アレルとのデート ②

 貴き者……貴族の責務として重要なのものの一つに、文化保全というのが挙げられる。

 文化なくして、人間は成り立たず。

 かといって、これの保護に意識を割けるほど一般市民の生活にゆとりがないのは、前世地球も宇宙に進出したこの世界も同様であった。

 つまり、今日明日のことだけでなく、千年先の人類を想って行動できる人間なんていうのは、ケへへへッ……暇なんだね? ということである。


 別段、貴族というのが暇人を集めた階層であるというわけではないが、一般市民に比べればゆとりがあることは間違いないし、何より、人類全体の行く末を憂いなければならない立場ではあった。

 そこで、銀河帝国興隆時に打ち出された政策の一つが、地球文化の持ち出しだったのである。


 モノによっては、建物ごと……。

 それが無理ならば、可能な限り再現したレプリカを作り出す……。

 レプリカといっても、銀河時代の技術をもって生み出されたそれの再現度は本物と見紛うばかりであるし、そもそも、複製絵画だって大元の美しさは写し取れているものだ。

 史跡や有名建築物など、各貴族家によって復元や複製を行われたこれらレプリカスポットは、帝国市民にかつて人類が培ってきた文化を確かに感じさせ、受け継がせているのであった。


 花の都ラノーグに復元されたスペイン広場もまた、そういったレプリカスポットの一つである。

 波を打つような独特の形状をした大階段が、単なる昇降設備に留まらぬ美しさでもって、見る者を圧巻させ……。

 大噴水は、水そのものが持つ癒しの力が人造の知恵でもって噴き出しており、マイナスイオンがどうのと、科学的な解説を加えるのが無粋と思える幻想的な美しさが生み出されていた。

 訪れる人々の姿は、優雅にして……穏やか。

 これは、本人たちの気質によるところ以上に、この『場』が持つ空気と力が、そのような気分にさせているのである。


 前世において、本物のスペイン広場を訪れた経験はない。

 従って、再現度に関して、俺は評する口を持たなかった。

 ただ一つ確かなのは、かつての名所にあった魂と呼べるものが、ここへ根付いているということ……。

 この場所には、培われてきた文化の残滓が間違いなく存在し、銀河時代を生きる人々はそれを受け継いでいるのである。


「見るだけで、何か考えさせられるものがありますね。

 あるいは、忙しい日々を忘れられると言いますか……」


 風になびいた髪を軽く片手で押さえながら、俺はそんな感想を漏らした。


「花々に埋もれたこのラノーグですが、この広場周辺に関してはそれを行わず、かつて存在した景観の再現と維持に努めています。

 僕がカミュ殿くらいの時は、単なる広場にどうしてこうも人が集まるのか、不思議でならなかったけど……。

 今は、少しだけその理由が分かりますよ」


「理由って、どのような?」


「ここは、人に誇りを与えます」


 俺の質問に、アレルはキッパリと断言する。


「地球にあったそれを再現した場所ですが……いや、だからこそ、か。

 自分たちは、このように偉大で美しいモノを生み出してきた人間の末裔であると、その精神を受け継いでいかねばならないと、自覚させられるのです。

 それに……」


 そこで、アレルが少しだけ茶目っ気のある笑みを浮かべた。


「ここに来れば、美味しいジェラートが食べられますしね」


 彼の視線が向いた先……。

 そこにあったのは、いくつかのジェラート屋台だ。

 屋台には、それぞれ観光客や地元の人間が列を作っており、笑顔で店主からジェラートを受け取っている。

 ここ惑星ネルサスの季節は――夏。

 前世日本におけるそれとは異なり、カラッとして不快さはない暑さであるが、それはそれとして、暑いことに変わりはない。


 スペイン広場でジェラートを食べるのは、逃亡中の公国姫君が使う偽名の元となった偉大な女優主演の映画が由来であったか……。

 だが、その映画を観ていなくても、この暑さの中で食べるジェラートというのは、格別の味であると思えた。


「いかがですか?

 おごりますよ」


「なら、遠慮なく。。

 わたしは、オレンジ味が好きです」


「そうこなくっちゃ」


 手を引いてくれるアレルと共に、ジェラート屋台の列に並ぶ。

 傍から見れば、仲の良い兄妹か何かのように思えるだろう。

 しかし、当事者の主観として事実を列挙してみれば……。

 穏やかで美しい広場を共に散策し、ジェラートを一緒に食べるというのは、立派なデートであるといえるかもしれない。




--



「ふうん……事前に調べの付いていた通りだな」


 ロンバルド城内に存在する執務室……。

 自分を除けば、秘書官の一人も存在しない室内で、銀河皇帝カルス・ロンバルドは独りごちていた。

 部屋に鳴り響いているのは、カミュ・ロマーノフによる歌唱であり……。

 最近のカルスは、これを唯一の友として執務を行うのが習慣化している。

 そんな彼の執務机に置かれているのは、ごくごく一般的なノート型の端末。

 そこに表示された画像を見て、考え込むようにあごへ手を当てた。

 画像の正体は、ラノーグ公爵領に派遣した調査団が得た成果の数々だ。


 例えば、手紙……。

 物理的な紙を用いたそれは、ボッツ・ドゥーディー元大尉直筆によるものと推測される。

 内容は、至って簡潔。

 アレルからの皇帝暗殺依頼を、引き受けたというものだ。

 また、手紙は一通だけでなく、日付けの順に並べてみると、アレルから受けた細かい作戦指示を了承した手紙や、例の獣型PL――ティアーという名らしい――の受領場所について、確かに把握したという内容の手紙もあった。


 企業筋から入手した証拠もある。

 代表的なところでは、アレルによる投資の指示だ。

 例えば、帝国中央部から距離を置いた辺境の大企業など……。

 中央保護政策を打ち出すカルスの身に何か起これば株価が値上がりすると、子供でも理解のできる企業に対し、強力な投資支持をしている書類などが押収されたのである。


「挙げ句の果てには、これか……」


 苦笑いを浮かべながらスクロールすると、寝室で押収されたという紙媒体の日記が表示された。

 そこに書かれている内容……。

 それは、カルスへの不満を様々な形で言葉にしたものである。

 中には、いずれ必ず害する旨を誓った文章まで発見された。

 これらを見て、カルスが抱いた感想は二つ……。


「うーん。

 嘘臭い。そして、わざとらしい」


 添加物がたっぷり入ったジュースを飲んだ時のような気分で、そうつぶやく。


「いずれも、偽装することはさほど難しくはない。

 が、問題なのは発見された場だ。

 アレルの執務室にしろ寝室にしろ、余人がたやすく立ち入れる場所じゃねえ。

 こりゃ、いよいよこのゲームが臭くなってきたかな」


 手にした携帯端末に表示されているのは、Dペックスの起動画面……。

 これを怪しんでいる状況だというのに、今すぐプレイしたくなっている己の心理状態を、カルスは冷静に観察していた。


「ま、ひとまずは、だ。

 アレル自身に、直接話を聞くかね」


 結論を出した皇帝は、調査隊への通信回線を開く……。




--




『俺だ。

 送られた情報から結論を出した』


 役所フロアのオフィスを利用したラノーグ城調査隊司令部……。

 そこで、カルスからの通信を送られた司令官は、モニターを注視していた。

 瞬間……。


 ――キイ……ン。


 という小さな耳鳴りが生じる。

 だが、ただそれだけのことであり……。

 司令官は、銀河最高権力者の言葉を聞き逃すまいと、神経を集中させた。

 そして、確かにオーダーは下ったのだ。


『アレル・ラノーグを反逆罪で抹殺せよ』


「――ハッ!」


 答えた司令官の眼前で、通信が打ち切られる。


「アルファより各チームへ。

 皇帝陛下の勅命を伝える」


 命令を受けた司令官は、直ちにこれの遂行に移るべく、各所の憲兵たちへ一斉通信を行った。

 ところで……。

 彼自身、まったく自覚していないことだが、任務用の携帯端末にはとあるゲームアプリがインストールされており……。

 また、この端末は今、通常のスリープモードとは異なる挙動を見せていたのである。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090774342594


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