カミュ、完璧で幸福になる

「うわーん! クリッシュちゃん!

 男゙子゙に゙イ゙ジ゙メ゙ら゙れ゙だー゙!゙」


 旗艦ハーレーへ着艦してから、速攻でランチを使いティーガーに渡り……。

 スタジアムシップならではのアミューズメントコーナーへ向かったわたしは、今日もそこで遊んでいたクリッシュちゃんの下へ駆け出しながらそう叫んでいた。


「おー、おー、かわいそうに。

 慰めてあげようかー?

 ハグするー?」


 すると、一人プレイのシューティングゲームを遊んでいたクリッシュちゃんが、立ち上がりながらハグ待ちの姿勢を取ってくる。

 かように問いかけられては、返す言葉などただ一つ……。


「しゅりゅううううううううううっ!」


 わたしは某怪盗三世のごとくジャンプすると、彼女の胸元へ飛び込んだのであった。


 すりすりすりすりすりすりすりすりすりすり!

 くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか!


 相手の同意を得られており、かつ、同性同士。

 遠慮など必要あるはずもなく、わたしは存分にそのチッパイへ顔を埋める。

 そのまま感触を大いに頬で楽しみ、かつ、ミルキーな体臭で肺を満たすべく、鼻腔を全力稼働させた。


 ぐへへ、ぐへへ……!

 こいつぁー、キマってきたぜ……!


 すると、たちまち幸福度は急上昇!

 わたしはPLのパイロットから、完璧で幸福な市民へとジョブチェンジを果たす。


「ジョグ君ったら、ひどいんです!

 まるで煽り散らすように、『まあ、オレらには勝てねえけど? ザコには勝てるし? そのままザコ専してればいいだろ?』。

 み゙だい゙な゙ごど言゙っ゙でぐる゙ん゙で゙ずよ゙お゙お゙お゙!゙」


「あー、ゲーマーにもそういう人いるよー。

 もう決着が付いてるのに、ダウンしてる相手のキャラに下段蹴り連発して煽り散らしてくるの。

 やってる方は気持ちいいんだろうけどねー」


「ぞゔな゙ん゙で゙ず!゙

 本当にあいつはひどいサ◯エさんヘアーなんですよ!」


 感触と匂いを大いに楽しみながら、胸の内へ溜め込んでいた不満をぶちまけまくる。

 あぁー、最高なんじゃー。

 クリッシュちゃんの腕に抱かれながら、わたしは先の模擬戦で得たストレスが霧散していくのを感じたのであった。




--




「なんなんだい?

 わざわざ僕をスタジアムシップの方まで連れてきたと思ったら、あんなところを見させて。

 覗き見というものがよくないのは当然として、そもそも、僕が半ば容疑者であることを忘れてはいけないよ。

 正直、通信機器に触れさえしなければ、ほとんど自由に過ごせるというだけでも、破格の待遇だと感じているからね」


 ユーリとジョグのチビッ子コンビに連れられ、スタジアムシップ内の物陰に身を潜めたアレルは、そう言って二人をたしなめていた。

 視線の先にあるのは、様々なゲーム筐体を集めたアミューズメントコーナー……。

 これは、カミュ嬢がライブをする時の観客向けというより、普段、IDOL隊員がレクリエーションをするための施設だ。

 ワープドライブを駆使しようとも、恒星間の移動というものは長期に及ぶのが必定であり、過酷な業務へ従事する者たちが日頃のストレスを発散するため、このような場所は必要不可欠なのである。


 そこで、カミュ嬢が会っていた人物……。

 それは、ヒラク・グレア社長のやたらと遠い親戚を名乗っていた少女であった。


 光の加減によって、色合いの変わるヘアカラーが印象的なメガネ美少女であり……。

 今は、胸元でよーしよーしとカミュ嬢を抱きしめてやっている。


「あれを見て、どう思いますか?」


 ユーリに言われ、ふむと考え込む。

 アレルの所見を素直に述べるならば、これは……。


「……同年代の女の子同士で仲良くしていて、大変結構なことだと思うけど?」


「ほんっとーにそう思うかあ?

 ほれ、今、顔を離しただろう?

 あいつの顔をよく見てみやがれ」


「顔を……?」


 ジョグにそう言われ、よく目を凝らしてみた。

 果たして、カミュ嬢の顔は……。


「……ふむ、非常にだらしないな。

 何かこう、口の端からよだれでも垂らしそうだ」


 そうなのである。

 あらためて明らかとなったカミュ嬢の表情は、非常に恍惚としており、今にも蕩けてしまいそうな……。

 いや、言葉を選ばずありていに表現してしまえば、美少女が浮かべたエロオヤジのそれであった。


「まるで、何か違法なドラッグでもキメているかのようだ」


「そうでしょう、そうでしょう」


「ああ、明らかにおかしいぜ。

 見ろ、二人でベンチに座って、Dペックスを始めやがった。

 最近は、暇さえありゃあ、ああやってあのクリッシュとかいう女とベッタリだ」


「ははあ……」


 少年二人にそう言われ、ようやく得心がいく。

 要するに、この二人は……嫉妬しているのだ。

 同年代かつ同じパイロット同士の特権として、二人は今まで、絶対的美少女であるカミュ嬢を半ば独占できる立ち位置であった。

 それが、あのクリッシュという少女の出現により、揺らいでいる……というより、奪われているのである。

 年頃の男子としては、心中穏やかではあるまい。


「それで、そんな様子を僕に見せて、どうしようと言うんだい?」


 ちょっと面白くなってきたので、そう尋ねてみた。

 すると、弟分である少年二人は、なかなか独創的な提案をしてきたのである。


「アレル様――誘惑してきてください」


「そうだ!

 あんたのイケメンパワーで、あのクソ女を目覚めさせてやれ!

 恋愛っつーのは、男女間でやるもの……。

 ユーリだとかいうのは、邪道だってな」


「ボクは一切、邪道じゃありません。

 エリナさんが言っていたのは、百合です」


「イケメンパワーねえ……」


 言い合う少年たちはよそにして、つぶやく。

 アレルの脳裏に渦巻いているのは、貴族家当主としての様々な思惑だ。

 そもそも、カミュ嬢にPLの操縦を教えて欲しいという要請に応えたのは、将来を考えてのことであった。


 ここでいう将来とは、他でもない……。

 婚姻外交、である。


 ラノーグ公爵家がさらなる力を得るためには、有力な貴族家との結び付きが必須。

 その観点で見て、ロマーノフ大公家の息女であるカミュ嬢は申し分なき相手であり、年齢的にも釣り合っていると見てよい。

 従って、アレルはありうる将来への布石として、教官役を引き受けたのであった。


 またその考えは、皇帝が真の思惑を露わにし、銀河の改革へ乗り出した今となっても有効である。

 むしろ、これからどう転んでいくか分からない情勢であるからこそ、ロマーノフ大公家と結び付くことは効果的であった。


 銀河ナンバーツー……実質的に運用可能である様々な力を見れば、ナンバーワンであるロマーノフ大公家と、やはり有力な貴族であるラノーグ公爵家が一つになる。

 それは、帝室の権力に対する強力なカウンターとなるはずだ。

 確かに、銀河最高権力者はカルス・ロンバルドを置いて他にいないが、権力闘争というものはそう単純なものではないのであった。


 しかも、今のカミュ嬢は皇帝直属の治安維持機構――IDOLを率いており、家柄抜きの個人としても実に有力な物件だ。

 そこを考えると、名目はどうあれ、アレルのフィールドであるラノーグ公爵領に招待できる今の状況は、案外、悪いことばかりではないだろう。


「……まあ、せっかく我がラノーグ公爵家へ招待するんだ。

 そういうのは置いておいても、最大限、レディをおもてなしするさ」


 だから、二人にはそう答えておく。

 アレルが心中で思い描くのは、様々なプランであったが……。

 それを霧散させたのが、どこからともなく顔を出した金髪メイドである。


「……感心しませんね。

 お嬢様がああも楽しんでいるのを、邪魔しようとするのは」


「……エリナ君、いたのか?」


「いましたとも」


 やはりビビッている少年二人と共に距離を置くと、エリナはなんてこともないかのように答えた。

 この、メイド……。

 もしかしたならば、あのオッケイオヤジより手強いかもしれない。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090497918610

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090497961285


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