ラァブ

 現在の宇宙船舶というものは、多くの作業がオートメーション化されており、極端な言い方をしてしまえば、惑星の重力圏を脱してワープポイントまでの航路を設定してしまえば、後は人間が何もせずとも目的地点へ到達できるようになっている。

 無論、不慮の事態というのは付き物であるから、待機する人員は必要であるし、そもそも、これだけ大きな機械が動いていて、その中で多数の人間が生活している以上、やらねばならないことは数多い。

 が、相対的に見て暇な時間であることに変わりはなく、IDOLはこの時間を使い、元々が非正規兵である構成員たちの訓練や教育を行っていた。


 それは、皇帝直々の調査団が見学に訪れている今であっても例外ではなく……。

 むしろ、このような時であるからこそ、いつも以上の熱量をもって訓練が行われていたのである。


「お、来やがったな……」


「まあ、特別に意識したりはせず、ボクたちはいつも通りにトレーニングしていましょう」


 大昔の地球で発明されて以来、大まかな機能と構造が変わらないランニングマシーンで走りながら、ジョグはユーリとそんな会話を交わしていた。

 互いに、トレーニングウェアであり、大粒の汗を流しているのは一緒……。

 だが、マシーンのコンベア部分が可動する速度と、タッチパネルに表示されている総走行距離には倍近い差が存在する。


 これに関して、最初は張り合っていたジョグであったが、今では素直に身体能力の完敗を認め、諦めていた。

 何しろ、ユーリの実力に関してはチューキョーでこの目にしており、あれだけの実力者ならば、大差を付けられても致し方ないと思えるのである。

 ……まあ、ユーリはともかく、あのクソ女にまで同じく大差を付けられているのには大きなショックを受けているし、ひょっとして自分は運動音痴なんじゃないかと真剣に悩んだが。


 さておき、身体能力差を埋めるには地道なトレーニングを継続するしかなく、今日はせっかくなので、そうやってがんばっている姿を見学者たちに見せつけようと、前向きに考えていたのであった。

 ……が、この見学。

 先頭に立って解説しているのはIDOL指揮官たるクソ女なのだが、いささか、予想していたのと異なる光景が繰り広げられている。


「と、いうわけで、こちらが兵員用のトレーニングルームとなっています。

 他の帝国艦船と同じく、当艦においても宇宙航海における運動不足を防ぐため、乗組員はAIが組んだ個々人用のトレーニングプログラム消化を義務付けられています。

 ルーム内のカメラによって、その様子は撮影されているため、特別な理由なくサボったりすることはできません」


 当たり障りのない内容を淀みなく伝えているのは、事前の打ち合わせ通りなのだが……。


「へぇー。

 やっぱり、体が資本だからそこはしっかりしてるんだねー。

 カミュちゃんも、普段はここでトレーニングしてたりするのー?」


「え、ええ。

 ま、まあ、わたしはまだ子供ですし、ほんの一、二キロ走るくらいですけど」


 どういうわけか、調査団に加わっている自分たちと同年代の子供――ゲーム喫茶で出会ったクリッシュとかいう女に聞かれ、テレテレとなりながらそう答えているのだ。

 いや、これはもう、デレデレというべきか。


 ――嘘だぞ。


 ――こいつ、大して汗もかかずに十キロペロリといくぞ。


 半眼となって心中でツッコミながら、見学する人々を横目にした。


「あの人は、もしかしてゲーム喫茶で出会ったとかいう……?」


「……アァ。

 クリッシュとかいう女だ。

 なんでまた、あの中に混ざってんだあ?」


 隣を走るユーリに聞かれ、答える。


「例えば、見学してる調査団の中に親類がいたとか?

 何しろ、ボクたちは話題性のある組織ですから、間近で見たいという子も多いでしょうし」


「だからって、見たいって言って簡単に許可が下りるもんかあ?

 元が海賊船とはいえ、一応は正規軍の軍艦だぞ」


「そこは、ほら。

 親類が大物だったら、皇帝陛下もよしとするんじゃないですか?」


「アァー……。

 まあ、あのオッサン、ノリが軽いとこあるしなあ。

 に、してもよ」


 またも、横目で見学する一団を眺める。

 クリッシュが何かを言う度、クソ女は赤くなった頬を抑えたりしており……。

 そんな姿は、これまで見たことがないものであった。


「……なんだあ、ありゃあ?

 あんな態度、今まで見たことがねえぜ」


 同年代でかつ、同じパイロット同士ということもあり、ジョグとユーリはフライドポテトのごとくあのクソ女へ添えられることが多い。

 よって、少なからずコミュニケーションが発生しているのだが……。

 そんな中で、カミュ・ロマーノフという少女が頬を赤らめる姿など、これまで一度としてなかった。


「そうですね。

 何か、変なものでも食べたんでしょうか?」


「あいつ、そもそもそんなに食わねえし、食堂を管理してるのはカトーの爺さんだろ?

 あの爺さん、料理には無駄に真摯だから、変なもん出すことはねえだろうよ」


「確かに……。

 帝都の滞在中も、熱心に食べ歩いてレシピ増やしてたみたいですし。

 世間的には死んだことになってるから、サングラス付けてましたけど」


「あぁー、アレな。

 んで、スーツ姿だからかえって悪目立ちしてたよな。

 遠目で見て、距離を取っちまったぜ」


「ニンジャ姿のまま堂々と観光してるパトロール=サンたちに比べれば、幾分かマシでしたけどね。

 じゃなくて、お嬢様がどうしてあんな風になってるかでしたか……」


 トレーニングルームについて説明することなどタカが知れているし、調査団の方もそこまで興味のある場所ではない。

 従って、クソ女の先導に従いゾロゾロと出ていく一行を見ながら、ユーリは考え込んでいるようだった。


「――説明しましょう」


「うおっ!?」


「うわっ!?

 ……エリナさん、いつの間に?」


 ランニングマシーンの間から顔を突き出してきた少女に、二人揃って驚きの声を上げてしまう。

 自分より一個上なだけと思えぬ発育の良さによって、メイド服の胸部がイイ感じに丘陵を描いている金髪少女……。

 クソ女お付きメイド――エリナが、謎に瞳をキラキラさせながらマシーンの間に立っていた。


「説明ったって、どういうことだよ?」


「フッフッフ……分かりませんか?」


 豊満な胸に手をやりながら、エリナが自信満々な様子となる。

 そして、驚きの推理を口にしたのだ。


「お嬢様は――恋をしているのです」


「恋だあ?」


「いやいや、まさかそんな……」


 ユーリと顔を見合わせ、即座に否定の体勢へ入った。

 恋、というのはアレだ。

 ラブであり、男と女である。

 従って、カミュの置かれている現状を見れば……。


「いや、女の子同士じゃないですか?」


 ユーリが、ごもっともな指摘をした。

 しかし、それでひるむエリナではない。

 鼻息は、ふんすふんすと荒く……。

 お胸は、ゆっさゆっさとダイナミックに。

 興奮した様子で、まくし立ててきたのである。


「今時、同性同士だとか関係ありません。

 友情を越えたラァブというのは、成立しうるものなのです。

 愛読のコミックではそうだったのですから、間違いありませんとも」


「あんたの読書歴、もしかしてえらく偏ってねえかあ?」


「偏っていません! 普通です!」


 堂々とオッパイを張るエリナの姿に、またもユーリと顔を見合わせた。


「どう思うよ?」


「どう思うって聞かれても、そうと言われれば、まあ、うん……納得はできるのかなあ、と」


 複雑な表情で、ユーリが答える。


「ラァブ、ねえ……」


 ジョグはつぶやきながら、足を動かし続けるのであった。




--




 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090376101861

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818093090376170947


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