは城内に拘留され、聞き取り調査を行われていた。
前述の通り、これらは抜き打ちで行われているものだ。
何しろ、俺たちIDOLの動きは、一切外部報道されていないからな。
クルーから聞いたところだと、ハーレーとティーガーの惑星突入許可を求められたラノーグ管制局は、大慌てだったらしい。
同じように、アレルが参考人として調査されている事実も、皇帝派の貴族以外には知らされておらず、ラノーグの家臣団に対しては、つつがなく皇星ビルクで外遊していると誤認するよう工作されている。
全ては、あの獣型PLの操縦者であったボッツ元大尉とアレルに繋がりがないか、徹底的に調べ上げるため……。
証拠隠滅の隙を与えない電撃的調査だ。
また、同様のガサ入れは、ラノーグ公爵家が経営する各企業のオフィスに対しても行われており……。
そちらは、オブザーバーとして招かれたヒラク社長などが向かっていた。
これぞまさしく――青天の霹靂。
アレルに仕える家臣たちは、稲妻に打たれたような心持ちで取り調べを受けていたのである。
そのように、自分の手足とも呼べる人間たちがてんてこ舞いとなっている一方……。
彼らの頭たるアレルはといえば、実に優雅なものであった。
城中に居る者たちに大人しく調査へ協力するように命令した後は、城に存在する『枝』の一つ……。
貴人にのみ立ち入りを許された庭園ドームへと足を運び、青空のティータイムを楽しんでいたのである。
……正面に、俺を座らせて。
「よろしいのですか?
このような所で、ティータイムなど……」
花々が咲き誇る中、椅子に腰かけてティーカップを手にした俺は、そうアレルに尋ねていた。
「よろしいのですよ。
僕が下手に何かをすれば、それこそ情報の隠匿や抹消を疑われる。
家臣たちに無抵抗と協力を命じた以上は、こうして邪魔せずのんびりと過ごすのが一番です。
実際、探られたところで痛い腹はないですからね」
茶を飲むアレルの姿は、余裕綽々。
ある意味、ラノーグ公爵家存亡の危機ともいえる状況を、なんら気にしていない態度だ。
まあ、それも当然だろう。
こいつの性格からして、あんな短絡的な手段に及ぶとは到底思えないからな。
『パーソナル・ラバーズ』で履修したアレルの性格は、確かに野心家である。
かといって、無理矢理に皇帝を害して下剋上を果たそうなどと考えるような輩ではなかった。
自分なりに銀河を良くしようと考えてはいるし、上に立つ機会は常にうかがっているが、そこに陰謀を巡らせるような性格ではないのだ。
ゲーム本編で覇を唱えたのは、あくまで、皇帝が崩御して帝国政治が混乱し、かつ、マリアという唯一継承権を持つ隠し子が発見されたからなのである。
その点でいくと、受動的な考え方をしている人物であるとも考えられた。
「……確かに、慌てたところでどうなる状況でもないですね」
「そうそう。
むしろ、こうして余暇を楽しんでいれば、勝手に疑いが晴れるのです。
今はむしろ、その後の後始末に備えて力を蓄えるべきでしょう」
「大物ですこと」
「そうであろうと、努めています。
何しろ、僕は若輩……。
侮られて当然の立場ですから」
「では、この後はどうされるおつもりで?
まさか、お茶を飲んでいる間に調査が終わるということもないでしょう」
俺が尋ねると、アレルがしばし考え込む。
そして、驚きの提案をしてきたのである。
「なら、カミュ殿……。
僕と、デートをしませんか?」
「は?」
俺の顔はきっと、豆鉄砲を喰らったハトみたいになっており……。
ジョグのやつが、ユーリ君やエリナと共に動物園ドームへ行っていなければ、笑われていたに違いない。
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近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090670558598
そして、お読み頂きありがとうございます。
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