ラノーグ公爵領
どんな国が強いか?
これは、有史以来、様々な為政者が思い描いてきた事柄だろう。
だが、歴史を紐解いてみれば、これには至極単純な結論が出される。
すなわち……。
国土面積の広い国、だ。
土地は、力だ。
そうだな……歴史上の偉人を指導者として、国家を成長させていく大ヒット歴史シミュレーションでもやってみると、その辺分かりやすいだろう。
とにもかくにも、国家が力を付けるためには、土地がいる。
産業に従事する国民を増やすためには、彼らを養うための農地――すなわち、国土が必要であった。
また、技術が発展し、様々な工場を建てられるようになっても、製造する品に最適な土地――国土が必要不可欠である。
そしてそして、もはや懐かしくもある前世の故郷――日本が近代以降、常に資源面で不利をこうむっていることから分かる通り、国土が広ければ、それだけ有力な埋蔵資源を期待することが可能であった。
何をするにも、土地、土地、土地だ。
国家間の力関係が相対的なものである以上、広大な国土を有する側はあらゆる面で有利であるし、逆に国土が小さい側は、農業、工業、人材育成など、様々な面で不利となる。
もちろん、もっと深く掘り下げると、統治や防衛の困難さなど、国土が広いゆえの弊害もあるのだが、基本的には、あればあるほど良いのが国土であると考えていいだろう。
さて、このような前置きをした上で説明すると、我が銀河帝国はロンバルド帝室による独裁国家であるが、同時に、各惑星を統治する貴族の独立性が強い国家でもあった。
独裁者がいながら、地方の独立性が強い……。
一見すると矛盾しているように思えるが、歴史を振り返ってもそういう事例は存在する。
俺にとって馴染み深いところでいくと――江戸幕府。
幕藩体制という分権的な仕組みを採用した結果、徳川将軍家が絶対的な力を持ちつつも、地方の大名たちが独自性の強い政策を打ち出していた時代だ。
馴染みの薄いところでいくと、モンゴル帝国だな。
ハーンさんたちがハッスルしすぎた結果、中央の目が地方まで届かなくなってしまったので、地方の独立性を認めざるを得なかった事例だ。
銀河帝国の事情で近いのは、どちらかというと後者――モンゴル帝国だろう。
何しろ、銀河は広い。その広さを説明したら、ハーンさんたちも「ハーーーーーーーーーーンッ!?」と言って、驚くこと請け合いである。
しかも、広いだけではなく、それに相応の人口があった。
以前武力介入したオロッソ程度の辺境惑星であっても、一億人近い民が暮らしており、そのような惑星が銀河中にゴロゴロしているのだ。
とてもじゃありませんが、帝室の目など行き届きませんね。
かくして、帝国貴族たちは、皇帝の配下でありながら、それぞれ独立国の主がごとく振る舞っており……。
互いに互いのことを、自分と比べて強い国か弱い国であるか、常に見比べているのである。
そこへいくと、アレルが当主として君臨するラノーグ公爵家は、間違いなく――強い国であった。
強さの理由は……ここでようやく最初の話題へ立ち返ってくるのだが、領地の広さ。
同家が保有する惑星の数は――七つ。
これは、他の公爵家と比べても破格の数である。
しかも、保有する惑星それぞれの質が良い。
土質が良好で、かつ、農耕可能面積が広いパンゲア型の惑星が三つ……。
それとは逆に、惑星表面のほとんどを海水で覆われたマリン型の惑星が三つ……。
ついでに、鉱物資源の豊富な工業惑星まで一つ保有していた。
誰が言ったか、帝国中央部の――台所。
農産物と海産物の生産量においては、ロマーノフ大公家すら上回る食糧生産地点。
それこそが、ラノーグ公爵家なのだ。
その政治的、戦略的な重要性を考えると、カルス帝が先日のテロ事件へ過敏なまでに反応しているのは、ある意味、当然と言えるだろう。
さっさと調査を終えて、先日の事件がラノーグ公爵家の思惑によるものではないと証明しなければ、市場のパン価格が倍に跳ね上がりかねないのだ。
そんな皇帝の意思を叶えるべく、俺たちIDOLが到着したのが、ラノーグ公爵領の首都星ネルサスであった。
「かーっ! すっげえな!
なんつーか、今にもカウボーイが出てきそうじゃねえか?
カウボーイが!」
大気圏を突破し、惑星内の航行モードに入ったハーレーの展望室から大陸を見下ろしたジョグが、はしゃぎながら叫ぶ。
彼が言った通り……。
大陸中で行われているのは、ひどく牧歌的で、それそのものが癒しとも呼べる光景である。
恐ろしく広大な牧草地へ放し飼いにされた家畜たちが、思う様に遊び、寝て、草をはんでいるのだ。
かと思えば、惑星上の季節は夏なのか?
いかにも重そうな穂先を垂れさせた小麦たちによる、黄金の絨毯が広がっている地域もあった。
その、広さたるや……。
東京都の一つや二つくらい、余裕で入りそうなほどであると、素早く縮尺計算して結論付けた。
かように広大な大地で作業に従事しているのは、AI制御によるロボットたちである。
四足歩行型を始め、ドローン型やコンバイン型など……。
ここからでは豆粒くらいにしか見えないが、様々な農業ロボットが人間に代わって家畜や農産物の世話をしているのがうかがえた。
これを可能としているのは、高度なオートメーション技術を確立しているのは当然として、クリーンな入植技術により、そもそも、病気や害虫などを地球から持ち出していないからである。
飼育されている家畜や植えられた農作物にとっては、まさしく――楽園。
だが、見ようによってはひどく巨大でいびつな箱庭であり、ある意味、人類という生き物のエゴとごう慢さを感じる光景であった。
「確かに、これはかなりの壮観さですね。
農業従事者一人辺りの平均保有面積は、約900エーカーでしたか」
一通りブリッジでの仕事を終え、クルーたちの勧めに従い見聞を広めるべくここを訪れた俺は、あらかじめ調べた知識を告げる。
「エーカーっつわれても、よく分からねえな。
一体、どんくらいだ?」
病気や害虫は地球へ置き去りにしても、ヤードやらポンドやら、ややこしい単位はきっちり持ち出してしまった人類の業に、かつての海賊少年が顔をしかめた。
「随伴しているティーガーが、軽く七十隻は着陸できる広さですよ」
そんなジョグに、ユーリ君が大変分かりやすい解説を行う。
「うっへえ!
一人辺りでその広さかよ。
オレだったら、サーキットでも作ってバイクをぶん回すね!
いや、それだけの広さだったら、カラドボルグでもいけるか!」
地平線まで続くようなサーキットを、思う様に大型二輪で駆け抜ける……。
あるいは、カラドボルグで曲芸めいた飛翔を繰り返すか?
そんな光景を思い浮かべたジョグが、目をキラキラと輝かせた。
「はっはっは!
なら、いずれ引退したならここへ引っ越してくるといい。
何しろ、土地はいくらでもある」
重要参考人ではあるが、虜囚というわけではなし。
俺たちと共に展望室から下を眺めているアレルが、そう言って朗らかに笑う。
ジョグの言葉を、彼なりの褒め言葉として受け取ったのだろう。
「そして、我が故郷が誇るのは、農産と畜産だけではない。
……ほら、見えてきた」
アレルの言葉通り……。
ネルサスの首都――すなわち、ラノーグ公爵領の中枢である首都ラノーグが見えてくる。
だが、地平線の果てに存在するそれを見て、一見して街であると判断する人間が、どれだけいるだろうか?
まるで――超巨大な花畑。
道路と言わず、建物の屋上と言わず……。
街中の至る所に、花々が咲き誇っているのだ。
それでいて、街の造りそのものはアスファルトの道路が走り、ビルディングが林立する現代的なものであるのだから、これはまさしく、人類の技術と自然の美しさが融合した都市であるというべきだろう。
これはもう、街そのものが一つの巨大な花弁を形作っているかのようだった。
「わあ……」
思わず、感嘆の吐息を漏らす。
咲き誇る花々の美しさは、心を打つもの……。
淑女教育で花の名だけは覚えているわたしだが、その真価を理解したのは、今この瞬間であると思えた。
「あれが、我が首都ラノーグ……。
ようこそ、花の都へ」
そんな俺を見て、アレルが舞台役者のように大仰な仕草で一礼したのである。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090555005374
そして、お読み頂きありがとうございます。
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