花の都
上空から見た街の姿も、それそのものが美術品であるかのようで、誠に見事なものであったが……。
車窓から眺める等身大な景色もまた、ひどく幻想的で美しい代物である。
右を向けば、花。
左を見れば、また花。
どころか、上を向いても段差を設けたビルの壁面や、あるいは屋上部に咲き誇っている花々が目に入り……。
下を向いても、舞い落ちた花弁が、はかなくも美しく散った生命の尊さを訴えかけてきた。
前世地球において、花の都といわれ思い浮かべるのは、パリであったが……。
それはあくまで比喩表現であり、実際に花々で埋もれていたわけではない。
対するこちらラノーグは、まさに、看板に偽りなし……。
優れたテクノロジーと住まう人々の美意識によって、銀河で最も美しい都市を目指しているのだ。
「……なんつーか、ここまで徹底してると、キレイだとかスゲエだとかじゃなく、執念を感じちまうな。
こんだけ花びらが落ちてたら、そのうち、街中が花びらで埋もれちまうんじゃねえかあ?」
後部座席から聞こえるジョグの声には、少しばかり同意だ。
普通の場合、美しい都市を目指すっていうなら、建物の美しさや都市の計画性で勝負するだろう。
街中を花で埋め尽くそうなんていうのは、一種の狂気すら感じられる発想であった。
「執念か、それは言い得て妙だな。
実際、この街を埋め尽くす花は、執念という養分によって育っていると言えるだろう」
俺たちが乗った車の運転席で、サングラスを装着したアレルが解説する。
運転席といっても、ハンドルを握っているわけではない。
交通渋滞などを避けるため、銀河帝国の自動車はAI制御が一般化されており、ハンドルやペダルは、あくまでもいざという時の保険に過ぎないのだ。
余談だが、結果として運転免許証は半ば形骸化しており、もし車が使えなくなったなら、事故などを避けるために大人しく待機するのが一般的な考え方であった。
大げさではなく国民総ペーパードライバーなので、運転なんぞしたらかえって危ないというわけだな。
「アレル様のご先祖様は、どうしてこのような街造りを決意なされたんですか?」
後部座席から身を乗り出したユーリ君が、至極ごもっともな質問をする。
彼が不勉強というわけではない。
例えば、前世地球で各国首都の成り立ちを説明できる人間が、ほとんど存在しないのと同じ……。
歴史ある惑星や都市なんぞ山ほどあるので、それらの由来をいちいち調べるというのは、趣味の領域なのであった。
「うん……。
ラノーグ公爵家は、ロマーノフ大公家やタナカ伯爵家などと同じく、銀河帝国建国時に活躍した家柄でね。
とりわけ、食糧生産で重要な役割を負った。それは、今でも同じだけど」
ちらり、と車窓の向こうを見ながら、アレルが解説する。
道路の中央部を彩っているのは、夏の花々が植えられた分離帯であり……。
このようなものを見ていると、ビルディングが立ち並ぶ街中のドライブでありながら、まるでおとぎの国で馬車を走らせているかのような気分だった。
「つまりは、過酷な宇宙入植の時代において、緑の力でこれを支えたということ……。
その誇りを、後々まで伝えるために、こういった街造りが試みられたわけだ。
もちろん、それを支えているのは、テクノロジーだけどね」
アレルが言った通り……。
街路のそこかしこに見受けられるのは、前世地球のファミレスで用いられていたようなロボットだ。
彼らの胴体は、掃除機めいた構造となっており……。
決められたルートを進みながら、舞い落ちている花びらなどを吸引してきれいにしているのである。
ジョグが懸念していたようなことは、こういったオートメーション作業によって払拭されているのであった。
「いかがですか?
カミュ嬢から見て、この都は?」
「わたしですか?
そうですね……」
話を振られ、会話に加わっていなかった俺は、しばし考え込む。
どうして会話へ混ざっていなかったのかというと、男子たちが繰り広げる会話にひどい既視感を覚えていたからだ。
そう……。
今行われていたやり取りは、『パーソナル・ラバーズ』作中で、主人公マリアとアレルが行った会話に酷似していたのである。
ゲームの中で、マリアはひどく興奮し、あれこれとアレルに質問していた。
そして、恍惚としながら、言い表せない感動をどうにか表現しようと、四苦八苦していたものである。
マリア、か……。
それがトリガーとなり、俺は皇星ビルクでの出来事を思い出していた。
マリアというキーパーソンが、この世界から消失していること……。
イコールで、カルス帝に子供がいない可能性のあること……。
これらはいずれ、解明に乗り出さなければならないだろう。
「夢の都、でしょうか……」
だから、俺はゲーム中のマリアと異なり、そんな言葉を口にする。
「夢の都か。
詩的な響きだ」
アレルは、そんな俺の言葉を受けて満足していたようだったが……。
俺はといえば、はかなく舞い散る花びらを、頼りないゲーム知識と結び付けていたのであった。
人をそんな気持ちにさせるのも、花が持つ力ということだろう。
--
「ハクビ子爵も、ボッツ元大尉も、取り調べから得られるものは特に何もなし、だ。
普通、こういう輩は反逆思想の片鱗でも見せるものなんだがよ」
ロンバルド城に存在するサロン……。
そこでゲームコントローラーアクセサリーの装着された携帯端末をカチャカチャとやりながら、カルス帝はそんなことをつぶやいた。
彼がプレイしているのは、他でもない……。
銀河的大ヒットゲーム――Dペックスである。
「耳が痛い話ですな。
反逆の兆候を、察知し得なかった身としては……」
そんな彼の動作を、視覚以外の感覚で捉えながら、ケンジはそう答えた。
物が見えていない目でありながら、眼前のソファに座る人物がプレイしているゲームアプリの名を正確に当てられる理由は、ただ一つ……。
昨今、このゲームをプレイしている人間が、あまりにも多いからである。
ケンジの周囲で見ても、多くの人間が余暇をこのゲームで過ごしていた。
文官も武官も問わず、暇を見つけては端末にアクセサリーを装着し、時間の許すままこれをプレイする……。
それは、驚くべきことに、腹心たるクノイチ――キキョウであっても同じであり、もし、ケンジの目が見えたままであったなら、やはり、同じように熱中していたのかもしれない。
「唯一得られた収穫は、俺と同じように、このゲーム……Dペックスってんだけどな?
これを遊びたいと、二人共が真剣に訴えているということだけだ。
まあ、気持ちは分かるぜ。
俺も牢獄で端末取り上げられたら、同じこと思うかもなあ」
「それほどに面白いゲームとなると、遊ぶことのできないこの目が恨めしく思えますな。
そうまで、夢中になってしまうもので?」
「こうして、大事な家臣と面会している最中に遊んでる人間捕まえて、それを聞くかあ?
なんつーか、繰り返し……いや、無限に遊びたくなっちまうんだよな。
ゲームの性質上、毎回毎回、必ず違う展開になるっていうのが大きい。
その違う展開を楽しんで、かつ、チャンピオンを目指したくなっちまう。
銀河的大ヒットをしたのも、当然って感じだね。
あ――」
『リタイア』
皇帝の端末から、無機質にして無情な音声が流れる。
どうやら、チャンピオンを目指す夢はあえなく破れたらしい。
「かーっ! もう一回やるか! かーっ!
……てなるのも分かる。
平時なら、な」
「皇帝暗殺を目論み、獄中にいる者たちがそれを言うのは、不自然ですか?」
ようやく本題に入ったことを察し、ケンジは薄く笑みを浮かべた。
こうなれば、自分とサシで会った理由など、ただ一つなのだ。
「ちっとばかり不自然だろう?
――探れ。
目立つ探り方はカミュちゃんたちが請け負ってるから、密やかに、な。
ミストルティンも預けておく」
「――御意」
それで、話は終わり……。
銀河の最高権力者は、再びゲームをプレイし始める。
ケンジはその邪魔にならないよう、密やかにサロンを退出したのであった。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090611065623
そして、お読み頂きありがとうございます。
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