アレルとのデート ①

「お似合いですよ、カミュ殿」


 植物園や動物園、水族館などをドーム状の枝葉として内包するラノーグ城であり……。

 中には、観光客向けのショップも存在する。

 調査団の目をかいくぐりつつ裏口からそこへ案内したアレルは、純白のワンピースに着替え、変装用のメガネを装着した俺にそう言い放った。


「君、支払いは僕にツケておいてくれ」


「かしこまりました」


 ひょっとして、こういうことは一度や二度じゃないのか……。

 Tシャツにジーンズというラフな格好となり、やはり変装用のサングラスを装着したアレルへ、店員がうやうやしくお辞儀する。


「いいのでしょうか、こんなことしていて……」


 日頃、アイドル衣装でステージを跳ね回り、多くの目にさらされたりしているこの俺だが、こう間近で一人の男性にじっと見つめられるというのは、別種の恥ずかしさがあり……。

 少しばかり頬を染めながら、アレルに尋ねた。


「先ほども言ったでしょう?

 大変なのはこの後なのですから、今は英気を養わなければ……。

 それに、理由はどうあれ、せっかくこの花の都へカミュ殿を招いたのです。

 今日は思う様、観光を楽しみましょう」


 あえて軽薄な笑みを浮かべるアレルは、普段が堅苦しいスーツ姿なこともあって、まるで別人のようである。

 俺は、この光景とやり取りへ、非常に強い既視感を覚えていた。

 これは……これは……。


 ――ゲームにあったイベントだ!


 『パーソナル・ラバーズ』本編アレルルートにおいて、なんやかんやあってアレルと共に皇星ビルクを脱し、ここラノーグ城へと流れ着いた主人公マリアは、激動過ぎる自分の人生へ疲れ果て、塞ぎ込んでしまう。

 そんな彼女を元気付けるべく、アレルはお忍びデートを敢行するのだが、シチュエーションもセリフも、今置かれている状況はその時と瓜二つであった。

 となると、この後に続くセリフも察しが付く。


「……まあ、わたしもせっかくここまで来て、お仕事だけというのは寂しいと感じていましたから。

 では、エリナたちに連絡をしておきましょう」


 そう言いながら、携帯端末を取り出すと……。

 アレルが、素早くその腕をキャッチしてくる。

 で、一言。


「居場所を伝えては、休暇にならない」


 『ミッション:インポッシブル2』のイーサン・ハントかお前は!

 でもって、これゲームで聞いたセリフだ!


「……ふふっ」


 思わず、笑みが漏れた。

 深く考える暇も、詳しく調べる方法もなかったが……。

 ネイカー街でマリアが存在しなかったという事実は、ゲームの世界に転生したのだという俺の根底的価値観を、粉々に打ち砕いたものだ。

 その衝撃……筆舌に尽くしがたいものがある。


 周囲には、生まれた時から一緒のエリナがおり、頼りになるユーリ君や何かと騒がしいジョグが存在した。

 また、色々あってあまり一緒にはいられないけど、強くカッコイイお父様だっている。

 わたしは、わたしだ。

 では、わたしの中にいる俺は……何者なのか?

 実際のところ、この世界はなんなのか……?

 広大な砂漠に迷い込んだ一匹のアリみたいな気分だった。

 アレルとのやり取りは、そんな俺に、前世との繋がりを感じさせてくれたのである。


「……やっと笑ってくれましたね」


 続く言葉も、ゲームの通り。

 しかし、それを言った理由は、別のものだった。


「どうも、ビルクからここまで移動する道中のカミュ殿は、普段と様子が違うように感じられましたが、元気になったようでよかった」


「わたしが、普段と違いましたか……?」


「ええ。

 時折、こう……深く考え込んでいるような……。

 それでいて、その悩みに決して答えが出ないと悟っているような、そんな顔をしていました。

 まるで、池の中に入っているのに、泳ぎ方を知らない魚だ」


「わたしが、そんな顔を……」


 していた、かもしれない。

 いや、自覚はない。

 自覚はないが……暇を見つけてはマリアの件について考え込み、答えが出ない自問自答ループを繰り返していたのは事実だ。

 それが顔に出ていたのだとしても、なんらおかしいことはないだろう。

 また、日々過酷なクリッシュちゃん吸引を行っていた原因は、そこから生じるストレスだったのかもしれない。


「だったら……」


 すっ……と、アレルに向けて手を差し出す。


「池の泳ぎ方を、教えて頂いてもよろしいですか?」


「もちろんです。

 この池をどう泳ぐかに関しては、よく知っていますよ」


 アレルは、そんな俺の手を取り……。

 こうして、ちょっとしたお忍びデートの幕が上がったのである。




--




 現在、ラノーグ城は調査団によって封鎖されているが、アレルにとって、ここは自分の領域……。

 秘密の通路や裏口を駆使して脱出することなど、造作もない。

 別にそんなことせずとも、アレル本人への調査は終わっている以上、希望すれば普通に堂々と出られそうなものであるが、彼としてはちょっとしたスリルを楽しみたいようだった。


「さて、上手く城から抜け出せましたね。

 では、まずどこへ参りましょうか?」


 と、いうわけで、城から十分に距離を取った歩道で立ち止まったアレルは、振り向きながら俺にそう尋ねる。


「こういう時は、男性がプランを用意するものではありませんか?」


「確かに、よく知っていると豪語しておいて、行く当てを訪ねているようでは格好が付きませんね。

 では、どこへ向かうべきか……」


 あごに手を当てたグラサン姿のアレルが、わざとらしく考え込む。

 これにも、既視感……。

 彼が一体どこへ連れて行くのか、俺には予想が付いていた。


「そうだ!

 やはり、こういう時にはあそこがいい」


 芝居がかった仕草で、アレルがパチリと指を鳴らす。

 それから、こう言ったのである。


「――スペイン広場。

 あそこへ参りましょう」




--




「おい、こいつは……」


「ああ……。

 まさかの展開になった、な」


 アレル・ラノーグ公爵が使っている執務室……。

 そこを調べていた調査員たちは、自分たちが見つけ出したものを見て、互いの顔を見交わす。

 本来、今回のラノーグ公爵家に対する抜き打ち調査は、ひどく退屈な……手続きめいたものとなるはずであった。

 あるいは、儀式か。


 アレル・ラノーグといえば、弱冠十六歳でラノーグ公爵家を受け継いだ若獅子であり、年齢にそぐわぬ卓越した政治手腕に関しては、すでに政界で噂の的となっている。

 そのような人間が、ああも短絡的なテロ行為に加担する……ましてや、これを首謀するなどとは到底考えられず、あくまで、あの事件はボッツ元大尉が別の人間と組んで行ったものであると考えられた。

 それでも、このように大貴族家の行政中枢を麻痺させてまで調査するのは、ボッツとアレルの間に師弟という繋がりがあり、かつ、いまだ出どころが知れぬあの怪PLを用立てられるだけの力が、アレルという少年にはあるからなのである。


 だから、せっかく調査活動を行ったところで、何も出てこないはずであった。

 そのはずであったのだ……!


「……こちらブラボーツー。

 聖杯は満ちた。

 繰り返す。

 聖杯は満ちた」


 調査員の一人が、携帯端末に向けて呼びかける。

 すると、端末の向こうからは、やはりひどく意外な……。

 しかし、こうなってしまうと、当然の帰結ともいえる言葉が返ってきたのだ。


『こちらアルファ。

 泉は溢れるかのごとし。

 ……皇帝陛下の指示を仰ぐ。

 しばし待機せよ』


 その指示に、調査員たちはごくりとつばを飲み込む。

 彼らの手は、自然と拳銃の収まった胸元を抑えていた。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090715423120


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