バイデントVSバイデント
基本的に対犯罪、対テロなど有人戦が絡む状況を想定して設計しているのがIDOLの主力たる試製量産機――バイデントであり、特徴的な脚部構造を見れば分かる通り、真価を発揮するのは地上戦となっている。
が、そこは全領域対応型の汎用兵器たるPL……。
特にオプションパーツなど付けずとも、宇宙空間で十分な戦闘力を確保することは可能だった。
ただし、その場合は脚部と同様に本機の特徴である背部ドローンユニットを切り離さず、装着したまま運用することとなる。
空間戦闘というものは、基本的にスラスターの噴かし合いであり、バイデントにとって最も強力なスラスター源であるドローンを切り離すことは、推進力の大幅な低下を意味するのだ。
と、いうわけで、ドローンの自立稼働要素を捨て去り、単なるバックパックとして運用すれば、宇宙空間でも十分な機動性を確保できるバイデントなわけであるが……。
今、まさに俺は、その機動力を限界まで引き出そうと試みていた。
「まだだ……。
まだ、引き付ける……!」
つぶやきながら踏み締めるバイデントのアクセルペダルは、すでに限界――いわゆるベタ踏みという状態だ。
最大の加速力を発揮し、ぐんぐんと速度を上げていく機体が、直線的に宇宙空間を飛翔する。
「そのまま、食らいついてきなさい……!」
サブモニターは、自動車のバックミラーよろしく背後の映像を映し出しており……。
そこには、まったく同様の加速力を発揮してこちらに追いすがる別のバイデントが映し出されていた。
製造番号でいくと、こちらが1号機であちらが2号機だ。
2号機を操るパイロットは、他でもない――ジョグである。
カスタマイズにより多彩な性能を発揮するのがPLという機械の売りであり、パーソナル・ラバーという名称の由来であるが、俺たちが乗っている機体はまったく共通の仕様であり、性能の違いというものは存在しない。
それはつまり、ドッグ・ファイト中にケツを取られてしまえば、極めて不利な状態へ陥るということを意味していた。
ちょうど、今置かれている状況のように……。
「同じ機体同士である以上、その状態は勝ち確であると、そう思っていますか?」
――ビー! ビー! ビー!
コックピット内に響き渡るアラートを無視しながら、俺はジョグに語りかける。
アラートが警告しているのは敵機からのロックオンであるが、そんなもの、この状況に陥った時から織り込み済みであった。
「確かに、普通に方向転換しようとすれば、それがかえって隙となり、致命傷を受けてしまいます」
例えば、脚部スラスターなどを横に向ければ、進行方向を変えることは可能である。
だが、前方向に使用可能な全スラスターで直進加速中の今、それを行ってしまえば、前方への推力が一気に減ってしまい、全力加速中の2号機が接近してしまうのを許すことになった。
そうなってしまえば、回避運動もへったくそもない。
十分な近さから銃弾を受けてしまい、ジ・エンドだ。
要するにこの状況は、ほぼ詰み。
全力加速でどうにか逃げのびようとしているのは、ジョグからすれば悪あがき以外の何物でもないだろう。
そこが――付け目だ。
――ビー! ビー! ビー!
1号機自身が悲鳴を上げているかのように、コックピット内をアラートが満たす。
まだだ……!
相手の思考が読める妙な能力は使っていないが、これだけ模擬戦を積み重ねていれば、好む戦い方というのは嫌でも分かる。
ジョグが好むのは――接近してのゼロ距離射撃。
格闘機である旧カラドボルグを愛機としていたこともあって、彼は遠距離からバラバラと無駄弾を使うのは好まなかった。
確実に接近しての、近接射撃。
それが、新生したカラドボルグに乗り込んで編み出した新たなジョグ・レナンデー流なのである。
また、これは無闇な殺生を避けたいIDOLの組織的な意向を、彼も汲んでいるからであるとうかがえた。
ともかく、ジョグが撃ってくるのは――数瞬後。
戦場として設定されたフィールド外から出るのを避けるために、こちらがやむを得ず方向転換しなければならない瞬間だ。
「背部ドローン、分離!」
そこが――俺の狙い。
パイロットシート脇の特徴的なレバーを引く。
すると、バイデントの主たる推進機構である背部ドローンのロックが外れ、本体を置いてすっ飛んでいった。
同時に、サブモニターへ表示されるのはドローンが探知した様々な情報であるが、今、それはどうでもいい。
ここで、ドローンと分離した理由……。
それは、メインの推進機関を取り外すことで、最大加速中の2号機に対し、相対的な急ブレーキをかけることだったのである。
共に加速中であることに変わりはないが、こちらは十だった速度が一にまで減じているのだ。
対して、あちらの速度は十のまま……。
ジョグからすれば、急激にこちらが動きを止めたように見えるはず!
実際のところは、こちらが止まっているのではなくあちらが勝手に追い越していっているのだが、勝負とは相対的なものであり、大切なのはパイロット同士の感覚である。
――ガキンッ!
ロックオンの呪縛から解き放たれ、アラートが消えたコックピット内に、アサルトライフルをモードチェンジする音が響く。
「銃身が焼き付くまで――」
模擬戦であり、ライフルから放たれるのは判定用通信レーザーなのだから、何億発撃とうが銃身は痛くも痒くもない。
しかし、せっかくなので俺は、昔見たアニメの名台詞を借用することにした。
「――撃ち続け」
だが、やはり銃身の心配など一切必要なかったのだ。
なぜなら……。
「……へ?」
くるりと宙返りしながら減速していた2号機が、こちらにアサルトライフルの銃口を向けていたのだから。
もはや、アラートが鳴り響く暇すらない。
――パパパッ!
2号機のライフルから放たれた判定用通信レーザーは、1号機の全身へ直撃を与えていた。
バイデントのアサルトライフルに装填されているのは、対PL用のパルス弾であり……。
即座に、1号機のコンピュータが、それを基にしたダメージ評価へ入る。
結果は……。
「撃墜判定……!」
サブモニターへ表示された判定に、ほぞを噛む。
コンピュータが下した判断は、これだけのパルス弾を浴びれば、バイデントはたちまち戦闘不能に陥るだろうというもの……。
悔しいが、俺としてもまったくの同意見だ。
『残念だったな。
上手く意表を突いたつもりだろうが、ドローンとの分離に反応できないオレじゃねえぜ?』
こちらから見て上下逆の状態となった2号機から、ジョグの通信音声が響く。
模擬戦が終了となったため、互いの通信封鎖も解かれたのであった。
『まあ、イイ線いってたんじゃねえかあ?
オレやユーリ相手ならともかく、そこらのパイロットにはもう引けを取らねえと思うぜ?』
それは、余裕からくる言葉か、あるいは慰めの言葉か……。
どちらにせよ、まったく嬉しくはない。
なぜなら……。
「……本来の乗機に乗った場合でも、こうして機種間慣熟訓練を行っている場合でも、ユーリ君やあなたには連戦連敗……。
そんな状況で、のん気に喜んではいられませんね」
そうなのである。
不慮の事態に備え、俺たちパイロットは様々に機体を乗り換えた状態で模擬戦を行っているのだが……。
その中で、俺は一度としてユーリ君やジョグに勝てていないのであった。
今回こそは勝てると思ったが、奇策で埋められないほどの実力差があると、かえって露呈する結果となってしまっている。
さすがは、『パーソナル・ラバーズ』ゲーム本編の攻略対象たちというべきだが……。
それでくやしさが消えるほど、俺は大人じゃなかった。
何しろ、目指しているのは最強のエースパイロットなのだ。
「このストレス……。
やはり、今日もキメるしかありませんか」
通信を切ったコックピット内で、一人つぶやく。
ストレスを解消するのは、楽しく人生を謳歌する上で重要なことであり……。
最近ハマっているストレス解消法が、俺には存在した。
--
近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。
https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090440837401
そして、お読み頂きありがとうございます。
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